第37話 七月十日 その二 《決闘編》

 清花の叫び声を聞きつけたのか、服部が局長室に駆けつけてきた。


 服部もまた、清花とニニを交互に見て、事態の把握に努めようとしているが——端的に言って無理だ。その場にいた稔でさえ、理解がまだ追いついていないのだから。


 服部は稔に状況を尋ねる。


「おいおい、どういう状況だよ、上田」


 稔が、僕に言われても、と言おうとした矢先、ニニが顔を上げ、服部のほうを向く。


「服部」

「はい!?」

「波木清花を管理二課の課室へ連れていきなさい。気分が落ち着くまで面倒を見ておくように」


 服部は口答えしなかった。ただ無言で、清花の肩を支え、局長室から出ていく。


 扉が閉まってから、ニニは大きなため息を吐いた。


「まったく……損な役回りだ」

「ニニ局長」

「何だ、上田君。君も私を責めたいのかね」

「清花は自力で十年もの間、放浪をして……ようやくこの世界にたどり着いたんです」


 稔はニニを見据え、なるべく単調に語る。


「それはきっと、並大抵の苦労じゃなかったんだと思います。あちらの世界にたどり着いてからも、僕が想像する以上の辛い思いをしたんでしょう。だから、今まで誰も理解者がいなかったんだろうと、家族でさえ清花を理解することはできなかったんだろうと思います」


 ニニは黙って稔の言い分を聞いていた。その瞳は特に感情を宿すこともなく、稔の言葉を情報として受け取っている、そんな印象を稔は受けた。


「だからこそ、ニニ局長への期待、異世界通行管理局への期待が大きすぎた。自分の所属する部署を批判するつもりはないですが、あまりにも、この異世界通行管理局はやれることが少なすぎると思います。清花の期待に応えられなかった、それは」

「それは?」

「それはこちらの落ち度です。間違いなく」


 稔は断言した。ニニは顔色一つ変えない。


「落ち度、か。子供の駄々に付き合ってはいられないがね」

「ニニ局長、僕たちはもう少し、やれること、やるべきことを増やすべきです」

「それができれば苦労はしない。私が何もしていないとでも?」

「ですから、提案です。僕は京都駅の事件の犯人を探し、全容を明らかにします」

「何?」

「清花がいれば、それが可能です。ニニ局長に及ばないとはいえ、清花も立派な魔法使いで、魔法陣に詳しい。協力者としてこれほど相応しい人間もいないはずです」


 服部が保護を名目にしているとはいえ、管理二課の一員として迎えられているのであれば、清花もまた同じことができるはずだ。その稔の思考を先回りして、ニニは笑う。


「犯人を探して、どうする? はっきり言おう、今の法では裁けない者を探すくらいであれば、他の業務を優先すべきではないかね? 私怨で局の立場を使われると、こちらも困るのだが」

「今後の対策になります」


 稔ははったりをかます。


「もし今後、同様の事態が発生した場合の対策を考えておくことも、局の役割ではないでしょうか。何せ、異世界との通行を管理する部署です。同じ犯人でなくとも、今後魔法陣を使った事件が起きる可能性が万一にでもあるのであれば、それを感知し、管理し、政府として責任を持って国家国民の安全を確保する体制を整える義務があると考えます」


 ——拡大解釈もいいところだ。


 稔は自分でも分かっている。そこまでするなら、たかだか一部局でどうこうできる範疇をとっくに超えているのだ。一足飛びにニニの頭上すら越えて、稔はその先を見ていた。いや、そう考えるしか、清花の心の傷を癒す方法がないからだ。


 それに——清花は、いずれあちらの世界に戻るつもりだ。その前にけりをつけたいし、つけるべきだ。清花の、母に会う望みが叶わない上に失望してあちらの世界へ戻れと強制されるなど、あってはならない。


「強情だな」


 ニニは呟く。


「何もかもを叶えられるほど、私には権限がない。それにだ、君が異世界人担当である以上、異世界人の保護に必要な措置を執ることを妨げる意思もない」


 稔はニニの言葉を頭の中で反芻する。どういう意味か、その真意を理解するまで、たっぷり数秒かかった。


「つまり、えーと……清花を保護するために必要な措置、勝手に動かないよう規則内で僕が清花に協力する、あるいは清花が僕に協力することは」

「大っぴらにやられては困るが、必要であれば魔法の使用も黙認しよう。そこのところ、君は大丈夫だろう?」

「は、はい! もちろん、清花にも言い聞かせます!」

「ことはなるべく穏便にしなさい。今後の体制のため、だからな?」


 ニニの微笑みに何やら怖気が立ったが、稔は背筋を伸ばして頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます