CODE50 少年よ、廃車の山を越えて行け!(6)

 折賀おりががタイヤで窓をブチ破った棟の、入り口に来た。


 亀山のおっさんの、古びた壁に同化しそうな地味〜な色が二階をふらふらしてる。

 ここまで来ても、まだフォルカーの『色』が見えない。突入前に、ジェスさんに正確な位置を聞いといた方がよさそうだ。


「ジェスさん、聞こえてますか? フォルカーのいる場所までナビゲートしてほしいんですけど」


『ブブー。ジェスさんじゃありませんMAYAマヤちゃんデスー!』


 出たよMAYAちゃん。


 声だけは愛しの美弥みやちゃんと同じなのに。通信相手があの無精ヒゲ面かと思うと……。


「ジェスさん、ほんとはAIじゃなくてジェスさんが音声変換で喋ってるんでしょ? 正直キモいんで普通に通信してもらいたいんですけど」


『キモいなんてヒドいッ! 甲斐かいさんがそんなこと言うなんてッ!』


「ぐはッ!!」


 美弥ちゃん声の非難、予想以上の大ダメージ!


『ワタシ、ジェスさんじゃありません! ちゃんとMAYAちゃんデス! 信じてくれないなら、今すぐヨッシーさんに電話かけてこの声で言いますヨ!


「お兄、どうしよう……甲斐さんの枕カバーの中から、わたしの下着と盗撮写真が」』


「はいッッMAYAさまのおおせのままにーーッ!!」


 秒で殺されるわ!



  ◇ ◇ ◇



 ジェスさん、もといMAYAちゃんによると。

 この建物は昔、廃工場がもっと大規模だったころに使われていたらしい。


 一階には受付だった部屋と、休憩室やロッカールームだった部屋。その奥にはガレージ。

 二階にオフィス。フォルカーは、オフィスの一番奥でPCを操っているらしい。


亀山かめやまのおっさんは?」


『二階で踊らされてまスー』


 ……入り口に鍵はかかってない。中に入ると、電気のついてない薄暗い廊下が奥まで続いていた。日が当たらない分、外よりも寒く感じる。


 階段へ向かおうと、廊下の奥へ足を進めようとしたとき。


 何か、明らかにこの場にそぐわない、異質な音が聞こえてきた。


 何か小さな物が、カラカラと回るような音。板のような物が、ズズズッと床を滑る音。それから――


 ポコポコと、ブザーやボタンを押したような音が連続で。まるで音楽だ。


 やがて現れたのは、俺よりもずっと高さが低い、色とりどりの物たち。


 オモチャだった。


「えっ、何コレ……」


 なぜか車輪がついている、電話のオモチャ。木馬に、ボタンがいっぱいついてる箱に、派手なバトンに、カラフルな木琴に、クマさんの大きなぬいぐるみに……


「あー、わかった。女の子向けのオモチャだよね、きみたち」


 正解すれば攻撃をやめてくれる――わけがない。


 ファンシーなオモチャたちがいっせいに飛びかかってきた!!


「どわあぁぁオモチャ革命ーーッ!!」


 木琴やミニピアノの楽器チームがBGMを奏で始める。クマさんパンチをかわし、木馬を馬跳びで跳び越え、バトンをつかんで振り回す。バトンが勝手にくるくる回るので、一瞬チアリーダーみたいなポーズをとってしまったのは内緒!


 廃車と戦う折賀に比べて絵面えづらがキュートなのは、考えたら負けだ。


「きみたち俺になんの恨みがあんの! って、これ全部フォルカーが作ったの? あのおっさんどこまでヤバ……」


 そのとき、足元をツンツンと何かにつつかれた。

 見ると、車輪付きの小さな電話が、まるで遊び相手をせがむように俺にちょっかいを出している。


「よーし、一緒に遊ぼう! ……って違うわ!」


 受話器を乱暴にひっつかみ、首謀者に抗議の電話をかけた。


「フォルカー! 遊んでる場合じゃねーんだ! オモチャはオモチャ箱に片づけろー!」


 もちろんフォルカーには通じない。おまけにムカついたから日本語だ。


 受話器を乱暴に投げ捨て――ようとしたら、電話機本体がプルプルと小さく震えだしたので、なんとなく罪悪感が芽生え、そっと受話器を置いた。


 無理やりオモチャの山を突破して先を急ぐも、なぜか電話だけがコロコロと車輪を回してついてくる。立ち止まると、電話も止まって、つぶらな瞳(ダイヤルボタン)でじっと俺を見上げている。なんか、捨て犬に懐かれた気分なんだが。


