CODE15 「オリヅル」という組織(2)

 ジャージという名の戦闘服は、まさにこんなときのためにあるのだろう。


 予期せぬ猛ダッシュを余儀なくされた俺は、フラフラになりながらもなんとかケーキ屋前に到着した。

 店の前では、あの店長が困った様子でひたすら頭を下げている。


「まことに申し訳ございませんが、他のお客さまの妨げになりますので……」


「あぁ!? 別に扉をふさいだりしてないだろ!? 何が邪魔だってんだよ!」


 うわ、絵に描いたような、ザ・不良ご一行さまじゃないですか。


「だからー、俺たちはあの子が相手してくれれば何の文句もないわけよ。簡単なことだろー? 客の要望が聞けないわけー?」


「とっ、当店は指名制では……」


「あぁ!? 俺たちがいかがわしいことでもしてるって言いたいわけ!? 名誉棄損めいよきそんとかで訴えちゃってもいいー!?」


 美弥みやちゃん、ほんとにいろんな人種をきつけすぎ!


 当の美弥ちゃんは、たぶん店の奥でエルシィさんに守られているんだろう。

 あの子がちょっとでも怖い思いをしてるのかと思うと――やっぱこいつら、マジで排除すべきだ。


 俺はズカズカと、不良どもと店長の間に割って入った。

「え?」と背後の店長が声をあげる。


「なんだぁ? 邪魔だお前。どっか行けよ」


「邪魔なのはあんたらだろ。もう少し人の気持ちを考えられる大人になってから出直して来いよ。あの子を困らせてるのがわかんねえのかよ」


「あぁ!?」


 目の前のそいつが、俺を突き飛ばそうとした――が、俺はひょいとかわし、そいつはバランスを崩して扉に激突する。他のやつらも俺につかみかかろうとするが、それもすべてかわす。

 こんなやつら、折賀おりが世衣せいさんの動きに比べればスローモーションも同然だ。


 が、困ったことに、俺にはかわすスキルはあっても撃退するスキルがないのだった。


 そのうえ、相手の『色』が見えないと、回避能力なんてなんの役にも立たないわけで。

 俺がひとりの突撃をかわすと同時に、背後から他のやつに羽交はがめにされちゃったら――残念ながら、もう打つ手がない。


「グフッッ!」


 腹に見事な右ストレートを食らった俺は、あっけなく膝を折った。何か吐いた気もする。羽交い絞め中なので、まだ地に落ちることも許されない。


 もう二発か三発を顔面と腹に食らって、ようやく離された俺は、そのまま路上に崩れ落ちた。


 チクショー、痛え……。折賀たちみたいに強ければ、こんなやつら……。


 かすむ視界の中で、やつらの足が動くのが見えた。

 やつら、茫然ぼうぜんとなった店長まで押しのけて、店内に入り込みやがった!


「待てッ!」


 無我夢中で、もはや誰のかもわからん足にしがみつく。

 その足に、また思いっきり顔面を蹴られて視界がスパークする。


「グギャッ!?」


 そのとき店内から変な悲鳴があがった。俺の悲鳴、じゃない。


 なんとか首を上げて声の方を見ると、男の右手の指が変な方向にねじれている。男はそのまま泣きながら外へ駆け出した。


 別の男が突然、腹を押さえてうずくまり、口から血泡をき出した。


 ――これはマズい!


「やめろ! 内臓はヤバいって! マジ死ぬから!」


 俺が叫ぶと、血泡を噴いた男は立ち上がり、悲鳴をあげながら逃げ出した。他の男たちも慌ててそれに続く。


「お前、さあ……いくら頭に来たからって、やっぱもうちょっと能力制御できるようにならんと……」


 俺の視線の先に、折賀と世衣さんが立っていた。



  ◇ ◇ ◇



「俺ひとりで片づけろって話じゃなかったのかよ」


 俺たち三人は、片水野かたみの川の土手に座り込んでいた。

 ここに来るまでは世衣さんが肩を貸してくれた。今も、世衣さんが持ってきた救急キットで俺の傷の手当てをしてくれている。


「あいつらのひとりがきみを羽交い絞めにした時点で、警察を呼ぶことはできるからね。きみの行動にはちゃんと意味があったってこと」


「俺、生贄いけにえみたいじゃん。ひどいなあ」


 世衣さんのさっぱりとした物言いに、思わず苦笑する。

 折賀に手ひどい目にあわされた二人の不良は、「オリヅル」が手配した救急隊員によってさっさと病院まで連行されたらしい。


「ボスが見たかったのは、きみがいざというときに逃げ出さないやつかどうか、ってこと。もちろん、ほんとに命の危機が迫ったら逃げなきゃなんないけど、それ以前の状況で怖気おじけづくことなく任務を遂行できるか、任務に適性があるか、ってのを見たかったんだと思う。私はもう、きみに度胸があることは知ってるけどね。今までにもきみは、何度も美弥ちゃんを守ろうとした」


