第15話 五月五日の業務 その三 《幽霊祭り編》

 稔は蔵野や坂東、倉橋のもとに戻った。状況を把握できないからだ。


 ニニは空から地面に降り、服部がその脇について、魔法陣の中心へと向かう。


 やはり、近くで見ても、馬頭のその生き物は奇妙だった。筋肉質な二メートル越えの人間の頭がそのまま馬頭になり、手には鉄製の棘がついた棍棒を持っている。粗末な服とも呼べない布切れを身体中に纏って、鼻息荒く近づいてきたニニと服部に目をぎょろりと向かせた。


「な、何事ですか、あれ」


 答えたのは倉橋だった。


「知りません? 地獄の獄卒、馬頭鬼めずきって」

「知りません」

牛頭鬼ごずきと馬頭鬼っていう鬼の獄卒さんが地獄にはいまして、地獄に落ちた人間を責め苦に遭わせるわけですが、一応何というか……クレーム係? なんですよ」

「クレーム?」

「ああ、今回は送る霊魂が多すぎたから、クレームをつけに来たんじゃないかな」


 坂東が口を挟む。


「前もこんなことがあってね」

「だ、大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫だよ。ニニ局長とは知り合いだから」


 ——何ですと?


 稔はニニと服部、馬頭鬼の様子を伺うことにした。というか、何もできない。


 馬頭鬼はいななきを発した。そして、ニニに向かって、こう叫ぶ。


「ニニブルカ! 久しぶりだな!」

「うむ、半年ぶりくらいか? 紹介しよう、こいつが服部だ」

「どーも」

「ふむ、ふむ! なるほど! 我は馬頭鬼、地獄の馬頭羅刹とは我のことよ!」

「そりゃ大層なこって。ふた月前にあんたんとこから逃げ出した鬼をボコって送り返してやったのは俺だ」

「おお! それは世話になったな! たまにあるのだ、鬼の暴動がな! それもこれも、この魔法陣で大量に霊魂が送られてくるせいで、残業が増えたものでな!」

「残業、あるのかよ……」


 ——鬼にも残業、あるらしいですよ。


 稔は何とも言えない会話に耳を傾けていた。


「仕方ないだろう、もともと冥界行きを拒んでいた霊魂を説得して送り込んでいるわけだ。予定外の霊魂を送り込んでいることは否めないが、こちらの世界に残しておいても悪影響が出る」

「しかしだ! 十王もまた、超過労働で倒れそうになっている! もうしばらくは冥界行きを制限してもらいたい!」

「どのくらいにだ?」

「二百から四百、多くとも五百以内だ! 今日のような二千近い数は、どう考えても冥界で一日で捌ける余剰人数をはるかに超えている!」

「分かった、前向きに検討する。早速帰って対策を練る必要があるな」

「うむ、よろしく頼む! ではな!」


 そう言うと、馬頭鬼の姿は透明になっていき、渋谷の景色に溶け込むように消えさった。


 本当に馬頭鬼は冥界のクレーム係だった。馬頭鬼が言うことを言うだけ言って去っていった後には、魔法陣が黒くなった静かな渋谷が戻っていた。


「よし、撤収!」


 ニニの号令に従い、管理一課の面々は交番に置かせてもらうミーティングテーブルの解体作業と、課室に持って帰るものを紙袋に収める作業に取りかかった。


 時刻は午後九時半を過ぎたところだ。謎の故障をしていたバスもやっと動きはじめたらしい。


 嵐のような、それでいて一抹の寂しさを感じさせるような一日が、ようやく終わろうとしていた。


「来月からは扇風機が必要になりますねー」

「雨が降ったらどうするんですか?」

「テント組み立てだよ。渋谷署が用意してくれるから」


 ——……異世界通行管理局の仕事は、けっこう重労働かもしれなかった。

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