第17話 八月二十九日の業務 その三 《カレー編》

「何で俺だけタッパーなんだよ」

「食べながら喋らないでくださいよ」

「まあいいけどよ、これ美味ぇな」

「まだ余りがありますので、全部食べきってください」

「おう」


 本日二度目の、信じられない、というミサキの表情を見て、稔は思わず吹きだす。


 タッパーの辛口カレーと白飯が吸いこまれるようになくなっていくのだ。少食気味のミサキには、服部が怪物か何かに見えるだろう。一方のミサキはゆっくり咀嚼しながら熱々の甘口カレーを頬張っていた。隠し味に蜂蜜その他が入った甘口カレーは、子供向けだが我ながら自慢の一品だ、と稔は思う。


 稔はミサキに、味を尋ねる。


「ミサキさん、味のほうはどうですか?」

「美味しいです!」

「そっちも美味いのか!?」

「服部さんは辛口カレーだけ食べてください」


 服部のスプーンがミサキのプレートに伸びかけたところを、稔が制止する。ミサキには警戒心がない、というよりも競争に向いていない性格なのだろう。何事が起きたか分かっていない様子だった。


 これはこれで楽しい食卓なのだろうが、初対面の服部を前にしてミサキが緊張しているのは明らかだった。ならば、その緊張を解すためにも、会話は欠かせない。


「そういや」


 稔が話しはじめようとした矢先、服部に機先を制された。


「お前に言ってたっけ? 明後日、武器取りに行くから朝飯いらねぇわ」

「いやまったく聞いていませんが、武器ってあれですか、刀ですか?」

「あっちの世界で作った刀みてぇなもんだな。何でも、こっちの世界にない素材でできてるからってんで、解析に回されてたんだよ。で、それ取りに府中まで朝一で行くから、途中で適当に何か食っとく」


 服部はすでに辛口カレーと白飯一皿目を食べおえ、二皿目を入れに台所へ行った。


 ミサキは稔のほうに向けて、首をかしげる。


「あっちの世界?」


 ミサキが疑問に思うのも無理はない。稔は服部の説明をしてやる。


「えっと、服部さんはこの世界から、別の世界に行ってた人だったんです。半年ぐらい前にこの世界に戻ってきて、今の仕事をやってるんですよ」

「そうだったんですか……自力でですか?」

「いえ、故意の事故というか、前に話した京都駅の事件、あれに巻きこまれた人です。戻ってきた方法は分かりませんが」


 そのとき、ミサキの目が赤くなっていた。おそらく、頭の中の記憶を思いだすにも、知力強化の魔法を使うのだろう。


 ミサキは「なるほど」と呟いた。


 ——自身の境遇と重ねあわせてるのだろうか。言葉の意図はともかく、悪いふうには受け取ってないだろう。


 戻ってきた服部は、タッパーに山盛りの白飯——炊飯器に残っていた分をすべてよそってきたのだろう——とそれにかけられたカレーの山を手にしていた。実に満足そうである。


 それに目を剥いていたミサキのことなど我関せずとばかりに、服部はカレーに取りかかる。稔はミサキへ、首を横に振った。気にしてはいけない、と。しかしミサキはそれどころではないようで——。


「でもすごい量ですよ!?」

「服部さんは肉体労働担当なので、食欲が僕たちと違うんですよ」

聞こえてんぞひほへへんほ

「事実ですよ」


 ——毎日朝晩と服部の分まで食事を作る自分がそう思うのだから、相当だ。


 服部の食べっぷりに、ミサキは呆れを通りこして、感心しているようだった。


「いいなぁ、僕もそれくらい食べられたらいいんですけど」

「そうか? まあ、追いつめられたら誰でも食いまくるようになるから心配すんな」

「そのアドバイスは不適当だと思います」

「何でだよ。それに成長期まだだろ、こいつ」


 服部はスプーンの先でミサキを指す。「行儀が悪い」と稔は注意した。こういうとき、服部は意外と素直に注意を聞く。


 改めて服部はミサキを見た。


「ふーん……筋肉は意外とついてんな」

「あ、父や祖父の仕事を手伝っていましたから」

「何の仕事だ?」

「森で木を切って、山の麓までそりで運ぶんです。父や祖父は一人で大きな丸太を担げるくらい、筋力強化の魔法が上手なんですけど……僕はその手伝いくらいしかできなくて」

「向いてないんじゃねぇの?」

「えっ」

「いや、単純に魔法の上手下手じゃなくてだな、その仕事に向いてねぇんだろ。お前、上田と同じ感じがするしよ」


 要するに、服部はミサキが頭脳労働向きだと言いたいのだろう。だが、極地にそうそう事務の仕事があるかと言われればないだろうし、魔法が当たり前の世界で魔法があまり使えないというのは、ミサキのコンプレックスにもなっているに違いない。


 ミサキのスプーンを握った手が止まった。目は泳いでいる。


 ——ミサキはどう返答すればいいのか、分からないのだろう。今までそう言われたことがなかった、家族にさえも指摘を受けたことがあったかどうか、というところだ。


 ただ、服部の話はそこで終わりではなかった。


「向き不向きはどうしようもねぇよ。俺だって、事務仕事は何にもできねぇ。ドラゴンぶった切ったり鬼退治するほうが向いてる」

「へ……ドラゴン?」

「おう。だから、あんまり気にすんな。向いてる仕事見つけろ。上田みてぇに、他人の世話焼く仕事とかな」


 ぽかん、と口を開けたまま、ミサキは稔に助けを求める視線を送ってくる。


 同時に、服部も稔に口裏を合わせろとばかりに目を向けてきていた。稔は板挟みになりつつも、ここは一応鬼退治の実績のある服部につくことに決めた。


「少なくとも、服部さんの鬼退治は本当です。僕はそれで命を救われました」

「じ、じゃあ、ドラゴンも本当にいるんですか!?」

「いるよ。この世界じゃなくて、他の世界から来るんだけどな」

「この世界危なくないですか!?」

「だーかーら、俺が頑張ってんだろ。で、上田はお前の世話も含めて、裏方で頑張ってんだ。人間、やることは色々あるんだからよ、お前も色んなことやれよ。案外、変なとこで得意なことが見つかるかもしんねぇぞ?」


 ——強引だが、正論ではある。


 稔とて、未だに自分の得意分野がいまいち分かっていない。頭脳労働向きだろう、というのはあくまで進んできた道がそうであり、勉強が得意だったからそう思っているだけだ。異世界通行管理局に入って、結局自分の得意分野は何かも分からず、暗闇の中手探りで何とか仕事をこなしている。


 稔は、倉橋のように陰陽師ができるわけでもなし、坂東のように霊魂が見えるわけでもなし、巻上のように五十人もの異世界人の世話を同時にできるわけでもない。ましてや、服部のようにドラゴンや鬼と対峙すらできやしない。


 ——それでも、この仕事を続けたからこそ、行方不明だった従姉妹の清花に再会できた。ミサキをはじめとした異世界人とのカルチャーギャップにも悩みつつ、新しい知識に触れることができる。


 だからこそ、稔はミサキへこう伝えることができた。


「ミサキさんには、まだまだ色んな可能性があると思います。性別も含めて、たくさんの可能性が。今それを絞る必要はありませんよ、きっと」


 ミサキは、顔を俯けた。何となく、見ないほうがいいだろうな、と思った稔は、残りのカレーを食べようとした。


 そこで服部が——空気を読まず、こう言った。


「ちょっと待て、性別って何のことだ?」

「……服部さん、空気読んでくださいよ」

「まさかこいつ女なのか!?」

「違います、ミサキさんはまだどっちでもない人です」

「何だそりゃ」

「あーもう」


 結局、稔はミサキについて最初から服部へ説明することとなった。

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