「その美弥ちゃんに、一度も会わないまま撤収しちゃいましたけどね……」


 美弥ちゃんが無事だったのはめでたいけど。

 本音を言うと、無事な顔を見たかったし、ちょっとぐらい俺の頑張る姿を見てほしかったって気もする。ボコボコにやられてたけどさ。


「そのツラを美弥に見せる気か。心配させるだけだろ。美弥に会う前にれを全部ひかせておけ」


 折賀、また無茶を言う……。


 でも、折賀の言葉には重みがある。こいつだけじゃなく、チーム全体が、美弥ちゃんに気づかれることなく二十四時間体制で警護を続けてるっていうのだから。


「美弥ちゃんに能力のことを自覚させるのって、やっぱマズいわけ?」


「あの子は大きく動揺すると能力が暴走しちゃうんだよ。小学校事件のあと、運び込まれた病院まで壊しかけたからね」


 マジか。


「お前と病院で会ったとき、千羽鶴が飛ぶのは見えたか。美弥が動揺したとき、まず鶴が勝手に動き出す。それがひとつの合図になる。俺たちは、暴走しないよう、あいつの心を守らなきゃならない」


 川の方を見続けている折賀の横顔に、強い意志を感じる。

 病院や折賀の部屋の鶴たちは、その合図を知るための警報装置ってことか。


「俺たち、あの子にデッカいうそをつき続けなきゃならないんだな……」


 ぼそっとつぶやくと、世衣さんがポンポンと俺の頭を軽く叩いた。


「そうだね。私たちは情報畑の人間だから、つかなきゃいけない嘘ならいくらでもつく。でも、きみにとってはつらいことだろうね」


 いちばん大切な人に、いちばん大きな嘘をつく。


 つらくても、それであの子の心が守れるのなら、やるしかない。

 ――やってみせる。


「さて、私は先に戻ってるね」


 黒髪を無造作に風になびかせながら、世衣さんはそう言って立ち上がった。


甲斐かいくんは美仁よしひとくんに何か言いたいことがあるみたいだから、二人でゆっくり話してからおいで。男同士の話し合い、だいじ、だいじ」


 彼女は軽い足取りでさっさとその場から消えてしまった。

 えぇ? 世衣さん、俺に言いたいことがあるのを察知するエスパー?


「「…………」」


 土手に並んで座る、男二人。流れる重い沈黙。


 き、気まずい……。強制的に俺が言わなきゃいけない状況にされるとか……。

 ただでさえ雰囲気こえーやつ相手に、どう言い出せばいいんだよー。


「言いたいことがあるなら、早く言ってくれ」


 うぅ……やっぱ言わなきゃダメですか。仕方ない。


「お前、さあ。なんであんなに、俺のことにらんでたんだよ」


「…………」


 折賀は黙って俺の方を向く。俺は言葉を続ける。


「俺がアティースさんにこえーこと言われたとき。俺、マジでお前に裏切られたと思って、けっこうショックだったんだぞ。お前の説明を待ってたのに、冷たい目でずーっと俺のこと睨みつけたりしてさー……」


 いちばん不安なときにあんな目で見られて、もう少しで泣きそうになったぞ。

 ってのは、さすがにカッコ悪くて言わないけど。


「……俺は睨んでたのか。そんなつもりはなかった。悪い」


 折賀から返ってきたのは、意外な言葉だった。


「へ? じゃあなんであんなこえー顔してたの」


「俺が『オリヅル』に捕まったときのことを思い出してた。俺はあの小学校事件のあと、病院でやつらにスタンガンくらって、目隠しで拉致された」


 ひえぇ!?


「俺の能力を考えれば当然の措置だ。それからアティースに散々ののしられた。お前の能力は人を殺す以外になんの使い道もないクズ能力だ、と」


 ほんと容赦ないなあの人!


