第48話 七月十四日 その三 《尋問編》

 稔は局長室から出て、服部のいる管理二課の扉を叩いた。清花が落ち着くまで、ニニと二人きりにしたほうがいいし、第一稔がいても何の役にも立たないからだ。


 中から「どうぞー」という声がした。稔は扉を開ける。


 そこには暇を持てあました結果、木刀の素振りをしていた服部が相変わらず一人でいた。


「どうしたよ、犯人の尋問してたんじゃなかったのか?」

「終わりましたよ。やっぱり、犯人で間違いありませんでした」

「そうか。なら、よかったじゃねぇか」


 服部は木刀を下ろし、ワードローブロッカーの中に放りこむ。隣の席の椅子を転がしてきて、稔に座るよう促した。


 椅子に腰かけ、稔は俯く。


「……清花は、伯母に会わずに帰るそうです」

「もう決めちまったのか」

「はい。今、泣いてます」

「泣くわな、そりゃ」


 服部は机に肘を突いて顎を置き、思いっきりため息を吐いた。


「清花があっちの世界に戻って、こっちの世界には戻れなかったとか嘘言ってもらうしかねぇのかね」

「そうですね……でも、こちらの世界で待つ家族からしてみると、それで納得なんてしないと思います」

「そう言ったってお前、行方不明、死亡認定しか選択肢がねぇだろ。実際に死んでるやつらのほうが多いだろうしよ」


 確かにそうなのだ。生き残っており、かつ帰還の意思があり、こちらの世界での生活基盤を維持できる者、という条件をクリアできる人間が、どれほどいるのか。


 あれほどこちらの世界に戻る意思があって、そのために異世界を渡りあるいてきた清花でさえ、消沈するほど打ちのめされる現実という高い壁。おそらく、清花以上に戻る意思と力がある京都駅の事件の被害者は、いないだろう。目の前にいる服部は、完全に特異な例だ。最初の帰還者ということもあるし、こちらの世界では貴重であろうドラゴンや鬼を退治できる人材であり、それでも稔たちのバックアップがあるとはいえこちらの世界に馴染めている。ただし、公に出ない、家族に会わない、という条件下で、だ。


 ——そんな窮屈な世界に、生き残った被害者たちはそれでも戻りたいと願うだろうか。


 うーむ、と分かりやすく服部は悩んでいた。


「俺は今の状況でも全然いいんだけどよ、参考にならねぇだろ」

「はい」

「はっきり言うなよ」

「服部さんは別枠ですし、清花も他の被害者たちと同じとは言い難いです。その上で、生き残った被害者たちをどう扱うかは、本当に見通しが立たない問題ですよ」

「確かにな。ったく、面倒な問題残してくれやがるよな、犯人も。動機だってどうせどうでもいい話だったんだろ?」


 はた、と稔は頭が切りかわった。


 京都駅の事件の犯人たち——あの老人と弟子たち——の動機は、『遠隔操作で任意の世界同士を繋ぐ魔法陣を設置すること』であり、その目的は失敗したものの魔法陣自体は評価されて功績となり、今稔の鞄の中に入っている勲章たちをもらうことになった。そしてその功績を挙げたがゆえに、その世界における人間の地位は向上した、と言っていたはずだ。


 ニニによって、その世界を見張る精霊へ、その世界内から世界と世界の狭間へ出る者すべてを封じるよう伝達するという話だったが——もし、遠隔操作での魔法陣の設置が精霊に察知されないものであれば、世界を出ずに異世界へ魔法陣を設置することができるということになる。


 その点はニニも分かっているだろうが、例の怪談と魔法陣を刷り込んだ件については、犯人であるあの老人から詳細な話を聞けていない。


 そこが今後に繋がっていないと確証が持てなければ、また同じことが起きる可能性が残っている。


 稔は勢いよく立ちあがった。座っていた椅子が回転してひっくり返りそうになるのを、服部が背もたれに手を伸ばして抑える。


「おい、どうしたよ」

「見落としがありました。急いでニニ局長に話をしないと、服部さんも来てください」

「俺も?」

「服部さんも聞いたり見たりしてるはずなんです、怪談と魔法陣」

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