CODE25 セールスマンのおっさんをストーンヘンジに登らせない方法(3)

「じゃあいいよ、カイくんだけついてきて」


 コーディは、あっさりと全員に背を向けて歩き出す。


 一見無防備に見える小柄な少女の背中に、誰も手出しできない。もちろん出すべきじゃない。


 こいつの能力の詳細がまだわからないが、発動可能な対象人数や持続時間が折賀おりがの能力に比べてけた違いなのは確かだ。

 お供のフォルカーの能力も、他の「アー」メンバーの詳細も不明なまま。

 従うふりをしながら、少しでも多くの情報を引き出すのが「諜報ちょうほう工作員」バイトになりたての俺の任務。


 一瞬だけ折賀の方を向き、視線で釘を刺す。

 なんとかやってみるから、こいつ相手に暴走なんかすんじゃねえぞ。


 そのとき、俺の後ろから歩いてくるフォルカーも視界に入った。

 拾った様子もないのに、いつの間にか手元にナイフが戻っている。こいつの能力?


 モスグリーンの髪を揺らす小柄な少女。

 ジャージにコートをはおった日本人高校生。

 相変わらずブツブツと何かをつぶやいている痩せたおっさん。


 ちぐはぐな外見の三人は、あまり手入れのされていない雑草だらけの草地を抜け、細い砂利道に停車してあるBMWのミニ車に乗り込んだ。

 どうせ盗難車だろうけど、一応ナンバーを覚えとく。


 この任務の前に支給された、左手首の時計型端末にさっと目を通す。

 アティースさんからの指令は来ていない。

 このタイミングで何か指示が入って俺が態度を変えたら、目の前の貴重な情報を逃すかもしれない。潜入に徹しろということだろう。



  ◇ ◇ ◇



 フォルカーの運転する車に乗るのは二度目だ。

 振動に身を任せているうちに、砂利道が舗装道路へ変わり、白やピンクの花で飾られた家屋が車窓の外を過ぎていく。


「そういえば、さ。今度会ったとき、ボクの『色』を教えてって言ったよね。覚えてる?」


 助手席のコーディが高いトーンで話しかける。

 俺は外の景色に注意しながら、極力平静に聞こえるように答える。


「教えてほしいのか?」


「まあ、なんでもいいけど。参考程度にはしとくよ」


「お前の髪と同じような色だけど。そんなことを聞くためにわざわざここへ?」


「べつにー。ふーん。やっぱキミっておもしろいねえ」


 自分のサイドの髪をつかんで目の前へ寄せて、改めて色を確認してる。

 サイドには黒のメッシュが入っているから、彼女の目にはモスグリーンと黒の混じった色が映っているはずだ。


 車が見覚えのあるギフトショップを通り過ぎた。

 どうやらストーンヘンジの方に戻っているらしい。


 俺の考えを見透かしたように、コーディが斜め後ろを向いて笑いかける。


「ボクの話ってのは、ほかでもないチャック・ガーランドさんのことだよ」


「あの人? お前らも捕獲しに来たのか?」


「違う違う。なんであのおっさんがテレポートを繰り返すのか、教えてあげようって言ってんの」


 マジか! なんで知ってんだ?


 俺の驚きの表情を楽しむようにクスリと笑いながら、英語でフォルカーにあれこれ指示を出すコーディ。

 それからは、俺の方から何か聞き出そうといろいろ話しかけても、軽いノリで次々にはぐらかされてしまった。今回は、本当にそれ以外の要件はないのかもしれない。


 折賀が重いチャックさんをかついで歩いた約二時間の道程はあっという間にふりだしに戻り、ソールズベリー平原に入ったBMWは、二百メートルほど先にストーンヘンジが見えるポイントで停車した。