「それひどすぎない? 好きでそんな能力持ったわけじゃねえのに……」


「でも、あのときあの言葉があったから、俺は制御不能の念動能力サイコキネシスなんかじゃなく、本当に美弥を護れる力を手に入れようと決心できた。学校辞めて、アメリカで訓練を受けようと決めたのは、あくまでも俺自身の意志だ。それだけは、あいつに感謝してる」


 やつの静かな言葉に、アティースさんへの信頼のようなものが見えた気がする。かなり変わった信頼だけど。


「なあ、アティースさんって、信用しても大丈夫? すげーこえーことばっか言ってたけど。お前の目のこととか、本気にしか見えなかったし」


「何を信用と呼ぶかによる。俺たちがいる情報の世界では、必要に応じて虚偽の情報を操ることもある。アティースや世衣のようなプロは、お前でも本心を見抜くことは難しいだろうな」


「じゃ、あれは本心じゃなかった、ってことなんだな?」


 無言で肯定する折賀を見て、ふうっと力が抜けた。

 こいつが目を取られることはないんだ。よかったー!


 まあ、それ抜きにしてもやっぱキツいと思うけど。俺の考えに反応するように、折賀が言葉を継ぐ。


「必要もなしに脅したわけじゃない。精神的に追い詰めて相手の本性を知るのは、この世界では常套じょうとう手段だ。アティースは、お前の反応を見たうえでチームに採用した。そこは自信を持っていい」


 俺の反応って、あんとき折賀に向かって突進したやつ?

 無我夢中だったけど、俺の行動は間違ってなかったってことなのか。


「訓練で強くなったつもりでも、俺の中ではまだ恐れが消えていなかった。肝心なときに言葉をかけられなくて、悪かった」


「え、いや、仕方ないよ、そりゃ……」


 折賀は、少し柔らかくなった目元で俺を見ながら言葉を続けた。


「こんな話は、今まで誰にも話せなかった。俺はたぶん、ずっと誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。組織の人間じゃなく、もっと俺の立場に近いやつに。だから、お前と再会できたのは幸運だと思っている」


「……そっか」


 俺も、たぶん幸運だったんだろうな。

アー」とやらに捕まるより先に、こいつと再会できたことが。


 ……なんかいい雰囲気になってきた。ちょっと青春ドラマっぽくないか、これ。


「甲斐。これからは同じチームの仲間だ。よろしく頼む」


「おう、こっちこそよろしくな」


 俺たちは、右手を出し合い、がっちりと熱き友情の握手を交わしたのだった。





「……ちょっと、待て」


 折賀が手を離すより先に、俺は右手に精いっぱいの力を込めてギリギリとつかんだ。


「ちょうどいい。お前に触るたびに強制的に送りつけられる猥褻わいせつ映像について、今こそ釈明を聞かせてもらおうか」


「――は?」


 柔らかかったやつの目元が一瞬で険しくなる。


「とぼけんな。毎回毎回どんなときも、どう見ても年齢ひとケタの、ちっこくて可愛い金髪幼女の姿が流れてくんだよ。ありゃいったい誰なんだよこのロリコン」


「……それは……」


 珍しく折賀が言いよどむ。

 右手は無理やり払われたけど、俺の追及は止まらない。


「即答できないような関係ですか、そーですか」


「お前には関係ない」


「あのな。忘れてるようだけど、自分の思念を見ろって言ったのはお前なんだぞ。だから見てやったのに、一方的に何度も盗撮ロリ映像垂れ流しといて『関係ない』ってなんだよ。なーにが仲間だよろしくだよこのロリコン」


「盗撮じゃねえし」


 早くも友情に亀裂が走った。


「美弥ちゃんという可愛い妹を保有しておきながら、外でも妹キャラ囲ってるとか外道もいいとこだなこのロリコン」


「囲ってねえし」


「ちゃんと説明するまでお前のことをロリコン折賀、略してロリ賀って呼ぶからな」


「…………」


 折賀は立ち上がって俺を見下ろした。冷たい視線再び。


「勝手にしろ」


 やつはそう言い捨てて、ひとりで大学方面に向かって走り出した。


 ――え、釈明なし? ロリ賀呼び確定?


 その呼び方を続けると、やつよりも俺の方が恥をかく、ということに気づいたのは数秒後だった。

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