第11話
「各学年の体育の時間割? 別に見せてもいいが、何に使うんだ?」
職員室にやってきた二人は、一年の体育を受け持つ教師と対峙していた。
自分のデスクで事務作業をしていた男性体育教師は、いきなりやってきた修と汐莉に訝しげな目線を向けた。
確か野球部の顧問で篠原という名前だった気がする。強面ではないが、真面目そうな見た目と厳格な口調に圧倒され、少し腰が引けてしまう。
「何に使うというわけではないんですが、ちょっと気になって……」
修はたどたどしく答えたが、篠原は二人を見る目をさらに細めた。
「何に使うのか明確な答えがないなら見せることはできないな。俺が流した情報を君らが悪用しないとも限らない。もちろん、君らのことを悪く思っているわけではないぞ。大人は常にリスクを考えて動かなければならないからな」
この短いやりとりで、修はこの体育教師に好印象を抱いた。
一見すると融通の利かない面倒な人間のようだが、この人はきちんと自分の行動に責任が伴うことを理解している。見た目だけでなく、本当に真面目なのだろうと思った。
しかし彼を納得させられる理由を述べないと、目的のものは手に入らない。
二人はアイコンタクトをとり、打ち合わせ通りに動くことにした。
「実は私たち教師という職業に興味があるんです。それで、学校とか、教師とか、そういう話を二人でよくしているんですが、全学年全クラスの時間割ってどうなってるのかなって疑問に思いまして。普段は自分のクラスの時間割しか知らないから、何か面白い発見があるのではないかと」
篠原には申し訳ないが、嘘をついて騙す算段だ。
そもそも休み時間中に体育館を使用していいのかという疑問があったため、正直に言ってしまうと自主練習を止められる可能性があると考えたのだ。
「ほう、教師に興味があるのか! それは嬉しいことだ」
篠原は先程までの厳しい表情を緩めた。
「しかしなんで俺のとこに来たんだ? しかも全時間割じゃなくて体育の時間割から。担任とか、学年主任に言った方がすぐに集まると思うぞ」
「そうなんですが……実は僕たち、教師に興味があるっていうのはまだできるだけ内緒にしたいんです。まだなんとなくレベルだから、あまり先生たちの中で広まっちゃうと変に期待されてしまうかな、と。その点篠原先生は口も堅そうだし、信頼できると思ったんですが……」
よくもまあつらつらとここまで嘘八百を並べられるものだと、不謹慎ながら自分でも感心した。
これも汐莉との打ち合わせの
「そうかぁ、なるほどなぁ……。よし、わかった。データはあるから印刷してやろう。少し待ってくれ」
修の言葉に気を良くしたのか、頼もしい笑顔でパソコンのマウスを動かし始めた。
こんなに真面目で優しい先生を騙すことに心が痛んだ。
もしバレてしまったら全力で謝ろうと修は心に決めた。もちろんそれで許されるわけではないが。
「はぁ~、緊張したぁ~。先生に嘘つくなんて、私初めてだよ~!」
目的のものを手にし、職員室を少し離れた所で汐莉は胸に手を当てて息を吐いた。
小さな嘘くらいだれでもついたことはあるだろうと思ったが、汐莉の様子を見る限り本気で言っているように感じた。だとしたら本当にいい子だ。
「俺も高校では真面目で通すつもりだったんだけどな。前科一だ」
「まだバレてないから前科じゃないよ! それに、この資料は私たちを成長させるという有意義なことに使われるんだから! 大丈夫大丈夫!」
汐莉は元気良く言っているが、その顔には少しの不安が滲み出ていた。
そうだな、と返事を返そうとしたところでチャイムが鳴った。
昼休み終了だ。
「っと、じゃあ私がこの資料持ってくね。あとでメッセージに送るよ」
「ああ、頼むよ」
挨拶を交わし、汐莉は自分の教室へと帰っていった。その後ろ姿を見送り、修も自分の教室へと帰ろうとしたその時だった。
「しゅ・う・く~ん?」
修は突然背後からかけられた声に跳び上がってしまった。急いで振り向くとそこにはニヤニヤとこちらを見て笑っている平田がいた。
「今のって宮井さんだよな? 何なに? 昼休みの用事って宮井さんとなんかやってるってこと~?」
厄介なヤツに見られた、と修は思った。
平田は修が望めば他の人に言いふらしたり、修が不快になるほど執拗に茶化したりはしないだろう。
だが絶妙な具合でイジってくるのは目に見えている。修は心底嫌そうな顔でため息を吐いた。
「そこまで露骨な顔すんなよ……」
平田が修の顔を見て抗議するが、修は無視して歩き出した。
「おい待てって!」
平田も付いてくる。見られてしまった以上隠すのはさらに面倒になりかねないので、ある程度は話そうと決めた。
「そうだよ。俺は昼休み宮井さんと会ってる。でもこれは真面目な活動をするためなんだから、変に茶化してくるとぶん殴るぞ」
「口が悪すぎるのでは!?」
修が照れ隠しのために使った脅し文句に平田は過剰なリアクションをとった。
「真面目な活動ねぇ……。ま、そこまで言うなら追及はしないけど。修ももうちょっと俺に心開いてくれてもいいんじゃね」
平田は急に真剣なトーンで呟いた。修は平田の顔が見れなかった。
これまで常に明るく修に付き合ってきてくれていた平田だったが、隠し事が多い修に対して不満も募っていたのだろう。
しかし汐莉とのことを話してしまうと、自分とバスケのことも付いてくる。
中途半端に話すよりは黙っている方が良いだろうし、すべてを話すにはまだ修の心が整理されていなかった。
「……ごめん。でもこれは平田のことが信用できないわけじゃないんだ。話せないのは俺の心の問題で……。いつか絶対に話すから、今は
こんなことを急に言われても平田にはよくわからないだろう。
しかし修はできるだけ誠意が伝わるようゆっくりと言葉にした。
「……そっか。わかった。でも修、これだけは訊かせてくれ」
真面目なトーンを続ける平田に修は何を訊かれるのだろうかと身構えた。
すると平田は真剣な表情からコロッと愛嬌のある笑みに表情を変えた。
「宮井さんと付き合ってんの!?」
「付き合ってねーよ!!」
修は平田の肩を軽く突き飛ばした。
平田はわざと茶化すようなことを言って雰囲気を軽くしてくれたのだろう。
修は平田に乗っかってテンションを上げて返した。平田のこういうところに本当に救われる。
いつか本当にもっと自分のことを平田に話せる日が来るといいなと修は思った。
修は五、六限目の間の休み時間に汐莉からのメッセージが届いているのに気づいた。
どうやら次の練習は明後日になりそうらしい。
(明日できないのはわかってたけど……)
了解、と返事を送りながら修はため息を吐いた。
(ん?なんだ今のため息は……。俺、残念がってるのか……?)
何に対してのため息だったのか、修は自分自身のことなのにわからなくて困惑してしまった。
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