第一部 第四章 魔法陣事件の解明へ

第39話 七月十一日 その一 《解析編》

 七月十一日、昼すぎ。


 稔はノートパソコンの画面上に、京都駅の事件で出現した魔法陣と同じ図柄を表示させて、清花に渡した。清花は膝上に置いたノートパソコンの画面をじっと見つめ、何かを呟いている。


 どうやら、清花は描かれている図形や文字を分析しているらしい。時々マウスを使って拡大したり、画質の荒さに悩んだりとうんうん唸っていた。


 ただ、一時間も経たないうちに、清花は「休憩! チョコ!」と叫んで台所にある買いだめのチョコを取ってきて、貪りはじめた。今度からドラッグストアでブドウ糖の塊でも買ってこようか、などと稔が思っていると、清花はそっとチョコを一つ稔の手に置いた。お裾分けのようだった。


「さやちゃん、何か分かった?」

「んー……血を使ってるってことは、生贄を使うタイプの魔法ってことは分かった」


 清花、言っていることがおどろおどろしい。


「そういうのって、魔法使いの本来の力量以上の効果を発揮させるために使うんだよね。でも」

「でも?」

「世界中の他の魔法陣は、そういうタイプじゃなかったんだよね」

「そう聞いてるね。京都駅の事件が一番被害者が多くて、特殊な事例だったって」


 稔はノートパソコンを受け取り、三年前に世界中に出現した魔法陣を閲覧できるサイトを開いた。政府や宗教関係者に消される前にSNSなどにアップされたものがほとんどで、中には偽物も混じっているようだが、清花の目をもってすれば真贋を見抜くことは可能だった。


 清花は次々とページを閲覧しながら、「うん、やっぱり他にないね」と言った。


 もごもごとチョコを食べながら、清花はA4コピー用紙をちゃぶ台に置き、シャープペンシルを持った。


「可能性の一つとしてはね、犯人はこの世界にいない、っていう仮説が成り立つんじゃないかな、と」

「それは京都駅の魔法陣だけ?」

「ううん、他の魔法陣も。犯人は別の世界にいて、この世界に他の魔法陣をばらまきつつ、血の魔法陣を作った」


 そう言って、清花はA4コピー用紙に丸を三つ描きこむ。中にこちらの世界、あちらの世界、別の世界Aと書いた。


「で、他の世界Aからこっちの世界に干渉。無差別に、大量に、転移用の魔法陣を設置した。ただこの魔法陣、必ずしも別の世界Aに行くとは限らなくて、こっちの世界から別の世界Bや別の世界Cに繋がるようにすることも可能みたい」


 さらに清花は二つの丸と別の世界B、別の世界Cを書きこみ、・をいくつか並べた。別の世界は無数にある、と表現したいらしい。


「理論上は可能なんだよ。一つの世界を軸に、無数の世界へ繋がる魔法陣を設置するってことは。じゃあ何で別の世界Aでやらなかったのか、これは多分、実験だったからだと思う」

「実験?」

「あくまで仮説だからね。私が実験だと思う理由は、世界中に現れた魔法陣は共通項があるのに、異なる力場の性質を逐一与えられているから。ただ設置するだけなら、そんな面倒なことする必要はない」

「その力場の性質って、どういうこと?」

「えーと、例えば魔法陣が罠だとしたら、そこに人間を引きこむ必要があるよね?」

「罠……まあ、そうかな」

「だから、磁石みたいに人間を引きよせる何か、個々人が生まれたときから持っている性質と相性のいい元素属性を付与することで、その特定の人間だけを引きよせられる、っていうわけ。もちろん、人間そのものの元素属性を付与したほうがより多くの人間を罠に嵌めることができるはずなのに、それをやらずに別々の元素属性を付与しているということは」

「待って待って! つまり、こんなに大量に罠を作ってるのに、全部寄せ餌が違う、っていうこと?」

「大体そんな感じ。非効率的っていうか、すごく面倒くさいことをしてる、って思えばいいよ。それに、効率を重視する魔法使いがそんなことをするのは、実験ぐらいだから」


 ——なるほど、それらしい理由だ。


 稔がふむふむと納得していると、清花はマウスを操作して先ほどの京都駅の魔法陣の画像を出す。


「局長さんが言ってたように『世界と世界の狭間のそこかしこに穴が空いていた状態』を作り出しておいて、京都駅の魔法陣は誰一人欠けることなく同じ世界に飛ばされた。この魔法陣はそれだけ強力で、あっちの世界への指向性が高く設定されてたんだと思う」

「うん? 何で京都駅の魔法陣だけ、そんなことを?」

「つまり、これが本命なんじゃないかな。他の魔法陣は目眩しで、世界と世界の狭間にいる精霊にさえ察知されないように作られた特製の魔法陣」


 清花はこちらの世界とあちらの世界の丸に太い線を引く。同時に、こちらの世界から別の世界へもそれぞれ線を引いて、コピー用紙はわちゃわちゃしてきた。


 ——しかし、犯人はなぜ特製の魔法陣を作る必要などがあったのか。


 清花はちゃぶ台の麦茶を一口飲むと、説明を再開した。


「でね、これだけたくさんの穴が世界に開くと、多分、世界自体が脆くなるの」

「世界が、脆くなる」


 稔は復唱する。いまいち、イメージができないでいた。


「うん。普通の転移用の魔法陣は、サッカーボールに目には見えないくらいの穴を開けて通ってると思って」

「空気は抜けないくらいの」

「そうそう。それが大量に、しかも京都駅の魔法陣みたいなのがとどめになって、ついにサッカーボールから空気が抜けちゃうと」

「どうなる?」

「萎んで、最悪世界が壊れる。外殻だけは残るかもしれないけど、天変地異で人間が大勢死ぬことは間違いないよ」


 清花はコピー用紙のこちらの世界の丸に、大きくバツを描いた。


 とてもではないが、稔には信じられない話のスケールになってきた。


 稔は首を振る。


「それが事実だとすれば、犯人は、まさしく世界の敵じゃないか」

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