 ほかのオモチャたちは、少し離れたところでじっと俺たちを見守っている。


 仕方ないなー、と電話を抱き上げると、嬉しそうにダイヤルボタンをチカチカと光らせ始めた。

 そのうち、特定のボタンが赤く点滅し始めたので、試しにポチッと押してみると、


『やあっと押してくれたか』


 おっさんのダミ声に驚いて、危うく電話を落としそうになる。


「フォルカー!」


『俺は二階の奥にいるから、遊び終わったらさっさと来いよー』


「知っとるわ!」


『あと、先に言っとく。今、俺は目があまり見えねえんだ。そのつもりでよろしくな』


「え?」


 一方的に、通話を切られてしまった。


 今度は、別のボタンが点滅を始めた。また押してみると、


 ゴロゴロゴロ……


 何やらヤバげな重低音が迫ってきた。



  ◇ ◇ ◇



 そいつは奥の部屋から現れた。


 影に溶け込むような漆黒のボディ。五つに分かれた細い足元に、美しい丸みを帯びた車輪キャスター。角度を計算された二つのひじ掛け。背もたれはクッション内蔵で、座り心地よさそうだ。


 ――椅子じゃん。キャスター付きの。


 そいつが俺の前に立ちふさがり(いや、立ってはいないけど)、これ見よがしに座面をグイグイ突き出してくる。座れって言ってんの?


 嫌な予感しかしないので、スルーして先を急ごうとすると。


 急激なスピードでぐるりと背後に回られ、脚を攻撃(膝カックン)された。


 なすすべもなく座面にケツを沈めたとたん、椅子が猛スピードで廊下を滑り始めた!


「いやあぁぁ止めてぇぇーー!!」


 女子のような叫びもむなしく、全身が風を切り、階段下まで来ると急激に方向転換。そのまま段差をものともせずに駆け上がっていく!

 振り落とされかねないほどの振動に、ひじ掛けに両手をからませて必死にしがみつく。


 二階へ来ると、同じようなゴロゴロ音が聞こえてきた。


「ひょえぇぇーー!!」


 亀山のおっさんが、同じような椅子に乗せられて、廊下を爆走してる……。しかも、くるくるとスピンしながら。


 俺の椅子は、幸いにもスピンはせず、そのまま一気にオフィスルームへ飛び込んだ。そこで急ブレーキ!


「ひゃぐっ!!」


 当然俺の全身は椅子から放り出され、頭から床にツッコんだ。


 ……俺を放り投げるのは、折賀だけで十分だっての……。


 鼻頭をさすりながら顔を上げると、男がひとり、俺に背を向けて座っていた。



  ◇ ◇ ◇



「……フォルカー?」


 疑問形なのは、誰だかすぐにはわからないような姿だったからだ。


 モニターに向かって、何やら手を動かしている後ろ姿。

 頭に、あまりにも奇妙なヘルメット(?)をかぶっている。周囲に変な突起がいくつもついていて、まるで、脳実験にでも使われるような、滑稽こっけいだけどおぞましさを感じさせるフォルム。


 違和感は、それだけじゃない。目の前にいるのに、まだこいつの『色』が見えない。どうなってんだ? 生きてるよな?


「やっと来たか」


 そいつは椅子をくるっと回して、ヘルメットを脱いだ。同時に、やつの周囲に見覚えのある『色』が散開した。目にデカいゴーグルみたいな物をかけてるけど、確かにフォルカーだ。


「ああ、こいつはな、あんたに見つからないようにかぶってたんだ。ほら、『色』が見えるとあんたら二人で狙撃しちまうだろ? そうなると、あっという間に終わっちまって俺がつまんねえし、コーディが来るヒマもなくなっちまうだろ?」


 そうだ、コーディ!


