CODE22 黒い鶴の乱舞・少年の危険すぎる告白!(2)

「とんでもないことをしてくれたな」


 約一時間後。

 俺と折賀おりがは、上司の前で床に正座させられていた。


「きちんと警護するというから、お前が帰国して以来、夜間はお前たちだけに任せていたんだが。やはり折賀家内部に監視システム(カメラと盗聴器)を導入せねばならんということか」


「今後厳重に注意する。甲斐かいにもよく言って聞かせる。だからそれは勘弁してくれ」


 頭を下げて土下座しながら、横目でジロリと俺をにらむ折賀。

 仕方なく、俺も深々と頭を下げる。


「すんませんでしたーッ!」


「なんにせよ、今夜はここでたっぷり反省してもらう」


 アティースさんは、俺たち二人を見下ろしながら厳しい宣告を投じた。


「無事に済んだのは結果論でしかない。お前たちは美弥みやを護れなかった。今夜はそれを、よーく肝に銘じておくんだな」


「はいッ!」


 パンプスの靴音と、ミーティングルームのドアの閉まる音が、俺たちを残して無情に消え去っていった……。



  ◇ ◇ ◇ 



 あのあと。

 気を失った美弥ちゃんを抱えて、エルシィさんの車で俺たちは片水崎かたみさき総合病院に急行した。


 幸い、大事には至らなかった。

 一瞬念動能力ポルターガイストを発動してしまった美弥ちゃんは、今ではすっかり「普通の睡眠状態」ですやすやと眠っているそうだ。特に体に異常はないらしい。

 俺はまた、大きく胸をなでおろした。


 ただ、今回はそれなりに被害が出た。

 食器棚の窓のほかに、リビングのドアや壁、天井にまでひびが入ったらしい。

「管理人さんになんて説明しましょうね?」とエルさんがぼやいていた。


「美弥ちゃん、大丈夫そうでほんとよかったよ。でも、まだよくわかんねえんだけど。なんでこんなことになったんだ?」


 二人だけの広いミーティングルームで、まだ正座を続けながら疑問をこぼす。この部屋もモニターで監視されてるので、簡単に足を投げ出すことはできない。


 折賀がまたも冷たい横目で俺を睨みつける。


「どう考えても、お前の独り言とやらが原因だろうが」


「うぅ……そりゃ、確かに恥ずいこと言ったけど……」


(全然気づいてもらえないのって、つらいよな……あの子のこと、こんなに好きなのに……)


 独り言の内容は、すげー恥ずかしかったけど、恥を忍んでアティースさんと折賀に報告した。

 が、これ以上話をややこしくしたくないので、黒さんのことは伏せてある。


「仮に、あれを美弥ちゃんに聞かれてたとして。俺、その前に『美弥ちゃんはアティースさんが好きなんだよね?』って、名指しで聞いてるんだよ。そのときでさえ、能力発動まではしなかったのに……なんであのタイミングで、ポルターガイストが出ちゃったんだろ……」


