第19話 七月三日の業務 その一 《再会編》

 渋谷の昼間は暑くてじめじめしているが、夜は風が吹き心地よい。


 封鎖された深夜の渋谷は電灯だけが点き、人っ子一人いない。今日はミーティングテーブルを出すこともなく、ニニを筆頭に服部、稔が渋谷に来ていた。蔵野、倉橋、坂東は定時で帰っている。


 今日は事務要員は誰も必要ないのだが、稔はどうしても、と頼みこんで魔法陣の改造を見せてもらうことにしたのだ。万一、魔法陣から何かが出てくる可能性も否めないので、服部も動員されている。


 南の空に、満月が昇っている。


「始めるぞ」


 ニニはハチ公前広場にしゃがんで、魔法陣に右手を当てる。まるで水面に手を触れたがごとく、そこから黄色い光が魔法陣全体へと伝播していく。


 稔たちの足元にあった魔法陣の枝葉が、ゆっくりと形を変える。謎の文字はアルファベットの羅列に変わり、新芽が芽吹くように新しい魔法陣の枝葉が渋谷の地面に描かれていった。


 服部は空を見上げ、なぜかため息を吐いていた。


 稔は様子を尋ねる。


「どうかしたんですか?」


 服部は振り向かず、答える。


「んー……いや、あっちの世界はな、あんまいい思い出がねぇっつぅか、また繋がるっていうのが違和感あるな、と思っただけだ」

「違和感、ですか。そういえば、服部さんは魔法? で戻ってきたんですよね」

「多分そうだってだけで、あっちの世界でもそんなに普及してるもんでもなかったがな。それでも、元の世界に戻りたかったから……藁にもすがる思いだったよ」


 服部はしみじみと語る。その言葉の裏に、どれほどの苦労があったか他人は知る由もないし、今の姿になった理由もきっと『あっちの世界』で何かがあったのだろうと察することができるのは、この特殊な場ではニニと稔だけだ。


 それに、戻ってきたところで、家族にも会えない、下手をすると本人かどうかすら怪しまれるくらいの年月を経ているなどと、本当に戻ってきてよかったのか、そう考えなかったことはないだろう。普段のお気楽な態度はそれを隠すためのもの、かもしれない。


 そう考えると、何だか稔は服部がひどく可哀想に思えてきた。


「服部さん、帰りにコンビニでヘアゴム買いましょう」

「いきなり何だよ」

「髪切らなくていいので、結んだほうがいいですよ」

「だから、何でいきなりそんな話になったんだよ」


 服部の髪の毛を結ぶ結ばない問題で稔と服部が揉めているちょうどそのとき、足元の魔法陣が緑色の強烈な光を発しはじめた。


 状況の変化に驚く二人は、ニニを見る。ニニはまだしゃがんだままで、地面に片膝をついている。地面に伸ばした右手は何度も魔法陣に波紋を浮かばせるが、緑色の強烈な光は収まりそうにない。


「ニニ局長!」


 稔はそれ以上、目を開けていられなくなった。目を瞑り、腕で目蓋を覆い隠す。

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