第27話 九月四日の業務 その二

「帰れ」


 服部は機嫌が悪かった。


「帰れと言われて帰ってちゃ仕事になりません」

「うるせぇ、帰れ」

「ここ、座りますよ」


 稔は服部の横の机の席に着く。嫌そうに服部は避けた。


「今やる気が出ねぇんだよ。何聞かれても」

「今晩は焼肉にしましょう」

「何でも聞け」


 焼肉、その一言で服部の機嫌は直った。


 稔は気にせず、タブレット端末の電源を入れる。開いていたPDFファイルをタブレット端末ごと渡して、服部に見せた。


「この中で、昨日研究所から持っていってないものがあれば教えてください。多いので画像だけ見てもらってかまいません」

「おう」


 服部の返事はとても素直だった。ページ数の多さに文句をつけるかと思いきや、机に向かって黙々とタブレット端末を操作している。邪魔をしてはいけないので、稔は座ってじっと待っていた。どうせ十分やそこらで終わる、と読んでいたこともある。


 その十分後、服部は顔を上げた。


「全部墓に入れたもんばっかりだ。というか、これ以外にもある」


 ——何ですと。


「多分、制服の一部とかは異世界のサンプル扱いじゃないんだろ。どっちかってぇと、そういうもんのほうが多かったしな」

「じゃあ、この大量の異世界のサンプル画像は」

「一人分をいくつもにも分けて保管してたんじゃね。俺だって刀と鎧と服と靴、全部別々に保管されてたっぽいし」

「はあ……鎧?」

「ドラゴンやらモンスター相手にするのに、服だけじゃ心もとないだろ」

「直接相手したことないので想像しにくいんですが、まさかそのドラゴンの鱗とか使ってた、とか」

「そりゃそうだろ。一体倒せば馬鹿みてぇに取れるし、頑丈だしな。だからサンプルに取られた」


 ——対ドラゴンフル装備の服部、いつか見てみたい気もする。


 とにかく、聴取は簡単に終わった。現在、午前九時三十八分、稔が管理二課の課室に来てまだ十五分くらいしか経っていない。


 稔としてはこのまま帰ってもいいが、あまりにも服部が暇そうにしていたため、会話を振ることにした。


「服部さん、ニニ局長から何かお小言でも言われたんですか?」

「あー、まあな。つぅか、ちょっと幻滅した」

「幻滅?」

「俺らと精霊のニニ局長じゃ、何つぅか、死生観が違うんだわ」


 死生観。服部の口からそんな難しい単語が出てくるとは思わず、稔は驚いた。


「どうも、精霊ってのは死んだらそれで終わりで、『消える』んだと。何千年かかるか知らねぇけど、そういうもんらしい」

「はあ、意外と唯物的ですね」

「で、遺品が何かってところから説明しないといけなくて、面倒臭かった」

「え? そこからですか?」

「そうだよ。死んでも残るもんがあるから、供養するんだって俺が言っても、それはただの物だから霊魂も何もこっちの世界には帰ってこない、ってな。そういう問題じゃねぇんだよ」


 だんだんと語気が荒くなってきた服部を、まあまあ、と稔はなだめる。


「何というか、不毛な話し合いですね」

「だろ!?」

「気持ちの問題ですし、現実にどうあるかはあまり関係ないですね」

「だよな! そうだよな!」

「同意はしますから落ち着いてください」


 本当に三十歳なのかと言わんばかりの落ち着きのなさはともかく、服部の言い分は日本人のファジーな宗教観とは一致する。どちらかと言えば、稔も服部が遺品を持ちかえって供養したい、という気持ちのほうが理解できる。だからこそ、今回の一連の情報に接しても黙っているわけだが——。


「俺としちゃあ、別に理解はしてもらわなくてもいいよ。けどよ、いきなり頭ごなしに遺品に意味がないみてぇなこと言われりゃ、かちんと来るっての」

「服部さん、ニニ局長にそれ言いました?」

「言ってねぇ」

「ちゃんと言いましょうよ……そこは部下だからって、上司の価値観に合わせる必要はないですよ」


 いくら仕事上、上司の命令に従わなくてはいけないとしても、宗教観や死生観といった自身の思想信条を曲げてまで付き合う必要はない。


 最初、服部は頭の上にクエスチョンマークを付けたような顔をしていたが、少しすると何かを閃いたように、席を立った。


「そうか! ならどうすりゃいいんだ?」

「服部さんにとっては遺品は重要なものだ、とニニ局長に分かってもらえばいいんですよ。別にニニ局長の言い分を否定するわけじゃない、ということも添えて」

「難しいこと言うな、お前」

「難しいですかね」


 このまま事がこじれて通管業務他仕事に影響が出るより、ニニと服部の仲を戻すことが稔の最優先任務だ。ここは一つ、助言をしておいたほうがいいだろう、そう思った稔は、簡単な方法を教えた。


「服部さん、女性には甘いお菓子です。ニニ局長は特にそういうの大好きです、機嫌さえよければ『まあいいか』になりますよ」

「俺には?」

「焼肉で我慢してください。大人なんですから」


 稔はスマホに、スイーツ、大手町と入力して、適当な店の情報を検索する。やはりここは定番のチョコだろう。


「昼休みにでも、ここのチョコ買ってきてください。あ、倉橋さんの分もよろしくお願いします」

「任せとけ、行ってくる」

「昼休みに」


 稔が服部を止めようとしたころには、すでに服部は課室の扉を開けて出ていっていた。


 ——これは、僕のせいなのだろうか。


 そんなことを思いながら、稔はとりあえず管理一課の課室に戻ることにした。

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