CODE75 闇夜に消えた「赤き華」を探して(1)
落ち着いた優しい声が、俺に語りかける。
星のかけらを映したような黒い瞳が、俺に微笑みかける。
――今回はさすがに、霊力を使い過ぎた。お前たちの役に立てるのは、ここまでのようだ。
え、ちょっと待って。
――また、ただの黒い折り鶴に戻るだけだ。力を貸せなくとも、私は常にお前たちのそばにいる。
力なんてなくていい! そばにいてよ。また、俺に話しかけてよ。
――
美弥ちゃんだけじゃない。俺だって……
視界が暗転する。黒い
巻き起こる旋風。首から血をほとばしらせて倒れゆく男たち。
かろうじて風を逃れた男たちが、小銃を構え、二人の標的に狙いを定める。
世界を分断する、鋭い連続音。
ハレドの体を貫いたそれが、一瞬、
その刹那、倒れゆくハレドの風の刃が、折賀の首に――
その瞬間を、
折賀が即死に至らなかったのは、黒鶴さんの力だ。
それで役目を終えたかのように。
黒い髪と着物の袖を風に
「待って! 黒鶴さん!」
手を伸ばしても間に合わない。
視界が一気に白くなる。
ぼやけた視力が徐々に像を結んだとき、目の前にあったのは、力なく空中に伸びた自分の手。その向こうに、見慣れた白い天井。
また、あの夢だ。
何度もフラッシュバックする、あの日の一連のシーン。
いつもは、折賀がナイフを振り下ろす瞬間でストップする夢の中に、今日は黒鶴さんが出てきた。彼女からのメッセージ、なんだろうか。
体を起こすと、目から涙が零れ落ちた。
慌てて目元をぬぐって、パジャマみたいな院内着にこすりつける。
なんとなく、感覚があった。
黒鶴さんは、折賀をかばったあの瞬間に消えてしまった。
もう、俺の前にあの姿で現れることはないんだと。
のそのそとした動きで、ゆっくりとベッドから這い出した。
いまいち歩きにくい室内履きをつっかけて、部屋の入口へ向かうと、自動扉がシュンと音を立てて開く。
殺風景な廊下を、壁の手すりにつかまりながらよたよたと歩く。
何部屋かを通り過ぎ、ある部屋の前で立ち止まった。
扉の横にある窓から、中の様子が見える。
そこから見える風景は、いつもと何ら変わることなく。
ベッドの上で眠る、俺の相棒。
あれから一週間。
折賀は、まだ目覚めない。
◇ ◇ ◇
3月21日
俺が覚えているのは、俺から取り上げたナイフを折賀が振り下ろした瞬間まで。
俺が目覚めた時点で、既に三日も経っていた。
眠ってる間、腹の刺し傷はきちんと処置されて、今はこうしてゆっくり歩ける程度には回復してる。まだしばらくは治療が必要だろうけど。
ここはCIAが構える超常現象研究施設、通称『ファウンテン』。
アティースさんたちのかつての本拠地で、世界各国で保護した
もちろん、
俺がチームに加入した後、「オリヅル」の手でここへ収容されたのは、
『テノール』、フェデリコ・クレーティさん。
『
『テノール』、ミア・セルヴァさん。
『
そして、『アルサシオン幹部』、コーディリア・ロークウッド。
『
俺も
俺と折賀がここへ運び込まれてすぐ、あの
折賀は、黒鶴さんの力で即死に至らなかったとはいえかなり
タイミングよく現れた叔父さんは、
「可愛い甥っ子のためだもん、大枚はたいて参上したよ~☆」
などと、クルクル回りながら折賀に近づき、あっという間に
「あ、余計な詮索とかしたらもう来ないからね? 僕の気が向くまで、何も
チームも俺も、叔父さんには訊きたいことが山ほどあるんだけど……まあ、今は折賀の体の方が大事だから仕方ない。アティースさんは
そうして、損傷は完治、したはずなんだけど。
あまりに長い時間、力を使い過ぎた代償だろうか。
折賀は、まだ目覚めない。
腕にチューブをくっつけてるだけの、見た目はただ眠ってるだけのような姿。
いつかの
まさか、美夏さんみたいに何年も
お前の寝顔なんて、もう見飽きてんだよ。
とっとと起きろよ。そんで、俺に文句のひとつも言わせろよ。
俺が限界まで勇気を
簡単に自分が全部背負うことを選択すんじゃねえよ。
俺じゃ、背負うにはメンタルがあまりに頼りなかったか?
