第23話 七月四日の業務 その二 《確認編》

 七月四日、午前九時。


 出勤してきた倉橋が、自称、波木清花を連れて、公用車で新宿区の指定病院に向かった。検査は一日かかる見通しで、その間倉橋は戻ってこない。


 つまり、倉橋のやっていた管理一課の仕事が一日分溜まるということを意味する。恐ろしいことだ。


 稔は、出勤した蔵野と坂東に昨夜の顛末を話した。


「へぇ、二人目の帰還者か。しかも上田君の従姉妹さん。よかったじゃないか」


 坂東は呑気に感心していた。稔は一時間前に聞いた自称、波木清花の証言録を作りながら返答する。


「まだ決定したわけではありませんが、ニニ局長は服部さんが戻ってきたときと波長が同じだと言っていました」


 その波長というのが何を意味するのか稔は知らないが、とにかく不可思議な力を使って自称、波木清花が帰還者だとニニが推定していることは確かだ。


 蔵野はノートパソコンを起動させながら、席に着く。


「何にせよ、昨日の魔法陣の改造が上手くいったということだろう」

「その後、ニニ局長が一度倒れましたが」

「今は回復しているんだろう?」

「ええ、魔法陣を制御して一時的に力を使い果たしてしまったそうです」


 もうこれ以上、不思議なことが起きても稔は驚かない自信がついてきた。ここ数ヶ月で体験したことや、自称、波木清花の魔法の話など、こちらの世界では当たり前ではないことも異世界では当たり前である、という認識が確立してきたのだ。


 いや、霊魂はこちらの世界でも普通にいた。稔はお札がないと見えないが、いることは確かだ。今も坂東の肩にいる。


「となると、異世界人担当の巻上さんを呼んだほうがいいですかね? 課長」


 坂東は蔵野に尋ねる。巻上とは、坂東の席の前、稔の席の隣に机を構える管理一課の一員、らしいのだが、稔は一度も見たことがない。稔が以前倉橋に聞いたところによると、巻上は異世界人の世話と各種折衝でかなり忙しいらしい。


 蔵野はしばらく考えた後、こう言った。


「いや……巻上もどこにいるのか分からないからな。ここは上田に担当してもらう」

「僕ですか?」

「まだ上田の従姉妹さんだと決まったわけじゃないが、もしそうなら気心の知れた人間が担当だったほうがいいだろう」

「それは、そうですが」

「なら決まりだ。波木清花の経歴書作りも頼む」


 異世界からの帰還者である自称、波木清花の担当者が、あっさりと決まってしまった瞬間だった。


「そういえば、課長。そろそろ新盆の時期ですから」

「ああ、また霊魂が増えるな」

「増えるんですか?」


 新盆、とは稔の知らない単語だ。


 坂東は霊魂を指差す。


「東京の下町なんかはお盆の時期がひと月早いんだよ。七月十五日くらいかな。だから冥界のほうでもそのあたり調節して、渋谷の魔法陣を使わずに霊魂の行き来ができるよう、取り計らってくれるんだ」

「へ、へぇー」

「もちろん、八月の旧盆もだけどね。だからここふた月くらいは、満月の夜は生きている人間相手がメインになるよ。その代わり、私は帰りたがらない霊魂相手に東奔西走するけどね」


 ——聞いてよかったのか、聞かないほうがよかったのか。


 共用フォルダにある『令和五年度毎月霊魂通行管理実数調査表』のファイルが大変なことになるな、と稔は思った。

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