第20話 七月三日の業務 その二 《再会編》

 稔は自分を落ち着かせるためにも、頭の中で秒数を数えていた。


 二十七、二十八、二十九……ちょうど三十秒を超えたあたりで、目の前が暗くなった。


 稔はゆっくりと腕を下ろし、目蓋を開ける。


 緑色の光は消えていた。いつもの黒い魔法陣の線だけが残っている。稔はニニの様子を伺っていたが——突然、ニニはその場に倒れた。稔が動くよりも先に、服部がニニの体を抱き起こし、支える。


 くったりと目を閉じ動かないニニは、幾度か服部が呼びかけるものの、応えない。一体全体、どうしてしまったというのか。魔法陣の改造とやらで力を使い果たしてしまったのか、はたまた予想外の事態が起きたのか。


 となると、魔法陣に何か異常が見てとれるのではないか。そう思った稔は、魔法陣の中心に目を向ける。


 やはり、いた。遠目でははっきりと分からないが、何者かがいる。


 稔は歩を進める。何がいるのかは分からない、だが、確認してみなければ何も分からないままだ。


「おい! 上田!」


 服部の制止も聞かず、稔の足は正体不明の何者かに近づいていく。どうせ今動けるのは稔だけだ、それに不思議と危険は感じない。


 それは、分厚いフード付きの足元まで広がるローブを被っていた。緑色のローブは縁に金糸の刺繍が施されており、また右手には身長よりも長い棒を携えていた。先端には赤い大きな宝石が嵌められており、何やら魔法使いの杖のようだ。稔はとりあえず、杖の距離外から、話しかけてみる。


「こんばんは。僕の言葉が分かりますか?」


 緑のローブの何者かは、稔よりも頭一つ分ほど背が小さい。


 その何者かは、杖を手から落とした。


 カランカラン、とアスファルトに高価そうな金の装飾まで入った杖が音を立てる。そして、両手を顔に、おそらく口に添え、動かなくなった。


 稔は数歩進んで杖を拾い上げ、緑のローブの何者かに差し出す。深くフードを被っているので、顔は見えない。


 おずおずと、緑のローブの何者かは右手を出し、杖を受け取った。


 異世界人か、と稔が思っていると、やっと緑のローブの何者かは、言葉を発した。


「あの」


 女性の声だ。動揺しているのか、声が震えている。


 数秒置いて、また喋る。


「……あなたの名前は?」


 稔は答える。


「上田稔です。こちらの世界で、異世界通行管理局の局員をしています」

「上田、稔」

「はい、そうです」

「私のこと、憶えていますか」


 切羽詰まった女性の声が、稔の耳と頭を叩く。


 ——憶えている? 僕はこの女性と、異世界人と面識がある?


 女性は、フードを後ろに取った。


 年齢は四十手前くらい、艶のある黒髪を後ろで束ね、ぱっちりとした二重瞼は、稔も確かにどこかで見た憶えがある。あまりにもそっくりな人の顔を知っている。しかし、自分の親と同世代か下くらいの女性と面識があるとは——。


「私だよ。波木清花だよ、稔お兄ちゃん」


 緑色のローブを着た女性——自称、波木清花は、そう言って、泣いていた。


 それは唐突で、あまりにも記憶とかけ離れた従姉妹の姿は事実とは受けとめがたく、稔は頭の中が真っ白になっていた。

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