五月二十日 午後五時
第17話 神事『岩戸献』 その時
「それでは二日後に」
洞窟の出入り口の半分ほどが丸岩で塞がれたところで、神楽翡翠が別れを告げるように一礼をした。
何か言葉を投げかけるべきなのだろうかと逡巡しているうちに、洞窟の出入り口が丸岩で隠されるような格好になっていく。次第に神楽翡翠の姿が丸岩によって隠されていき、そして、完全に洞窟の出入り口を丸岩が塞ぐ形となった。
「おし! 終わりだ」
伊予定之がブルドーザーのエンジンを切って、意気揚々と降りてきた。役目を果たした達成感からか、得意げな表情をしている。
「そんじゃ、人が通れるほどの隙間があるか、チェックしないとな」
これは自分の役目だとばかりに伊岐伸介が洞窟を塞いだ丸岩の前まで行き、念入りに確認を始める。
「では、立会人として私も」
ただ突っ立って見ているだけでは物足りないので、立会人らしく丸岩の前まで行き、隙間があるかを目視し始める。
丸岩がぴっちりと洞窟を塞いでいるワケではないので、当然隙間はある。しかしながら、人一人が通れるかといえばそうではない程の隙間ばかりだ。
「神楽翡翠さん、私の声が聞こえますか?」
人が通れるほどではないが、私の腕程度ならば中へと余裕でいれる事ができる隙間があったので、洞窟の中に向けて声をかけると、
「はい。聞こえています」
はっきりとした声音で返事が返ってきた。
どうやら神楽も出入り口が塞がれているかどうか中から確認している雰囲気があった。
「神楽翡翠さん、あなたは洞窟の中にいるという事ですね?」
「ええ。私は洞窟の中にいます。その声は、立花志郎さんですね」
神楽が私の名を口にした。
「私が誰か分かっている。つまりこのやり取りで神楽翡翠さんが洞窟の中に閉じ込められたと証明されたワケです」
誰に言うとも為しにそう口にした。
「今ですと、技術的に外部からできない事もありませんが、洞窟の中にいる神楽翡翠さんの姿を見ている以上、そういった可能性はないでしょうね」
私の言葉が聞こえたのか、いつのまにか丸岩の前に来て、変わったところがないか目で確かめているかのような稲荷原流香がそう言う。
「空気が入る隙間はありますね」
稲荷原流香は丸岩に両手を添えて、前へと押すような素振りを見せる。
「私が押してもびくりともしない。これは確かに岩ですね」
ミステリー系のもので、岩を模した発泡スチロールの作り物などというトリックもまれにあった。流香はそういった可能性を考慮したのかも知れない。
「私でも駄目だ。押し切れない」
流香を真似るように両手を丸岩に添えて、押してみるも、質量感がありすぎて一ミリであっても動かせる気がしない。何度も試してみるも、私の腕力では動かすのは到底無理そうであった。
「洞窟前の方々、聞こえていますか?」
神楽翡翠の澄んだ声が岩の隙間から流れて来た。
「はい。聞こえています」
私が代表するようにそう言葉を返す。
「私はこれから二日間洞窟の中で神事を執り行います。四十八時間経過するまでこの岩を決して動かさないでください。そうしなければ、この神事は終わりません。私の返答がなくても岩を動かしてはいけません。それがこの神事における約束事ですので、お願い致します。以上の約束事は決して破らないでください。今の約束事を反故にした瞬間、この神事は失敗という事になります。肝に銘じてください……」
その言葉と共に、洞窟の中にいた神楽翡翠が遠ざかっていくかのような気配が察せられた。
「大丈夫です。私は肝に銘じておきます」
聞こえていないかもしれないと思いながら、私はそう洞窟内へと言葉を投げかけた。
「では、二日後に」
その言葉と共に神楽翡翠が洞窟の奥に向かった後、儀式はこれで終わったと言いたげに、秋津島佳枝などは去って行った。
洞窟の前でやる事がなにもないと知った私も手持ち無沙汰になっていた私に、
「これでやるべき事は終わりじゃ。帰るかのう」
そう伊予定之が話しかけてきたので、
「……これで終わりですか。なら、戻りますか」
と、言われるまま、宿に戻ることにした。
「僕はカメラを設置してから戻ります。誰も見ていない間に誰かが小細工をしないとも限らないですからね」
私や洞窟の前でじっと佇んでいた稲荷原流香に聞こえよがしにそう言ったのは、秋津島庵だった。庵は用意しておいたのか、小型の監視カメラをいそいそと設置し出した。
そんな庵には誰も声をかけず、当然私も声をかけず、伊予定之についていくことにした。
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