ミッション:香港→スペイン→アルゼンチン
CODE82 お助け便利屋・猟犬コンビ!
4月13日
「そんで、相手は何要求してんですか?」
なじみの双眼鏡を両手でかまえ、レンズ越しに赤く見える『色』を観測しながら、俺は無線の向こうにいるはずの上司に尋ねた。
ここは香港、どっかのビル街。
俺たちがビルの七階に簡易設置した狙撃ポストから、対象がこもっている向かいのビル七階のアートギャラリーまで、距離は約五十メートル。
狙撃ポスト設置ったって、俺と
『自分の作品を返せ、と叫んでいるようだ』
イヤホンマイクから響く、落ち着いたいつものアティースさんの声。
レンズ越しに見える向かいのビルの窓の奥には、壁にかかったモダンでカラフルな絵が何点かチラチラと見える。
セリフから察するに、作品をギャラリーに盗られた? のかもしれない犯人は、さらに奥の部屋にこもって赤黒い憤怒の『色』をまき散らしている。
その周囲には、怯えて縮こまっている『色』が五つ。立派な人質立てこもり事件だ。
となると、一応俺たち「
いや、本来なら警察の特殊部隊とかがタイミングをはかって突入するんだろうけど。
なんせ室内が「値が付かないほどの超高価値な美術工芸品」だらけなので、発砲はもちろん、ちょっとした動きも大問題。
できれば一点の汚れもつけずに外から仕留めてほしい、と「オリヅル」に依頼が来たそうだ。
まだ「アルサシオン」ことコーディの両親は動きを見せない。新たな
というわけで、俺たちは警察があたるべき任務に駆り出されている真っ最中。
解決したら感謝状くんないかな。
「あの人、ちゃんとギャラリーの責任者と話するべきじゃない? なんか深い事情がありそう。ちょっと可哀想になってきた」
「それは俺たちの仕事じゃない。余計なこと考えるな」
俺の髪をガシガシいじってた手が、今度は
この狙撃方法、ほんと何とかならんの?
「いてーよ俺の頭で遊ぶなよ! どうせならツボ押しとか……あーそう、そこそこー」
指圧で俺の頭がふにゃっと軽くなったころ、ふいに折賀の動きが止まった。
「動くなよ」
この距離なら、
俺が見ているのと同じ『色』の動きを追っていた折賀の目は、動きが止まった瞬間、獲物に飛びかかる猟犬の目になった。
無言で襲いかかる、
相手が高速移動でもしない限り、まず獲物を逃すことはない。
獲物の体をからめとり、がんじがらめにし、体内の血流を操作し、意識を奪う。
レンズの向こう、赤い色がぱったりと倒れて動かなくなった。
確認する。変化なし。
「よし、任務完了!」
◇ ◇ ◇
合図とともに、ギャラリーに警察が踏み込んだ。
すぐに意識を取り戻した犯人は素早く拘束され、人質は全員無事に保護。
犯人は、まだ「俺の作品がぁー!!」とか叫んでるらしい。
哀れな芸術家の処遇については、アティースさんと警察にゆだねるしかない。
俺はさっさと立ち上がって帰り支度を始める。
「さー日本へ帰るぞ!
エレベーターへ向かおうとすると、イヤホンから淡々と次なる指示が。
『すまんが二人とも、このままスペインへ向かってくれ』
「うそおぉぉ!?」
◇ ◇ ◇
4月15日
スペインの党大会で襲撃事件が相次いでいる。
党首のスピーチを聴きに集まっている群衆の中から、ひとりでも多くの容疑者を特定してほしい。
というざっくりとした説明で、俺たちは言われるがままに飛行機に乗せられ、そのままノンストップでバルセロナの群衆の中へと放り込まれた。
会場となるどっかのホールでは、外の広場まで見渡す限りの群衆であふれかえっている。
みんな赤と黄色の旗(たぶんスペイン国旗)を振って騒いでる。まるでお祭り騒ぎだ。
そういやスペインって、牛とかトマトのお祭りが有名だったなー。
あのテンション持ち込んじゃってるんだろうか。
だとしたら、こんな所にいきなり入り込んじゃった俺たち、普通にピンチじゃね?
二人でもみくちゃにされながら移動してても効率が悪い、と折賀はひとりで少し離れた高台へ登ってしまった。
イヤホンで連絡とりあおうにも、周りが騒がしくって全然聞こえねー。
しばらくすると、折賀とアティースさんの会話が途切れ途切れに聞こえてきた。
繋ぎあわせてみると、たぶんこんな内容。
『
『今から甲斐がタコ踊りをする。それで見つけてくれ』
ちょっと待てぇい!!!!
次の瞬間、なぜか俺の聴覚から騒がしいスペイン人まみれの
義務教育の成果。聞いただけで背筋をぴしっと伸ばしてしまう条件反射。
♬ラジオ体操第一ぃー、まずは背伸びの運動からー♬
腕が勝手に伸ばされ、回転を始める。
曲に合わせてピシッと動けばいいのに、折賀のやつ、わざとタイミングずらしてデタラメな動きにしてやがる! これじゃほんとにタコ踊りじゃん!
「ちょっと待て折賀ぁー! この変な踊りをやめ……って、左右逆だろ今の! せめてちゃんと正しく動かせ気持ち悪いッ!」
『あー、確かに位置を確認した。ご苦労』
アティースさんの声が明らかに笑ってる。俺の周りの何人かも笑ってる。一緒に踊り出してるやつもいる。
かかんでもいい恥をかきながら、俺と折賀はなんとか連携して何人かの容疑者を特定・捕獲した。
襲撃を未然に防いだので、この日の大会はどうやら無事に終了したらしい。
「や、やっと終わった……今度こそ、美弥ちゃん……」
『今度はアルゼンチンからオファーだ』
「た、助けて……俺もう死んじゃう! 美弥ちゃーん!!」
◇ ◇ ◇
4月17日
アルゼンチン、アンデス山脈、アコンカグア。
アジアを除けば世界最高峰。
南半球だから、四月といえば冬期に入るころ。
標高のわりには高度な登山技術が必要ない、登りやすい山として知られてるけど、単独登山でうっかり行方不明になっちゃった人がいるらしい。
「え、ま、まさか登るの……? 真夏でも、空気薄くて超寒いんだよね……?」
こわごわと折賀の顔をのぞき込むと、「お前が行くのは途中までだな」との返答。
「帰りは
「大丈夫かよ、お前……」
心配しながらも、こいつなら何とかしてしまうんじゃないか、と思う。
折賀より俺だ。
確かに俺の能力は人探しに使えるけど、今までとはスケールが違いすぎる。
越えても越えても果てしなく現れる斜面。
その向こうに、弱ってるに違いない人間ひとりを捜し出せるだろうか。
でも、やるしかない。こんなときこそ使えなくてどうする。
俺ができなきゃその人が危ないし、助けに行く折賀だって危ないんだ。
――という決意を胸に、アルゼンチンに到着し、現地ガイドの案内でしっかりと防寒装備を整えた俺は――頬を刺し肺を冷やす寒風、どこまでも果てなく続く茶色の斜面、その向こうにそびえたつ遥かな高みの白い稜線――に、心折れそうになった。
やっぱ途中まででもこんな過酷なとこ行きたくねぇー!
助けてぇ
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