ああもう、何でもいい。とにかく話をさせてくれ。
黒鶴さんは消えてしまった。
あの場にいたのはもう、俺とお前だけなんだ。
確かめさせてくれよ。
でないと、結局俺がひとりで抱えることになっちまうじゃんか……。
◇ ◇ ◇
「そろそろ、頃合いかもしれない」
いつの間にか、横にアティースさんが来てた。
「なんのですか」
「美弥に、話そうと思っている」
「えっ……」
「兄がこれほどの目に遭ったのに、知らせないのはかえって酷だと思う」
美弥ちゃんには、仕事が長引いたとかなんとか、適当な言い訳が伝わっているはず。
何かがバレてしまいそうで、俺からはまだ連絡を入れていない。
「今まで、美弥ちゃんに知られないように護るのが『オリヅル』の役目なんだと思ってました」
「そうだな。私もそう思っていた」
ふうっと、彼女の形のいい横顔が深いため息を漏らす。
「急速に変化する状況を情報としてとらえ、指令に沿って世界のどこへでも飛ぶ。CIA局員としてそう生きてきたはずだった。だが、どうしたんだろうな……いつしか、みんなで美弥を護り、お前たちとともに作戦を立案・遂行する日々を、何年も前から続く当たり前の日常のように感じるようになっていた」
それは、なんとなくわかる。
俺だって、もういつから今の「オリヅル」生活を続けてきたのかわからないくらいだけど……思い返してみると、加入してまだ三ヶ月も経っていない。
「いつまでも今の状況が続くわけがない。いつかは動かなければならない。美弥に、話をして受け入れてもらうために。だが、情けないことに、私にはどう切り出せばいいのかまだわからないんだ」
「美弥ちゃんに、能力のことを知らせず、できる限りそれまでと同じ平穏な生活を――と望んだのは、折賀でしたよね? 折賀は、それを守るためにこの世界へ入る決心をして、一年三ヶ月の厳しい訓練に耐えた。あいつの了承を得ずに知らせてしまうのは、本当はまずい、ですよね」
「……そうだな」
再度、白金色の髪が揺れ、物憂げに開かれた唇から吐息がもれる。
「すまない。私も疲れたようだ。今回のことは特に
「……はい」
「きみにも、美仁にも。あまりに酷な選択をさせてしまった。本来は私がやるべき、だったのに。謝って済むことじゃないが、本当にすまなかった」
普段の
俺たちの強く厳しい上司も、心にはごく普通の頼りなげな女性が住んでいる。
慰めの言葉なんて思いつかないし、慰める時ではないと感じた。
「甲斐。もうひとつ伝えたいことがある。ようやく、ロークウッドとの面会の許可が下りそうだ」
久しぶりに聞いた名に、俺の意識が上がる。
やっと、あいつと直接話せるんだ。
コーディは重要参考人として、同じ施設にはいるものの、俺たちとはずっと隔離されている。
小さな体で、長時間にわたる厳しい取り調べを受けたコーディ。
弱音を吐かず、決してうつむかず、堂々と渡りあったと聞いている。
あいつも、あいつなりの覚悟を決めたんだ。
弱々しく見えたコーディが、今、ひとりの強い人間として前を向こうとしている。
早く会って、話が聞きたい。
俺も、あいつのように前を向いて、自分が行くべき道をしっかり進みたいと思うから。
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