ミッション:オーストラリア・シドニー
CODE57 南半球海上にて・「首斬りヒクイドリ」を捕捉せよ!(1)
2月27日
気がつくと、もうタクの受験日を過ぎていた。
直前に応援メッセージを送るとかできなかったな。
まあ、俺の分まで
『おつかれー。受験終わった?』とメッセージを送ると、
『萌え尽きたぜ……真っ白な愛に……』などという奇怪な返信がきた。よかった、まあ元気そうだ。
少し前までは、タクに「オリヅル」の話をしたくてたまらなかった。
俺が毎日どんなことをしてるのか、聞いてほしかった。
今は、正直、わからない。
タクは「
「記憶が戻ると殺人鬼になるかもしれない」という、とんでもない爆弾を抱えている。
引き金となる記憶を戻させないために、「オリヅル」は本人にも家族にも無断で、治療と称して記憶抑制剤を投与し続けている。
大学受験、それも最難関の国立を狙えるような頭脳から程遠い位置にいるのは間違いないだろう。
ちびっこの頃、俺と一緒に
俺と違って、お前には家族がいる。相田もいる。
「オリヅル」の危険な任務に巻き込まれるよりも、相田と一緒に来年の再チャレンジを目指す方がお前のためなんだと思うよ。
今回ダメだったとしても、ちゃんと、
◇ ◇ ◇
3月1日
アティースさんから「
トレーニング映像は、俺とジェスさんのたゆまぬ努力の結晶と言ってもいい。
二人で白熱の討議を重ね、試行錯誤を繰り返し、ようやく「俺が見ている世界」をモニター上に再現することに成功した。
「へえ。甲斐くんには、人間がこんな風に見えてんだー」
俺が普段見ている、さまざまな人間たちの感情の色の
まさに、俺が見ている色合い・濃度・形状・動きがそこに再現されている――けど、登場している人間たちの姿が、なあ……。
「これ、『俺が見ている世界』でしょ? なんで大量のMAYAちゃんしか登場しないわけ?」
「甘い、甘いヨ甲斐ちゃん! 敵はどんな意表を突く姿で登場するかわかんないんだから! これっくらいで動揺してちゃダメでショ! むしろMAYAちゃんハーレムに洗礼を受ける
いや、敵の姿わかってっし。そんで分析部門一同が世界中に人相手配かけてんだし。
と言ったところで、ジェスさんのモニターからMAYAちゃんが消えることは折賀登場時以外ありえないので、仕方なく言われたとおりにMAYAちゃん軍団を追っかけることにする。
モニターいっぱい、モブもサブキャラもMAYAちゃん。突然現れる「
残念ながら、
トップスピードはおそらく時速百キロを超える。いきなり通過されたら目視で追うのは不可能。
でもその距離には限界がある。開けた場所でなければ、十メートル以内で一度は失速や方向転換の必要に迫られる――と予想。時速百キロを維持したまま対象に近づき、的確に首を狙うのは難しいはず。
俺がつかまえるのは、その失速・停止のタイミングだ。
高速移動中、『色』も見えたり見えなかったりを繰り返す。何度もスロー再生して、俺の目はようやく黒の粒子の一部をとらえた。
あとはその動きを、失速の瞬間をとらえ、次にどう動くのかを見極める。
ジェスさんは、不鮮明な監視カメラに映ってた数秒間を徹底的に解析し、あとは推測で補うことで、何百通りもの「高速移動のパターンモデル」を作り上げることに成功した。
というわけで、俺の特訓とは「高速移動を繰り返すMAYAちゃんの色を追っかけて、殺害対象に到達する前に狙撃する」ことなのだった。
殺害対象の顔が、思いっきり
それに実際の狙撃は折賀がやることになるから、俺が今手にしているのは銃ではなく、相手の位置情報が映し出されたタブレット端末。
折賀は俺に触れれば『色』が見える。
でもその『色』の意識がどこを向いて、どこへ動こうとしてるのか、そこまで読み取れるのはたぶん俺だけだ。
だから俺が端末で方向を指示し、その指示が折賀が装着するゴーグルに表示され、表示に従って折賀が
まどろっこしいけど、しかも高速移動で一気に距離を詰めてくる相手に狙撃だなんて、普通に考えたらかなりの無茶ぶりだけど。
危険な
肝心の折賀は今日、帰国してすぐに病院へ向かった。
今日くらいは、親子三人でゆっくり過ごせばいいんじゃないかな。
◇ ◇ ◇
「
折賀と一緒に帰国したアティースさんが、指令室でメンバー一同に声をかけた。すぐ横にエルさんもいる。
「シーウェルがやっとフォルカー・ファイルを引き渡した。すぐにパーシャの居所の特定に入る」
マジか!
