第24話 七月四日の業務 その三 《確認編》

 七月四日、午後六時。


「ただいま戻りましたー」


 倉橋が管理一課の課室に帰ってきた。疲れでそのまま机に突っ伏していた。


「おかえり。どうだった?」


 蔵野の質問に、倉橋は首だけ蔵野のほうに動かして答える。


「検査結果は、大丈夫です。今、局長室にお送りしてきました」

「そうか。お疲れさま」

「本当に、待ち時間が長くて長くて、清花さん寝ちゃうし私も眠たいし、大変でした」


 稔はそっと、コンビニで買っておいたカフェオレとチョコを倉橋の机に置く。倉橋はすぐに気づいて、顔を緩ませた。


「ありがとうございますー」

「いやいや、お疲れさまでした」


 稔は倉橋を労った。倉橋はチョコをぱくりと一口で食べた後、カフェオレを飲む。


 倉橋は稔の顔を見て、思い出したかのように告げる。


「そういえば、ニニ局長が上田さんに局長室へ来るようにって言ってました。すみません、忘れてました」

「倉橋……そういうことは早く言え」


 蔵野は呆れていた。まあまあ、と坂東が間に入る。


「分かりました、ちょっと行ってきます」


 稔は課室を出て、隣の局長室へ向かった。


 扉は開いていた。稔は念のためノックをして、入室する。


「失礼します」


 稔が局長室に入ると、ニニと服部が一人がけのソファに、反対側のソファに自称、波木清花が座っていた。


「うむ、まあかけなさい」


 ニニに促され、稔は扉を閉めて、空いている場所に座る。


 稔はなぜ服部がいるのか、と問おうとしたが、その前に服部が自称、波木清花へ話を切り出した。


「うーん、記憶にねぇなぁ」

「そう? 私は憶えてるよ、服部君」

「マジで? 別のクラスだったじゃねぇか」

「やんちゃだったからね。よく担任の寺沢先生に叱られてたじゃない。うちのクラスまで聞こえてたよ」

「……何でそんなこと律儀に憶えてるのかね」


 服部はバツが悪そうだった。やんちゃ、確かにそうだったとしてもまったくおかしくない。


「ニニ局長、こいつは間違いなく京都駅の事件の帰還者だ。今までの話からしても、おかしいところはねぇ」

「そうか。よし、服部、帰っていいぞ」

「へいへい。後は任せたぞ、上田」


 そう言って、服部は去っていった。どうやら、自称、波木清花の同級生として、事件に巻き込まれた被害者同士として、話の辻褄が合うかどうかを確かめていたらしい。


 自称、波木清花は、稔を見ていた。 


「どうしたの?」

「えっと……今日から、お世話になります」

「え?」


 稔はニニにどういうことか、と聞こうとした。だが、機先を制された。


「蔵野から聞いているだろう。彼女の担当者は君に決まった、同時に、彼女の生活拠点として君の住居を提供してもらいたい」

「はい?」

「従姉妹なのだろう。なら大丈夫だ、というかホテルが取れなかった。生活費や警備費諸々を込めて陳情したのだが、そんな予算はない、と上に突っぱねられた。あるはずなのだがな!」


 はっはっは、とニニは笑った後、ため息を吐いた。どうやら、本当に突っぱねられたらしい。


「私費でどうにかしてもいいのだが、人員は雇えないし、何より彼女が君と一緒がいいと言ったからな。これが一応、当面の生活費だ。言うまでもないだろうが、ちゃんと計画的に使うように」


 ニニはジャケットの内ポケットから、分厚い封筒を取り出した。すっとテーブルに置き、稔の前に差し出す。百万以上は入っているのではないだろうか、と思うくらい分厚い。


「それから、明日からは自由出勤でかまわない。必ずすぐに連絡が取れる状態にしておくこと、蔵野に一日一回は行動をメールで報告すること、それから彼女を霞ヶ関から三〇〇キロ圏内から出さないこと、最後に最も重要なことだが……彼女の家族と連絡は取らないこと、取らせないこと。以上だ」


 封筒を懐に入れながら、稔は間を空けて頷いた。


「そう、ですね。服部さんもご家族に会えていないですし、会わせられないですね」

「そういうことだ。くれぐれも、注意しなさい」

「分かりました」


 自称、波木清花が『異世界人』として扱われる以上、規則に則ってニニの命令に従うことが第一だ。


 稔は、もどかしい気持ちを抑え、異世界通行管理局員としての責務を全うすることに決めた。それにまだ、緑のローブの女性が稔の従姉妹、波木清花だと認定されたわけでは——。


「ああ、それから」


 ニニはついでだ、と言わんばかりに声を張る。


「彼女を正式に、京都駅修学旅行生大量失踪事件の被害者の一人である、波木清花と認める。君と服部が間違いないと言うのだから、もう誤謬はないだろう」


 ニニの言葉に、稔は自分の耳を疑う。


 こんなにもあっさりと決まっていいものだろうか。だが、今の稔はその疑念よりも、嬉しさのほうが上回った。


 波木清花は、ここに本物の『波木清花』として認められた。

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