 警察が封鎖しているので、これ以上近づくことはできない。


 周辺には同じように駐車した車列と、チャックさんを遠目でも見ようとしているヤジ馬勢。

 みんな好き勝手にスマホをいじりながらワイワイと騒ぎ立て、仲間同士で盛り上がったりしている。車から降りた俺たち三人に注意を向けるやつは誰もいない。


 二百メートル先のストーンヘンジの上には――やっぱり、悲嘆の色に包まれたチャックさんがいた。


「あとで、間近まで遺跡に近づいてよーく観察してみて。キミには見えるはずだよ」


「何が?」


「だから、おっさんのテレポートの原因」


 チャックさんの方に目を向けるコーディの横顔は、「これ以上の質問は受け付けない」と言っているように見えた。

 あとは自分の目で確かめろ、ってことだ。


「わかった」と答えた後で、ダメ元でもうひとつだけ質問を追加した。


「なんでわざわざそんなことを教えてくれるんだ?」


「前にも言ったでしょ。ボクは、キミと楽しくおしゃべりしたいだけ」


 いたずらっぽい目で俺を見上げるが、その『色』は少しも楽しそうじゃない。


「それに……見てて哀れなんだよ、あーいうのは……」


 こいつの持つ『色』の意味――「絶望」と「無心」。

 おどけた風に見せる普段の立ち居振る舞いとは似ても似つかない、こいつの中の闇。

 その心が関心を向けるようなものが、あの遺跡にある。


 チャックさんの方に視線を戻すと、何か不審な『色』が動くのが見えた。


「不審人物がいる。スコープで確認してもいいか」


「どうぞご自由に」


 すぐさまウェストポーチから双眼鏡型スコープを取り出した。

 どんな状況でもすぐに対象の位置を特定できるよう、訓練でさんざん使ってきた物だ。


 ――見えた! 明らかにチャックさんを狙っている!


「折賀! 今対象に近づいた紺スーツの男!」


 俺の叫びが終わるよりも早く、スーツ男の全身が五メートルほど左方向に吹っ飛んだ。


 その方向を頼りに、発射源をたどる。緑の平原の向こう、小高い丘の上に小さな黒点が見える。

 

 その場に姿を現した折賀は、たった今射撃体勢を解いて立ち上がったところだった。

 スコープでざっと距離を測る。やつのいる場所から対象までの距離、二百メートル強。


 あいつ、また念動能力PKの射程距離を伸ばしやがった。



  ◇ ◇ ◇



「ミスター・カイ」


 聞き慣れない声で呼ばれて、はっと振り返る。


 それは俺が初めて聞いた、運転手のおっさんことフォルカーの、普段よりボリュームアップした声だった。


 フォルカーが英語で何かを言い、コーディが「じゃ、またね、カイくん」と手を振りながら車に乗り込む。

 車中の二人はそのまま、俺を置いてその場から走り去った。


 フォルカーはこう言った。「楽しかった、また会おう」と。


 何が楽しかったんだよ。確かに、いつもの深めのグレーが少しだけ明るくなったようには見えたけど。


 紺スーツの男は吹っ飛んだ位置で警察に取り押さえられた。

 俺と折賀、そして世衣せいさんはいったん集合してから現場に近づいた。

 手錠をかけられたその男の顔には、見覚えがあった。


「MI5(イギリス保安局)の人間だね」


 世衣さんと現地警察の面々が、口早に言葉を交わしながら男を引っ立てていく。

 これから裏でじっくりと取り調べるんだろう。


 捕獲対象ターゲットに手を出そうとしたが、やつは少なくとも「番犬ガード」ではない。『色』を見ればわかる。

 それに、遺跡を調べるようにとわざわざ俺に伝えたコーディが、今さらそれを邪魔するような動きをさせるはずがない。


 取り調べは世衣さんたちに任せて、俺は言われたとおりに遺跡に近づいた。

 折賀はストーンヘンジ上のチャックさんに、心配せず待っているようにと声をかける。


 よく見ると、チャックさんの不安定な青緑色を包み込むように、遺跡の内部、円形の立石郡に囲まれた中央に近い位置から、細く一筋に伸びている『色』がある。

 今まで全然気づかなかった。内部に、何かあるんだ。


 そこまで立ち入るには、現地文化遺産保護団体の許可がいるとかで、それから一時間近く待たされた。

 ようやく団体関係者による簡易調査が始まり、俺が指示するあたりをしっかり捜索してもらうと――その場所から、ひとつの小さな指輪が見つかった。

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