これでやっとパーシャに近づける。彼女を救い出すという、折賀とチームの悲願が達成できる!
「ファイルにはプロテクトがかかってましたが、ジェスならすぐに解析できると思います」
帰国直後の疲れも見せずに、はきはきとした声でエルさんが報告。
エルさんは三週間近くも施設周辺に潜伏してた。
俺が頼んだコーディの情報を得ることはできず、「甲斐さん、すみません」と謝られたけど、
「ただ不可解なのは、本局の方でこのファイルを処理しようとしていなかったことなんです。フォルカー確保から一週間も経っていたのに」
「本局ではパーシャに関心を示していないんですか? ボス」
と、
「そうかもな。いまだに超常現象を
アティースさんの発言に、メンバー同士が顔を見合わせる。
「じゃ、やっぱり
「襲撃もそいつがフォルカーを消すためか。エグいな」
「同じ『
「みなさんコーヒーのお代わりいかがですかー?」
口々に言いあうメンバーが出した結論は、「フォルカーだけが持っていた情報を抹消するため」だった。
フォルカーが持っていた情報――その中には確実に、『
◇ ◇ ◇
「甲斐さん、おかえりなさい!」
折賀家へ帰ると、美弥ちゃんがパタパタとスリッパの音を響かせて玄関先まで迎えに来てくれた。
「ほら、つかまって。ちゃんと目を休めて。わたしが引っぱってあげるから」
俺が連日の特訓で目を酷使していることを知ってる美弥ちゃんは、俺が目をつぶってても歩けるように、俺の手を握って支えてくれるのだ。
優しさが嬉しい。手、いつも柔らかくてあったかい。
お言葉に甘えて。目を閉じて、柔らかな感触と甘い香りを追いかける。
ずっと、このまま手をつないでいられたらいいのに――
突然ガシッと強い指に手首をつかまれ、小さな手が指先から離れる。
「いたのか、折賀……」
「そんなに目が疲れてんなら、まず俺に言え」
たった四日で帰ってきやがって。俺と美弥ちゃんとの手つなぎライフがっ!
『甲斐、目を閉じてても私の姿ならなんとなく見えるだろう? 今度目がつらくなったら、私が導いてやるから』
「あー、うん、ありがとう……」
「あ、今のは折賀に言ったんじゃねーから!」
「やっぱり黒鶴さんと話してたんだー!」
美弥ちゃんがきらきらと目を輝かせる。
「黒鶴さん、黒鶴さん、どちらにいらっしゃいますかー?」
まるでコッ〇リさんに話しかけてるみたいにきょろきょろ。可愛すぎる。
「あ、今通り過ぎた。もーちょい右。あ、もーちょい上」
スイカ割りみたいに俺の指示どおりにちょこちょこと動いた美弥ちゃん、ようやくお目当ての黒鶴さんの正面に到着した。
「え、えっと、黒鶴さん。これからも、お兄と甲斐さんをよろしくお願いします!」
『…………』
なんだろう、黒鶴さんの顔が赤くなってくような……。
「黒鶴さん、ひょっとして照れてる?」
「え! 今なんて言ったの?」
「いや、言ったわけじゃなくて」
『甲斐! 言うなー!』
その日は、折賀の帰国祝いということで、美弥ちゃん手作りのごちそうが山ほど並べられた。俺のために、目にいい野菜とブルーベリーもたっぷり用意してくれた。
まだしばらくは、お母さんと病院でゆっくり過ごすことができるはず。美弥ちゃんにはいつも、明るく元気でいてほしい。
俺と折賀は、「
ジェスさんが解析したファイルが示した座標は、オーストラリア・シドニーにある一軒家を示していた。
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