第24話隠形鬼
夕刻の名古屋市。
異界産の物資の配達を行った鎮伏屋が帰宅する道すがら、神魔の襲撃を受けた。
黒子を思わせる、黒一色の幽霊のような角のある人型――オンギョウキ。
鎮伏屋が従える、3つの形態を持つ魔霊が突撃する。
距離に応じてバトルスタイルを変える戦国武士のような霊が、血のように赤い霧を帯びた矢を続けざまに射た。
1本が左腿を抉り、オンギョウキは苦悶する。すかざず距離を詰めた武者の魔霊は、オンギョウキが幻のように姿を消すとその場に立ち尽くした。
このまま自宅に向かうのは危険。
死を確認するまでは付き合おう、と覚悟を決めた鎮伏屋は周囲に油断なく目を配りつつ人気のない方に向かっていく。
しかしどれほど警戒していようと、死角は存在する。鎮伏屋は人間であり、神ではない。
血濡れた刃が、鎮伏屋の喉から伸びた。
同行している武者が即座に斬りかかるも、その時には姿を消している。ホラー映画の幽霊が一瞬でカメラから消えるような早業だ。
襲撃者は幻と現実を行き来するように、鎮伏屋に痕跡を掴ませない。刀から逃れたオンギョウキは、遠間から生命力の結晶を取り出した鎮伏屋の手を手裏剣を投げて止める。
まもなく鎮伏屋は死亡。武者も霧のように掻き消えると、オンギョウキは死体の傷を塞ぐ。
オンギョウキは死体を担ぎ、夜の名古屋を翔けて名古屋市の境に到着。
勾配の急な坂の側の駐車場に止まっていたバンの陰に降りる。到着を待ちかねたように勢いよく扉が広き、年の離れた男女が飛び出す。
「お疲れ様です。お預かりします」
「…残り3人だったな」
「はい。死体の確保が済んだら長久手の古戦場までおいでください」
死体は夜通し走るバンで関東まで運ばれる。
黒日輪は是洞の死後、活動の中心を東京・横浜を移しており、殺害された鎮伏屋も向こうで使用される。
式神にでもするのか?オンギョウキは推測するが、深く追及はしない。相手は自分を使役できる術者、契約を結んだ以上口は挟まないのがルールだ。
鎮伏屋を狙う殺人者の情報は、特殊保安部にもあがっていた。
異能の持ち主であろうと、一般人ならば見逃す。何者かは神魔や魔術師との戦闘経験を持つ者を正確に狙っていた。
――また?これで7人目でしょ?
椿のもとに栗端によって新しい犠牲者の情報がもたらされた。
犯人の目星がついていない以上、彼女の出番はない。情報収集員とツーマンセルを組んでいる別府達とは違い、彼女は警察官ではない。
身辺への注意を促された椿は、侑太にLINEを送った。
「鎮伏屋が殺されてるってよ、お前らも気を付けろよ」
「私は平気だし。貞夫は私が守るから」
「よければ送るが?」
「なんでお前そんなに優しいんだよ。俺も平気だよ」
その日は仲介屋にも寄ることなく、研究会メンバーは学校を出る。
途中、油津姫は貞夫に玄関で待っているように頼み、宗司を階段の陰に誘った。
「なんだ」
「葛鹿彦、殺したでしょ」
「知らん」
「ふーん、別にいいけどさ。ところで、なんで化け物の心臓食べてるの?」
宗司は口を閉じたまま、冷ややかに油津姫を睨む。
刺すような視線を向けていた油津姫は、小さく息を吐いてから笑顔を張り付けた。
「あんたが何してようとどーでもいいけど、場所は考えてよ。ウチの近所で騒ぎを起こさないで」
油津姫が去った後、帰宅した宗司は違和感を覚えた。
敷地に入った瞬間、空気が不自然にかき混ぜられているような印象を受けた宗司は、目元を険しくする。
玄関を開けると、家政婦の尾崎がいた。何事もないらしいと安堵し、自室に引っ込んだ彼を衝撃が襲った。
――藤堂槙を預かった。AM6:00に§[Μ●まで武器を持たずに独りで来い。
慎の部屋を確かめてみると学生鞄と制服が置いてあった。一度帰宅したらしい。
宗司は荷物を置き、指定された場所までやってきた。
人質にするなら自分が出向くまで手出しはしないだろうが、不安と焦燥が募る。
宗司は公共交通機関を利用せず、身体能力を限界まで発揮して、街の上空を天狗のように突っ切った。
天白区にある八事裏山。
丘陵の中央に向かっていく彼が頂点に達した頃、人影が一つ横切った。
長い黒髪を一つに括った、少女のように肌艶の良い少年。鼻梁はしっかりとしており、唇は薄い。切れ長の目がクールな印象を与えるが、実際、宗司は彼が取り乱している姿を見た記憶がない。
藤堂槙。
一瞬で遠ざかった末弟の両腕は、服装ごと怪物のそれに変化していた。
両手から伸びる捻じれた刃のような5本指以上に目を引いたのは、着衣があちこち破損しており、出血もしたらしいという事だった。
オンギョウキは人質にするはずだった少年が突如異能に覚醒したことで混乱していた。
すぐに対処できると考え、始末を考えたのは判断ミスだ。宗司と鉢合わせてしまうまでに撤退を考えるべきだった。
逃走するべく動き出したオンギョウキの前に、いつの間にか宗司が立っている。
「死ね」
呟きが聞こえた頃には、オンギョウキは4つに斬られていた。
宗司はとどめに炎気を帯びた一太刀を浴びせると、名残惜しそうに一瞥をくれてから慎の元に駆け寄る。
「兄さん」
「話は後だ」
ざっと見まわす。目撃者がいないか、それが怖い。しかし今は一刻も早く姿を消さなければならない。
「荷物はどうした?」
「大丈夫…スマホも財布もある」
宗司は安堵して息をつくが、問題はまだある。
この格好のまま電車やバスに乗ることはできない。侑太に電話で相談すると、彼はワンボックスカーに乗って着替えを持ってきてくれた。
ハンドルを握るのは侑太の父親だ。
「大変だったな…近くまで送るから案内してくれ」
慎に車内で着替えさせると、侑太が破損した衣服を処分を請け負ってくれた。
「悪いな。何から何まで」
「気にすんな。こっちも結構あてにしてるし、働いて返してくれ」
「あぁ、喜んで」
宗司達が帰った頃、父親はまだ不在だった為、不要な詮索をされずに済んだ。
翌日の夕刻。宗司はファミレスの一角で慎を研究会メンバーに紹介した。
LINEで知らせると、直接会っておきたいと侑太が発言した為、一席設けられることになったのだ。
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