第9話 3年後の追いかけっこ

祇国の中心、光州の西にある星西州と洛西州の境のとある宿屋に旅の一行が到着した。関の宿なので全くもって珍しくないのだが、その4人組はとにかく人目を引いた。


食堂の奥に座る 朱色の髪を後ろに束ねた青年は、凛々しい瑠璃色の瞳に、すーと伸びた鼻筋、意志の強そうな引き締まった口元をし、文句なしの美形だった。


その隣の青年は、言葉では表現できぬ美貌で廻りに蝶や花々が咲き乱れるようだし、向かいに座る2人の青年も武官の軽装が、まるで彼等の為に作られたと言ってよいほど似合う美男子っぷりだ。


1人でも人目を引くのに4人揃うと、例え地味な格好をしても その空間自体違うものに見えてくる。


さて、食堂にいた人々の視線を(特に女性)一身に浴びていることには全く無関心な一行が、今頭を悩ませているのは、行方知れずの友人の事である。


「ったく。どこに行きやがった。兄貴のやつ」

間違いなく数週間前までは、この辺りに滞在していたはずなのに、手掛かりが忽然と消えてしまったのだ。


「朱璃は一緒なのだろうか」

桜雅が心配そうに呟くのを聞き、莉己と泉李は顔を見合わせた。

 

3年前 朱璃と出会ってから(実際に一緒にいたの一週間足らずだったのに)桜雅は朱璃の事をずっと気にかけている。


命の恩人で、異国の民、とある人物に預けた事。色々と気にかける理由はあるが、それだけではない情があるように思えた。

自分自身を表すような名を持つからか? それとも、理屈抜きで稀におこる『一目惚れ』という奴だろうか?

 まだ幼さを残す面影は確かに愛らしかったし、2,3年もすれば、美人になる素質は十分だった。


しかし、その一目惚れ説には1つ問題があった。

それは、桜雅が出会った時から今日まで、現在進行形で朱璃を男だと全くもって疑っていない事だ。(当然、桃弥も)

 

朱璃が女だと最初から分かっていた莉己と泉李は、そんなお子様たちの認識を改める事をしなかった。

その理由は単に、朱璃と再会した時の2人の驚く顔が見たい、ただそれだけである。


朱璃との再会はそういう意味でも非常に楽しみで、仕事を終え王都に戻る途中にこうして景雪に会いに来ているのだ。


「景雪はまだ怒っているのだろうか」

「まぁ、そうかも知れませんが、逆に私達に感謝しているかも知れませんよ」

そこまで言って莉己の美貌が少し曇った。

「そろそろ立ち直ってもいい筈ですよ……。これが少しでもきっかけになれば……」



  泉李も思っていた。親友の胸にぽっかり空いた、冷たい風の吹き荒れる穴を、少しでも埋めてやれるのならなんだって構わなかった。胸をぎゅっと掴まれる様な痛みを誤魔化すかの様に泉李が言った。


「真っ白なものを自分色に染め上げるってのは、男の永遠の憧れだよな」

「ええ、いいですね。それ」


10代前半と思われた朱璃は、基本となる人格形成は既に出来上がっていたとしても、丁度 大人の女性へ変貌する時期であったし、景雪がその気になれば大きな影響を与える事ができるだろう。

そうやって少しでも景雪にも変化が現れることを2人は心から望んでいた。


「景雪の事だから何か意図があるのだろう」

 桜雅は先程から地図を前に首を捻っていた。星西州に入ってから景雪たちは更に短期間で、滞在先を変えている。まさに放浪というに相応しい目的の見えない旅路。とりあえず、王都に向かって来ているので、後を追っては来ているのだ。


「もう、あの人の事は気にせず、王都に帰りましょう、どっちみち あっちで会えるし」

もぐもぐと口を動かしながら桃弥は不機嫌そうに言った。実際、あと少しの所まで来たのに移動されるとおちょくられている気がしてしまうのだ。

 

それなのに桜雅は、3年前に有無を言わさず朱璃を預けた事に罪悪感を持っており、約束どおり、何としても訪ねると言って譲らなかった。


桜雅と桃弥の雲行きが怪しくなって来た時、莉己が地図から顔を上げた。


「そろそろ鬼ごっこは終わりにしましょう。次で捕まえますよ。ふふふっ」

余裕たっぷりの魅惑の笑顔に、2人は顔を見合わせた。(彼等の様子を盗み見していた女性達が、その笑顔に当てられ鼻血を出した)

 

「次は通天です」

「だな」

泉莉もニヤリと笑って同意した。


「どうして通天だと分かるのですか?」

 地図とにらめっこしていた桃弥が尋ねた。王都のある光州に入る旅順としては一般的ではないが、あり得なくもない。

次が通天だと2人が言うのであれば間違いないと思うが、その理由が見つからず首をひねった。


そんな桜雅と桃弥を可笑しそうに見て莉己が行った。

「宿題ですよ。ちゃんと頭を使わないと馬鹿になってしまいますからね」

「釣り銭を間違ったりな」


「うっ」

つい先程、買い出しに行った桃弥が、肉饅頭を、8個買ってきて、なぜか12個分支払って来たのだ。

散々からかわれたのに未だ言うのかと、少々顔を赤らめながら文句を言おうとしたが結局なにも言い返せなかった。


「理由は道中考える。先回りするなら そろそろ出発した方がいいな」

 桜雅の素直な言葉に泉李が微笑んだ。

「んじゃ、出発進行!」


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