「フォルカー、あんたの裏切りはもう組織のボスにバレてるんだって! コーディが言ってた! コーディは、あんたとミアさんを俺たちに託して組織に帰ったんだ! だから、もう――」


「――そうか、帰っちまったのか。あいつらしいな」


 ゴーグルは外さないまま、フォルカーはまたモニターに向き直った。


 その背中が、妙に寂しそうに見える。コーディに対する態度。女の子向けのオモチャたち。


 このおっさん、ひょっとしてコーディの――


「あ、俺には娘なんていねえから。あいつはあくまでも仕事仲間」


 あ、そうですか。


 ちょっと拍子抜けしたが、フォルカーがモニター方向に意識を集中しているのを見て、そっと近づいてみた。


 画面には、監視カメラよろしく工場敷地内の様々な地点が映し出されている。

 その中に、歩いている折賀の姿を見つけた。


「――こいつな」


 フォルカーの指が、折賀を指さしている。


「面白えやつだよな。俺の意図を察して、ゲームがすぐに終わらないように、ギリギリのところでかわしまくってよ。おかげで、俺もついムキになって追いかけちまった。俺も、たぶんこいつも、思ってたよりもずっと楽しませてもらったよ」


 そういえば。フォルカー、目があまり見えないって言ってなかったか?


「俺がどうやってガラクタどもを操作してたか知りたいんだろ? このゴーグルを付けてるとな、今の俺でも画面の中限定で相手の動きが見えるんだわ。バーチャルゲームやってるみたいだよ。この年になって、ゲームで戦うことになるとは思わなかったけどな」


 フォルカーは、くいっと自分のゴーグルを指さした。


「この変なかぶり物も、このゴーグルもな。両方、俺らの組織の研究員が開発した物なんだよ。かぶり物は、脳の電気信号を遮断してあんたが知覚できないようにする。あんたの『色』を見る能力アビリティが、人間の電気信号を分析してパターン別に感情を読み取って色分けする能力、という前提でな。面白そうだから研究室からパクって来ちまった。ま、今日はうまくいったみてえだけど、あんたも若いんだし、きっとあっという間に効かなくなるんだろうなあ」


 知らなかった。俺に『色』が見えなくする方法があったのか。

 確かに彼の言うとおり、俺の能力アビリティの変化スピードを考えると、いずれ役に立たなくなるのかもしれんけど。


「ゴーグルは、画面内の対象の動きを読み取って、俺の神経に信号を伝えてくる、らしい。俺の能力アビリティも、ここ数日でけっこう変わっちまってな。こう、画面の前で手を動かすと、俺が作った色んな物が動くように――」


 フォルカーの指の動きに合わせて、画面内でまだ残っていた廃車が走り出した。

 折賀のいる方に向かってるけど、一台だけだし、まあ余裕でかわせるだろ。


「……って! おい!」


 画面の端にありえないものを見つけて、俺は前のめりになって叫んだ。


「止めろ! 女の子が飛び出してる!」


「――ッ!!」


 息を止めるフォルカー。黒コートがさっとかわした横を廃車が通り過ぎ、そのまま突っ込んで作業場の壁に激突!


 散乱する様々なパーツ、工具類。舞い散る砂塵。


 息をのむ数秒間。

 やがて、画面の中に折賀が現れた。


 あいつ、監視カメラにもちゃんと気づいてる。わざわざこっちに向けて、腕に抱いた少女の顔を見せた。

 折賀が何か言うと、少女がカメラに向かって元気そうに手を振る。敷地に入る前に、折賀に手紙を渡してくれた、あの子だ。


「大丈夫だ。折賀が助けた」


 俺が教えると、フォルカーがほうっと大きく息をついた。


「よかった、助かったよ。このゴーグル、せいぜいひとりの人間しか捕捉できねえんだ」


 くそう、折賀のやつ。

 女の子を助けるなんて、まんまヒーローみたいなことを。俺がやりたかった!


 ……ん? ひとりの人間しか、捕捉できない?


「あのさ、今廊下で雄たけび上げてる仲間のおっさんがいるんだけど。もう意味ないから、止めてやってくんない?」


「なんのことだ? 俺はそっちは何もしてねえぞ」


 廊下の方からは、今でも変わらずに椅子の滑走音と悲鳴が聞こえてくる。


 勝手に滑って、勝手に止まらなくなっただけ、らしい。めんどうなのでとりあえずほっとく。

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