CODE41 折賀さんちの真っ黒な事情(2)

 黒塗りの高級車にでも乗せられるのかと思ったら、どこにでもある普通のセダン、しかも白のレンタカーだった。


 笠松かさまつっていうおっかないおっさんが運転席に座り、俺はなかば強引に、ハデな叔父さんと一緒に後部座席へ乗り込まされた。

 叔父さんは終始ニヤニヤ笑ってるけど、それがかえって怖い。このままヤクザの事務所へ連れてかれてもおかしくない雰囲気。


 走り出してすぐ、違和感に気づく。

 大学へ続く走りやすい県道じゃなくて、わざわざ片水野かたみの川の土手へ続く狭い道に入っていく。


「……あのー?」


「あー、ごめんごめん。きみにどうしても会いたいって人がいるから、先にこっち寄らせてもらうよー」


 土手沿いに停車し、促されるままに車を降りて、土手を登っていく。


 登り切った先に見えるのは、見慣れた川原の景色、それと――


「おおう! やっと来やがった! 待ちくたびれたぜオラァ!」


 どっかで見た覚えのあるザ・不良ご一行さま、総勢七名さまによる歓待風景。


 即座にくるっと回れ右して土手を降りようとするも、笠松のおっさんに襟首捕まれぐいっと方向転換させられる。その間に不良たちはオラオラ言いながらジリジリと距離を詰めてくる。

 得物はいかにも~な鉄パイプ、ガシャンと叩き割られた空ビン。うわー不良漫画とかでよく見る光景だわー。


「あのー?」


 無駄だと思いつつ、意図をうかがうように上目遣いに視線を向けると、まったく変わらない金髪のニヤニヤ顔が答えた。


「この子たち、どぉーーしてもきみにお礼しないと気が済まないんだって! 今の甲斐かいくんなら、七人くらい余裕だよねー?」


 あんときより二人増えてるし! って、言っても意味ないんだろな……。


「あ、もし死にかけることがあったら、ちゃーんと笠松が対応してくれるから。タマまで取られないから大丈夫! 安心して死にかけておいでー!」


 前門の不良×7、後門のおっさん×2。


 状況を整理する間もなく、不良のひとりが鉄パイプを振りかざして飛びかかってきた!



  ◇ ◇ ◇



「オラァーーッ!!」


 ブン! と空切るパイプを身を沈めてかわし、全員が飛びかかるより先に素速く移動して、動きやすい足場を捜す。


 川原の開けた場所で、川を背にして立ち止まる。ひとりが振り下ろしたパイプをかわしながら、そいつのみぞおちに左フックを叩き込む。回転力を生かしたまま次の奴の空ビン攻撃をかわし、右手を突き出して顎先あごさき掌打しょうだをお見舞いしてやった。


「ッのヤロー!!」


 別の二人が左右からいっせいに飛びかかる。身を伏せて武器をかわしながらひとりにローキックを繰り出し、体勢を崩した男のこめかみに右ストレート!


 背後からコートを引っ張られるが、身をひねってその手を逃れ、そいつの顔面に回転を乗せた肘打ちを叩き込んだ。

 さらに前面からバカ正直に突っ込んできたやつに、腰を落として体重を乗せたボディストレートを打ち込む。汚い体液を吐き散らしながら、どうっと川原へ倒れ込む男。


 俺が反撃した五人のうち、二人はよろよろと立ち上がったが、三人は地に伏して動けなくなった。


「おい、なんだよこいつ! こんなにやれるやつだったか!?」


 まだ立っている四人に焦りが見え始める。


 ケーキ屋「ハニー・メヌエット」でこいつらにボコボコにされてから、一ヶ月と少し。

 その間俺が、どんだけ折賀に殴られたり蹴られたり吹っ飛ばされたりしてきたと思ってんだ。お前らの動きなんて、あいつに比べたらコマ送りも同然なんだよ。


 あのときの俺には致命的な弱点が二つあった。折賀はその対策もバッチリ叩き込んでくれた。


 ひとつは、この目の能力のおかげで初撃はかわせるけど、第二撃・第三撃にまで対処できないという点。

 これは単純に体がついていかなかっただけなので、鍛えればなんとかなる。


 もうひとつは、『色』が見えないために背後の動きがわからないという点。あのときは、そのせいで背後から羽交い絞めにされた。

 これは、川を背にすることで十分防ぐことができた。川がなくても、もうこんなやつらに背後なんてとらせねえけどな。


「どうした? 俺は忙しいんだ。来るならとっとと来い!」


 俺の言葉を受けて、捨て鉢になった四人がそれぞれの武器を振りかざした――



  ◇ ◇ ◇



「やー、おみごと、おみごと。やるじゃない、甲斐くん!」


 わざとらしく拍手する金髪男を、俺はじろりとにらみつけた。


 七人はなんとか撃退した。

 倒れ伏したやつらは、笠松のおっさんが軽々と川原の外へ放り出してしまった。


 俺はというと――なんとか勝てたものの、初めての経験に心臓がバクバクと悲鳴を上げている。

 ビン攻撃でコートと腕の表面が少し切れちまったし、こぶしも、膝も、あちこちが痛え……。


「折賀の、叔父さんだか、なんだか知らんけど、なんの権限があって、こんな――」


「見た感じ、まだまだ暴れ足りないんじゃない? だろうと思って、片水崎かたみさきじゃなかなかお目にかかれないような特別ゲストを呼んどいたよー!」


 そのセリフと同時に、タイミングよく土手沿いに四台もの車が現れて、前から順番に停車した。


 今度こそ、黒塗りのベンツ! 確かにこの町には不釣り合いすぎる!


 その中から現れたのは――


「おォい! そこの金髪ロン毛ェー! そこ動くんじゃねェぞォ!」


 怪しすぎる男衆、総勢十六名。


 ハデなジャケットを着崩したのから、黒っぽいスーツのやつまで色々いるけど。

 息苦しくなるほどの重い圧とドス黒い『色』から察するに、こいつら、本職だ!


 ガチヤクザ来ちゃった!!


「見ての通り、こちらの組のみなさんはご不満の様子でねえ。甲斐くん、ちゃちゃっとクレーム処理してくれない?」


 いや、不満ってあんたにでしょ! って、言っても無駄か。

 

 叔父さんと、笠松のおっさんと、今まさに土手を登ってくるヤーさんたちをかわるがわる見ながら、俺はどこか冷めた気持ちでたたずんでいた。


 イタリアでもあったな、こんなこと。

 人間って、絶体絶命のときほど心が冷めるもんなんだろうか――


「甲斐、何やってんだ」


 ふいに、この場で聞こえるはずのない声が聞こえた。

 目を向けると、土手の上をランニングしてくる黒コート男と、その横をふよふよと飛んでいる黒い着物の少女。


「時間になっても来ねえから、食堂のおばさん怒ってるぞ」


 そうだった。最近、売店だけでなく食堂のバイトまで――って、今それどころじゃねえ!


「やあー、美仁よしひと久しぶりー!」


 両手を目いっぱい広げて甥っ子を迎え入れようとする叔父に、折賀は氷刃のような視線で応えただけだった。うん、気持ちはわかる。


「ますます男前になったねえ。老若男女が泣いて逃げ出しそうな形相してるよー」


「なめとんのかゴラァ! そこの金髪! ちょっくらこっち来いやァ!」


 ドスのきいた声に、折賀は即座に状況を理解したようだった。


「こいつらをブッ飛ばせばいいんだな」


「あ、言っとくけど念動能力PKは使っちゃダメだよー。スマホで動画撮ってるからねー。もし使ったら、ネットに流してきみを世界一有名な超能力者にしちゃうからねー」


 いちいちムカつくおっさんだ。

 スマホを叩き落とせばいいのに、折賀はそうせずにヤクザたちの前に進み出た。


「警察は止めておいてくれ」


「うん、それは大丈夫。気兼ねなくどうぞ」


「え、おい折賀!」


 俺は慌てて声をかけた。


「能力なしで大丈夫か? あいつら、絶対チャ、チャカとか、ドスとか隠し持ってるぞ!」


「無理してそれっぽい用語使おうとするな。少し暴れるからお前は離れてろ。何人かそっちにこぼれるかもしれんが、そのくらいは何とかしてくれ」


 まだ不安をぬぐい切れない俺に、折賀はわずかに口角を上げて見せた。


「なんで俺の念動能力サイコキネシスが未完成なのかわかるか? アティースの指示で、アメリカにいる間、訓練で使ったことが一度もないからだ」


『美仁の言うことは本当だぞ』


 黒鶴くろづるさんが、ふよふよと俺のそばに来た。

 ただのもやだったときから、彼女は折賀が暴れるときにはこんなふうにそっと離れるのだ。


『あいつなら、大丈夫だ』


 訓練で、能力アビリティを使ったことがない。それはつまり――


 十六人の屈強の男が、やつを取り囲む。

 それぞれがやつに向かって精いっぱいのメンチを切るも、やつにはひるむ様子など微塵みじんもない。

 それどころか、挑発気味に薄笑いを浮かべながら、獲物を狙うようないつもの目でこう言い放った。


「遊んでやるから、全員で来い」



  ◇ ◇ ◇



 赤黒く染まった獣たちの群れを縫うように、黒いコートが駆け抜ける。通り過ぎた軌跡で、男たちが次々にうめきながら倒れていく。


 獲物に向かって突進するときは猟犬のようだけど、コートの裾をひるがえして飛び抜けるさまは、まるで鳥だ。

 黒い翼を広げ、自分だけが思うままに、舞うようにダイナミックなステップを操り、体を旋回させる。男衆のどんな攻撃もその動きを捕らえることはできず、すり抜けざまにやつの手脚が繰り出す強烈な打撃を一方的に食らうだけ。


 折賀の目には、すべての人間の動きが流水のような一連の流れに見えているんだろう。

 自分がどう動けば、次に誰がどう動くか。すべてが必然としてやつの脳内に流れ込んでいるに違いない。


 突きも、殴打も、蹴撃も。俺には、まるで演舞のように思えた。


 加えてやつらの動きは怒りに任せてめちゃくちゃに殴りかかろうとするばかりで、とても連携がとれているとは言い難い。今までたったひとりにこれだけの人数で襲いかかる経験がなかったんだろう。

 つたない動きに相まって、全員が地にくず折れるまで、ものの二分もかからなかった。


「いやー、面白かった。いい殺陣たてが撮れたよー」


 俺だったらはっ倒したくなる叔父さんの物言いに、折賀は何故か文句を言ったりはしなかった。


「これで何かの問題が解決できたのか」


「まーね。たぶん、安眠できる人がたくさんいると思うよ」


 あれ。叔父さんは、誰かのためになることをやったってこと……?


 そのとき。土手向こうから凄まじいエンジンとタイヤの音が響いたかと思うと、うなりを上げた一台の車が土手を駆けのぼり、川原に向かって突っ込んできた!


「えええーーッ!?」


 笠松さんが動く。叔父さんをかばおうとしたが、突進した車が容赦なく二人のおっさんを吹っ飛ばしてしまった!


 車はすぐに止まり、中から出てきたのは――や、矢崎やさきさん……。


「えーと、ボスから指令が下りまして……折賀おりが樹二みきじ氏を、死なない程度にいてこい、だそうです……」


 矢崎さんの職務は完璧に実行された。倒れた二人のおっさんは、ほどなくしてふらふらと立ち上がった。


 この叔父さん、どんだけ人の恨みを買ってんだ?

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