第28話 七月五日 その一 《昼》

 稔は、『波木清花の証言録』というファイルをノートパソコンのデスクトップに保存した。


 本当は課室のノートパソコンでやるのが一番いい、というかセキュリティ上登録外のUSBメモリは使えないし、メールで個人に割り当てられている内閣府職員用メールアドレスに送るのもグレーゾーンなのだが、四の五の言っていては仕事にならないので、こうして稔は在宅勤務をしている。


 清花から異世界、あちらの世界の話を聞き出す役目は服部が買ってでてくれた。おかげで稔は証言録のタイピングに集中できたため、なかなかボリュームのあるものができてしまっていた。特に、あちらの世界の都市部の生活や魔法については、服部の証言録よりもかなり詳細に書けている。例えば、昨日聞いた都市専属の魔法使いによる適性診断と職業決定過程などは、個人と個人の適性を管理する体制が都市部では整っていることを証明しているし、適性を基にした職業斡旋とこちらの世界でもある組合制度との相似性は文化的な比較が可能であることを示している。魔法に関してはちょっとしたレポートと化してしまい、後日清花が局長の許可を得てから実践してくれることになった。


 小難しい話はともかく、四十頁を超えたところで午後〇時半になってしまい、稔たちは服部の出勤がてら昼御飯を食べにいくことになった。清花の希望は「おしゃれなランチ!」ということだったので、駅近くにあるカフェに決定した。職員食堂で食べ慣れている稔と服部にはハードルも価格も高いが、清花の希望とあっては二人ともどうしようもない。


「駅近で原宿にも近いとか、稔お兄ちゃんも拳次君もいいところ住んでるね」


 清花は無邪気にそう言うが、異世界通行管理局で働く二人は、金が貯まる一方で使う暇がない、という悲しい事態に陥っていた。特に服部はまったくその手の興味がない、せいぜいが実務的なランニングや筋トレぐらいしか興味を引けるものがない可哀想なことになっている。服部が毎日きちんと出勤するのは、ニニと遠慮なく訓練ができるからだろう、と稔は思っているほどだ。


 稔と清花は部屋着から着替え、服部を連れて外に出る。


 駅近くの角を曲がったところに、オープンテラス付きの赤いシェードがかかったカフェがあった。ワンピース姿の清花は稔のスマホを見ながら、指差す。


「そこのカフェだよ、稔お兄ちゃん」


 稔はこそりと清花に耳打ちする。


「さやちゃん、外で稔お兄ちゃんはちょっと」

「あ……そっか。じゃあ、私のことも清花でいいよ」

「分かった」


 後ろでジャケットを肩に羽織った服部が一言。


「仲のよろしいこって」


 三人がカフェに入ると、店員にオープンテラス席へ案内され、ランチメニューを渡された。清花は楽しそうに悩んでいる、一方で服部は迷わずカレーを選んでいた。服部カレー好き説が濃厚となったところで、稔はパスタとデザートを頼むことにする。


「もう二人とも決めたの!?」

「早く選べよ」


 服部はにやにやしながら清花を焦らせる。


「じ、じゃあ、イタリアンサンドにする。スープとサラダついてるし」


 清花はあえて、食べ慣れていないものにチャレンジすることに決めたようだった。稔はフォローする。


「食べきれなかったら食べてあげるから」

「うん、サラダ多そうだし」


 そこで諦めないあたりが、清花らしいと言えばらしい、と稔は微笑ましく思う。


 稔は店員を呼び、三人分のメニューを伝える。お昼時、回転率をよくするためか、すぐに食事は運ばれてきた。


 三人は唱和する。


「いただきます」


 それぞれが、スプーンとフォークを持って昼御飯に挑んだ。

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