第12話 八月二十八日の業務 その三

 その後のミサキとコーダの会話を要約すると、こういうことになる。


 まず、ミサキの家族との交信を成功させる。これはコーダを介してミサキの声を届けることができるらしく、今日の午後三時には雑司が谷のアパートに巻上とコーダが直接来て、行うということだ。そして、ミサキの家族からミサキの住んでいた街にいるという魔法使いに当てをつけてもらう。当てがついたら、八月三十一日の夜に合わせて魔法陣を展開してもらい、渋谷の巨大魔法陣と繋ぐ、ということらしい。


 これには問題が三つある。ミサキの家族にどうやってミサキ本人であることを信じてもらうか、信じてもらえたとしてちゃんとした魔法使いに当てがつくのかどうか、最後に渋谷の巨大魔法陣と向こうの世界の魔法陣が確実に繋がるかどうか、だ。


 最初の問題は、ミサキの世界にも交信する魔法があるので、声を聞いたり質問をしたりすれば本人と証明できるだろう、とミサキが言っていた。そこはミサキ本人がどうにかする自信があるようなので、それ以上稔は何も言わなかった。


 二つ目の問題は、異世界へ渡る魔法陣を行使するだけの力量を持った魔法使いであるのかどうか、そこが具体的に分からないということだ。コーダ曰く、渋谷の巨大魔法陣から繋ぐ分、負担は通常よりも抑えられるらしいが、並以下の魔法使い程度では異世界へ渡ることはできない。これは単純に魔力が足りないから、なのでそれを補填する材料が必要になるという話だが、清花が使っていた水晶髑髏すいしょうどくろ(これが金額的にいくらであったのか、稔は分からないが)のようなものとなると、ミサキの家族がそれを入手、または金銭的に負担できるのか、という別の問題が出てくる。


 三つ目の問題は、技術的な問題だ。ミサキの世界の魔法体系が渋谷の巨大魔法陣に適用できるものなのか、適用できたとして向こうの世界の魔法使いの技量が足りるかどうか。未熟な魔法使いだと、繋げたとしてもほんの一瞬、ということもあるらしい。それではミサキは帰れないので、最低でも十秒、渋谷の巨大魔法陣と向こうの魔法陣を繋がなくてはならない。


 と、問題は並んでいるが、一つ一つ解決していく他はない。


 稔が昼御飯に買ってきたざるそばを食べながら、ミサキはぽつりと不安をこぼした。


「本当に、僕のいた世界と交信なんてできるんでしょうか」


 チャーハンを掬っていた稔の手が止まる。


「大丈夫ですよ。コーダさんは魔法陣の専門家ですし、巻上さんとも三ヶ月前から交信していたそうです。実績はあります」

「だといいんですけども」


 ミサキはざるそばを箸で大きく掴んで、口に放り込む。どうやら、啜るということができないらしい。ミサキの住んでいた土地にはそういう麺文化はなかったようだ。


「そういえば、どうやってご家族にミサキさんだと信じてもらうんですか?」

「それは、僕しか知らないことを話せばいいかな、と」

「脅されていると思われるかもしれませんよ」

「……うぅ、そうかも」

「あ、いや、大丈夫ですよ! 誠心誠意話せば分かりますって!」


 ——まずい、余計なことを言ってしまった。


 稔は焦りながら弁解する。


 ミサキは鼻を啜り、涙をぽろっと流していた。


「……わさび、からいです」

「お茶、お茶飲んで!」


 稔はお茶の小さなペットボトルをミサキに渡した。ミサキは急いでお茶を口に含み、わさびを飲み込む。どうやら、わさびの固まりに当たったらしい。ちゃんと溶かないから、と稔はまるで親のような思いでめんつゆを混ぜる。


 どうにもミサキは、肝心なところでポカをする癖がある。普段の学習能力の高さとは裏腹に、外見相応の頼りなさが抜けない。


 ——これは、大丈夫なんだろうか。


 そんな一抹の不安を抱えながら、稔は午後三時を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます