第25話名古屋より東にて

 是洞の死後、黒日輪は関東に拠点を移した。

ヒルコの呪いを使い、首都簒奪を試みたのだ。江戸の鬼門を守る寛永寺に忍び込み、儀式を執り行うのは蘇我日向。

蘇我是洞は捕縛される前、信者に命令して、日向の遺骨を暴かせていたのだ。


 唯一の誤算は、日向が子孫の生死に全く頓着していなかったことだ。

日向は是洞の呪殺すると、その記憶を吸い上げて組織を乗っ取ってしまった。ヒルコの製作者なだけあり、彼はその真価を知り尽くしている。

ヒルコは日本で死んだ者達を招く力を持っているのだ。中央ヤマトに滅ぼされたまつろわぬ民、源平合戦の死者、本土空襲の犠牲者達…。


 生者への妬み。

なぜお前達は安穏とし、自分達は欠乏と炎熱の中で死なねばならなかったのか?


――欲しがりません、勝つまでは!一億総玉砕!


 眠りから覚めた彼らは手当たり次第に肉の身体に憑りついた。しかし日向が考えていたほどの効果は発揮されなかった。

護国の霊的結界により、ヒルコの呼び声は弱められたのだ。しかし、彼は諦めない。


 日向は閉塞感漂う現代を見て、信者を容易に集められると考えた。

呪術によって引き入れた者達にペーパーカンパニーを作らせ、己の勢力を広げる。

貧富の差が激しく、人心の荒廃著しいこの日本に今度こそ幕を下ろし、王城楽土を建設する。


――搾取されてきたもの達よ、お前はこのままでいいと思うか?


 富める者はさらに富み、貧しい者は死ぬまで這い上がる事の出来ぬ世を正しいと思うか?

否、というなら集え。天上を睨む何物でもない子供たち、黒日輪の元に集え。今度はお前たちの番だ、今度はお前たちが搾取するのだ。

かつて睨め上げていた者達を、残らず地に落としてやれ。その為の武器と知恵を、私が授けよう。


 天運は日向に味方しなかった。

名古屋に都市伝説研究会があるように、東京にも目覚めた人々がいた。

異能を操り、神魔と戦う少年少女達が。


 そして特殊保安部。

首都には防衛装甲服なるパワードスーツが配備されている。

コストの高さから10着にも満たないが、着込んだ戦士に霊的・魔的な現象に対する高い抵抗力と継戦能力をもたらす。


 戦前の日本陸軍が開発した、『戦術装甲服』のノウハウをつぎ込んだパワードスーツである。

神魔を降ろし、一体化させるそれは安全面・倫理面に多大な問題があり、敗戦を機に封印されたのだが、冷戦期に自衛隊の一部士官が再起動させた。

これを首都の鎮伏屋と警官隊が共同で鎮圧、封印。しかし戦術装甲服は日本の対神魔戦に一つの可能性をもたらした。


 研究が辛抱強く続けられ、神魔の力を利用しない装甲服が数年前に完成した。

それらの対抗勢力によってヒルコを奪取され、起死回生の一手として富士山を押さえ、日本の地脈を刺激せんとしたがこれも叶わなかった。

政府も富士山を重要拠点と捉えており、首都に匹敵する戦力を集めていたのだ。


 日向は名古屋に逃げる。

ほとんど敗走だった。しかしまだ終わりではない。

再起を図るならば名古屋だろう。ヒルコの呪力による汚染され、地脈の刺激によって霊格を高めた土地。


 名古屋に向かった時点で四鬼の絶命について把握していたが、およそ100年の眠りから目覚めた呪術師に恐れはない。

異能者達の多くは戦闘訓練を積んでいない素人であり、警戒するべきは鎮伏屋。それも幾らかは確保している。


 日向は名古屋に侵入すると、一人の少女を追った。

年頃の少女故か、独りになる事が無い。発覚を避けるべく隠密に徹した彼は、少女――水戸川凛を児童養護施設のトイレ内で襲った。


「来てもらうぞ、でいたらぼっちの首」


 翌日、凛の失踪が確認された。

彼女の正体について知っている者がいないが、養護施設で保護された少女の失踪は地方ニュースで報道された。

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