 横を見ると、ものすごくあきれたような、バカにしたような顔がそばにあった。


「俺は、なんでこんなバカのために一緒に正座させられてるんだ?」


「はぁ!? 成績の話なんて今関係ねーだろ!」


「だからバカなんだ。考えなしの、ぶら下がるしか能のないナマケモノピーマンだ」


「うるせー! このハゲナスビ!」


「俺はハゲてねえ!」


 俺たちの動きに合わせて、細いチェーンの音が床をすべる。

 そうだ、ケンカしてる場合じゃなかった。


 俺たちは今、このミーティングルームの端っこで鎖につながれている。

 俺たちの首にはそれぞれお決まりの青と銀の首輪がはめられ、その首輪から伸びた三メートルほどのチェーンが、会議用の長机にガッチリと巻かれている。


 部屋に暖房は入ってない。そして、俺たち二人とも、Tシャツにジャージを重ねただけの服。要するに、ものすごく寒い。


「朝までここで正座しなきゃならない。寒さと疲労も厳しいが、問題は」


「トイレ、どーすんの……」


「方法を考えるから少し待ってろ」


 二人、超真剣モードで考え込む。


「首輪とチェーンを勝手に外すのはダメだ。外そうとしたら特別高圧で電気を流すと言われた」


「俺のは首筋に毒が注入されるって聞いたぞ。あとお前のは爆発するって」


「ったく、設定くらい統一しとけ……」


 お互い、疲れで頭が回らなくなってる。


 チェーンの先にある机は、残念ながら一台ではない。

 三十キロ近くある机が、計六台。

 三台ずつ二列に並び、それぞれの脚の上部と中棚に絡ませる形で、極太ワイヤーでガチッと固く連結されている。もちろん、外すのは不可能。


「畳むのも無理――となると、全部このまま引きずって行くしかない」


「床が傷ついて怒られそうだな……」


 二人で六台もの長机を引きずる姿を想像して、脱力感にさいなまれる。


「折賀、自分に念動能力サイコキネシスかけて、うまく机運んでくれよ。俺、今の体力でこんなに運ぶの、絶対無理……」


「誰のせいでこんな状況におちいったと思ってんだ」


 厳しい言葉に、思考のネジが一本どっかに飛んでった。


「日々に疲れた俺が独り言なんか言っちゃったせいっスね、サーセンした! でも、もとはと言えば俺をこんなところに連れてきたお前が悪いんじゃねえか!」


 あかん、言葉が思考のはるか上空を上滑りしてる。


「だいたい強引すぎんだよお前! 自分ちまで引っ張ってって、こんな組織や、夜間警護にまで説明もせずに勝手に引きずり込んで! おまけに俺を殺しかけたり人体実験までしやがって!」


「先に説明したらお前、絶対逃げるだろうが」


「だったらもっと優しくスマートにやれよ! お前が動くとだいたいロクな結果になんねーじゃん!」


 空気が凍りついた――ような気もしたが、寒さと疲労で頭がもうろうとしすぎてる。


 違う。こんなこと言いたいわけじゃねえのに。


「……お前、今朝は、俺は悪くないって言ったよな?」


「そんなこと言ったか? それよりトイレ行きたいんだけど」


 いったん流れ出した悪態は止まらない。折賀の動きも止まらない。

 折賀が動いたと思った瞬間、俺の体がチェーンの長さいっぱいまで一気に吹っ飛んだ!


 わけもわからず、冷たい床の上で身をよじって起き上がる。

 顔面がジンジンする。どうやら頬に強烈な右フックを食らったらしい。


「いっ、てぇ……な! 何すんだよ!」


「土に埋まって発芽からやり直せ! このションベン草!」


「うるせーハゲタンポポ!」


「ハゲてねえッ!」


 やけになって、そのまま折賀につかみかかったような気がする。


 その先は、正直まったく覚えてない。



  ◇ ◇ ◇   



12月27日


 気がつくと、俺は床に突っ伏して寝てた。

 横には超不機嫌な顔をした折賀が座っている。


「いてててて……」


 体を起こそうとすると、あちこちが悲鳴をあげる。

 これはやっぱ、折賀にけっこうやられたんだな。寝落ちじゃなくてKOだ。


 これでも手加減はしてくれたんだろうな。

 こいつの本気の蹴りやこぶしを食らったら、とっくに俺まで総合病院行きになってるところだ。


 いつの間にか、部屋に暖房も入ってた。おかげで風邪はひかずに済んだっぽい。


 世衣せいさんが来て、首輪を外す許可が出たと伝えてくれた。

 一晩首を絞めつけ続けたそれを、やっと外して床に投げると、世衣さんが意味ありげにニヤニヤ笑いながら俺を見てる。


「いやーもう、おもろいもん見せてもらったわ。甲斐くん、親友フラグをバッキバキにへし折ってくれたねえ」


 親友フラグ? なんだそれ。


 俺たちが頭を悩ませたりケンカしたりしてたとき、指令室ではジェスさんと世衣さんがモニターを見て笑い転げてたんだそうだ。


「二人とも、疲れでネジが吹っ飛んだんだろうけどさ。甲斐くんはちょっと薄情なこと言ったし、美仁くんは男同士だからってこぶしで語りすぎ。お互いちゃんと謝って、きれいさっぱり仲直りしな」


 そう言い残して、さっさと去ってゆく。

 世衣さん、俺と折賀の調停役?


 薄情なこと……確かに、言った。

 こいつは、自分のせいでまた人が死んだと思ったのに。そんとき、「お前は悪くない」って、俺は言ったのに。

 ゆうべは疲れて混乱してたからって、「お前が動くとロクな結果になんねー」なんて言っちまった。


 それに、「こんなところに連れてきたお前が悪い」とも言ったな。

 確かにこいつには無理やり引きずり込まれたようなもんだけど。代わりに俺は、大事なもんをもらったんだ。


 美弥ちゃんのそばにいられる理由を。

 腰を落ち着けられる、ひとりじゃない居場所を。


(俺はたぶん、ずっと誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。組織の人間じゃなく、もっと俺の立場に近いやつに。だから、お前と再会できたのは幸運だと思っている)


 折賀は片水野川かたみのがわの土手でそう言った。


 俺もこいつも、自分の能力に翻弄されながら生きてきた。

 俺たちは、近い。だったらもっとわかり合えるんじゃねえか?


「えーと……なんつーか、その。俺、たぶんいろいろ言い過ぎた。ごめん」


「……いや」


 折賀は驚いて、ばつが悪そうな顔をした。


「ゆうべは俺もつい、殴ったり蹴ったり……あといろいろやりすぎた。悪い」


「いろいろってなに!」


「俺のことも好きなだけ殴っていい」


「えー、いやいいよ……どうせたいしたダメージにならんし。ボクシング教えてくれんなら、それでいいや」


 折賀に向けて、シャドウで一発だけ軽いジャブを見舞ってやった。


 体は痛いのに、なぜか頭はスッキリしてる。

 今までおおっていたもやが晴れたように、心が軽くなっているのを感じる。


 たぶん、俺の体が、気づかないうちに「ここ」に浸透してきたんだ。

「オリヅル」本部。折賀家のアパート。

 美弥ちゃんのそば。折賀のとなり。


 俺はこれから「ここ」を中心に生きていく。そんな気がした。


「俺、美弥ちゃんにも謝らなきゃ。たぶん俺が原因なんだし、ちゃんと謝るよ」


「病院まで走るぞ」


 その言葉を合図に、二人で大学の暗い地下から脱出し、外へ飛び出した。


 一日中張り詰めていたものが、日の光を浴びて柔らかくなっていくのを感じる。あちこち痛いはずなのに、なぜか体が軽い。病院までの道を、折賀の背中を追いかけながら思いっきり駆け抜ける。


 何かあれば「とりあえず走る」のが、俺たちのスタイルになった。



  ◇ ◇ ◇   



 予定では、タクも今日退院できるはずだ。

 病院へ向かう途中、俺は折賀に言った。


「俺も、タクに『受験頑張れ』って言う。あいつのために、絶対あのモスグリーン女を捕まえてやる」


 美弥ちゃんは、やっぱり何も覚えていなかった。


「んーと、なんで倒れたんだっけ……。甲斐さん、なんで謝るの?」


「ごめん。とにかく謝らせて。本当にごめんね」


「甲斐さん、またれがひどくなってない?」


「あー、あはは、折賀とケンカしちゃった。でも大丈夫、もう仲直りしたからさ」


 ひどい顔して手を振り回しながら笑う俺が、よっぽど不思議だったのだろう。

 首をかしげる美弥ちゃんに、穏やかな声が飛ぶ。


「今日は何もしないでゆっくりしてろ。食事は甲斐が作ってくれるから」


 え、俺?


「ほんと? 嬉しいなー。甲斐さんありがとー!」


 無邪気に手を叩いて喜ぶ美弥ちゃん。病室いっぱいに広がる淡いピンク色が、みんなの心を幸せにしてくれる。


 ――俺はやっぱり、この子からとうぶん離れられそうにない。


「帰ったら千羽鶴、急いで修復しないとな」


 ――ついでに、ダークブルーの色をした、この男からも。




 折賀のそばで、黒いもやが今日も穏やかに揺らめいていた。






Ⅰ 「オリヅル」という組織


 <了>

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