第5話 八月二十四日の業務 その五

 巻上は顔色一つ変えず、スマホを取りだした。どうやら、スマホのメモ帳に聴取や連絡事項を記してあるらしい。


「今のところ、体調に関する不便は昼間外に出られないだけですね?」

「はい。あ、冷房も必須です」

「分かりました。健康診断も問題なく通りましたし、異世界通行管理局からは当面三ヶ月分の生活の保障を行います。その間に元の世界が分かればいいんですが、もし三ヶ月を過ぎても分からなかった場合、長期在留異世界人として登録し自己の生活費等を稼いでもらうことになります」


 ぺらぺらと喋る巻上に、ミサキは遠慮がちに手を挙げた。


「……あの、元の世界って、どうすれば分かるんでしょう?」

「それは何とも言えませんね。もしかすると、元の世界から迎えが来る可能性もゼロではないです、前例はありますから」

「そうだといいんですけども」

「異世界通行管理局としては、元の世界に戻りたい異世界人に関しましては、全力でサポートします。特にミサキさんは不慮の事故でこちらに来てしまったという事情がありますし、魔法陣の解析作業も順次行なっていきますので安心してください」


 稔はミサキの資料にあった魔法陣の画像を思いだした。魔法陣自体はすでに消されているだろうが、ニニの手によって解析作業は確かに行われているのだろう。ただ、精霊の得意分野でないことは清花の一件で分かっているため、巻上は嘘は吐いていないだろうが、どこまでいつ判明するかは断言できないに違いない。


 しかし、それを今ミサキに伝えても何もいいことはない。稔は黙っていることにした。


「ミサキさん、特技ってありますか?」

「特技、ですか……うーん、能力向上系の魔法なら、得意です」

「なるほど。確かに、日本語を覚えるのも早かったですしね」

「はい。知力や筋力の向上まで色々あるんですけど、自分の基礎能力を超えることまではできません」

「ふむふむ。日本語の読み書きも問題なさそうですが」

「読むのはできるようになったんですけども」


 ちらり、とミサキは部屋の隅にあるノートパソコンを見た。それから洗濯機、ガスコンロ。


「元々、僕のいた世界って、ああいうものはなかったんですよね……だから触っていいのかどうかも」

「大丈夫ですよ。今から上田さんが教えてくれます」


 稔とミサキは顔を見合わせた。


「え?」

「え?」


 巻上は立ち上がり、こう言った。


「後は任せました、上田さん」

「ちょっ、どうするんですか⁉︎」

「いいですか? まず、ミサキさんの生活の基盤を整えることが第一です。つまり、ここ東京で生活していく上での必須情報や、果ては家電の使い方までミサキさんに教えることがあなたの仕事です」


 ぽん、と巻上は稔の肩を叩く。後は任せた、と再度言わんばかりだ。


「何か分からないことがあればメールしてください。一日一回は確認しますので」


 それから、巻上は振り返ることもなく、さっさと二〇五号室を出ていった。後に残されたのは、呆然とする稔と、突然のことで状況を理解していないミサキだ。


 稔は何か言いたそうなミサキに、とりあえずこう宣言する。


「お昼なので、ご飯を食べましょう。僕がコンビニで買ってきます」


 ミサキはこくこくと頷いた。

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