第14話 八月二十八日の業務後

 午後七時、代々木上原、稔のアパートの部屋。


 夕御飯は稔が作った三人前の蟹玉と炊きたての白飯だ。当然のごとく、服部はちゃぶ台の前で上げ膳据え膳状態で待っていた。もはや我が家も同然である。


 稔は食べながら、今日ミサキのアパートであった出来事を服部へ掻いつまんで話す。結果的に平和かつ成功裏に終わったので、服部の出番はないということを伝えるためでもある。


「で、俺の出番はないわけか」

「あったら真っ先に呼びますのでご心配なく」

「おう、遠慮なく呼べよ。暇だから」


 取り分けられた蟹玉をレンゲで掬い、白飯の大量に入ったお茶碗に乗せて服部はがっつく。


 どうやら今日も暇だったらしい。服部が暇であることはいいことだ、何も荒事が起きていない証拠だからだ。


 とはいえ、本人はそれで納得しているのだろうか、と稔も思わなくはない。ニニも服部の訓練に四六時中付き合うほど暇ではないだろうし、一人でストイックに筋トレしている姿を想像したら、ちょっと寂しそうだ。


「服部さん、本当にやることないんですか?」

「一応、刀の手入れはしてるぞ」

「それだけですか? 何か書類仕事とかは」

「ない。たまにかかってくる電話も大原さんからだしな」

「大原さん?」

「二課の課長だよ。今青森にいる」

「青森⁉︎」

「あの人、霊魂に弱いんだわ。で、修行してくるって恐山に行って帰ってこねぇの、今年の三月に一回帰ってきたっきりだな」

「……それ、許されるんですか?」

「ニニ局長がいいってんならいいんだろ。大原さんがいない間は俺が代理だよ」

「まさかの課長代理!?」


 衝撃の事実だった。そもそも管理二課は二名しかいないのだから、道理といえば道理なのだが、服部に課長代理が務まるのだろうか。


「言っとくが、大原さんは俺より脳筋だぞ。俺よりでけぇわ何か鉄の棒振り回すわ、とにかく人外じみた人だからな」

「それは服部さんも大概」

「あ?」

「いえ何でも」


 稔はうっかり口を滑らせるところだった。自分で言った手前、服部も本気で怒りはしないだろうが、あまり刺激するものではない。


 しかし、霊魂に弱い人がもし霊魂を引き連れた坂東のいる一課に来たら——。


「あ、そうだ。坂東さんと同じ部屋にいれば、霊魂に弱いのも克服できるんじゃないですか?」


 服部は思いっきりしかめっ面をした。


「お前、ひでぇこと言うな?」

「ええ!?」


 いつになく真剣な面持ちで、服部は語る。


「坂東さん、あれでも気にしてんだから、あんま言ってやるなよ。それと、大原さんもそれ思いついて一回やって気絶してんだから、絶対本人の前で言うなよ」

「気絶って……本当ですか?」

「俺の目の前で気絶したから間違いねぇよ。霊魂が見えるようになるお札、あれ渡したら即気絶した」

「ええー……本当に、霊魂駄目なんですね」

「意外と多い体質らしいぞ。まあ、どこまで克服できるか微妙だけど本人が頑張るっつってんだから、何とかなるだろ」


 最後の蟹玉一掬いを茶碗に乗せ、服部は残りの白飯をすべて平らげた。


 おかわりを要求されるかと思い、炊飯器を開けようとした稔に対し、服部は「ごちそうさん」と言って食器を重ねる。軽く二人前は食べた服部は、そのままごろんと床に寝そべる。


 行儀はよくないが、それだけ食べれば腹一杯になるのも無理はない。


 ふと、稔はミサキのことを思い出した。帰れることがはっきりした今でも、やはり一人で食事を摂っているのは寂しくないだろうか、と。


 手元に残った蟹玉を見て、明日はミサキのところで料理でも作ろうか、などと稔が考えていると、それを見抜いたのか服部が一言。


「晩飯、俺の分ちゃんと用意しろよ」

「……何で分かったんですか」

「何となく」


 服部の動物的勘により、明日の夕御飯はミサキ宅で稔の手料理を振るまうことが決定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます