第13話 五月五日の業務 その一 《幽霊祭り編》

 五月五日、こどもの日、祝日。


 内閣府異世界通行管理局管理一課の机の島は、蔵野、坂東、倉橋、そして稔が席に着き、一席が空席になっていた。どうやら、そこは渡航してきた異世界人担当者の席らしく、外回りが多いためほぼ使われていないという。


 稔は異世界渡航希望者の名簿等の書類確認が終わると、渋谷に持っていくものを用意している倉橋の手伝いを買ってでた。本来なら逆の立場だが、この課内では新人の稔は率先して仕事を覚えたい気持ちが逸っていたのと、蔵野と坂東、倉橋の仕事ができすぎるため、稔までほとんど仕事が回ってこないことに罪悪感を覚えたからだ。異世界渡航が実施されて一年半と少し、二人ないし三人だけで仕事を完結させてきた部署に新人がいきなり放り込まれても、仕事を回す側も新人も困る、という有様だった。


 倉橋は「助かります」と言って、デスクトレーに通行証の数を確認して入れる作業を任せてくれた。通行証は複合コピー機でカラー印刷されていた。何だか有り難味が薄い。


「肝心なのは判子なので、通行証自体は普通のA4コピー用紙でいいんですよ」


 とは、倉橋の談だ。ちなみに通行証へ主に何が書いてあるかというと、内閣府異世界通行管理局のロゴと異世界渡航に関する諸注意、そして謎の文字列だ。


「あの、この謎の文字って何ですか?」

「それはニニ局長が書いた異世界共通語で、『この人物は異世界あるいは冥界渡航希望者であり、寛大な処置を願う』という意味だそうです。江戸時代の通行手形の定型文みたいな感じらしいですよ」

「へー……この世界と違う異世界って、意外と異世界渡航者が多いんですかね」

「多分、そうですね。けっこう交流があったり、戦争したりしてるそうですよ」

「戦争!?」

「異世界同士で戦争って、途方もないですよね。だからニニ局長のような精霊さんたちが、なるべく異世界同士で大規模な交流は行われないよう見張っているとか」

「……異世界間戦争って、凄まじいですね」


 稔はデスクトレー一つに二百枚ずつ通行証を詰め込む。今日は二百枚入りが十箱もある。すべて霊魂用の署名なし通行証だ。


「これくらい刷れば間に合いますかね。じゃあ、次、事前登録した人の分を出力するのでちょっと待ってくださいね」

「はい」


 倉橋は机に戻り、ノートパソコンを素早く操作する。まもなく、複合コピー機が動き出し、音を立てて紙を吐き出しはじめた。


 その間、稔は倉橋からチェックリストを渡される。


「ちょっと時間がなかったので、適当に作っちゃったんですが、それと署名入り通行証の照合をお願いします」

「分かりました。何名くらいですかね?」

「今回は四十八名ですね」

「多くないですか」

「前回が少なすぎただけですよ。どうせまた渡航中止する人も出ますから」


 どうせまた、ということは、毎回のように渡航中止者が出ているんだろうな、と稔は推測できた。そもそも異世界渡航希望者になるためのメディカルチェックや提出する証明書の類を用意する金や手間を考えると、一旦許可された渡航の中止は何だかもったいない気もする。だが、稔としては、異世界渡航者は少ないほうがこちらの手間もかからないし、何より命を粗末にしないことが大事だと思っているので、こっそり歓迎したい気持ちだ。


 シャツのポケットから三色ペンを取り出し、稔は署名入り通行証とチェックリストを自分の机に持って帰って照合作業にかかった。


 そういえば、異世界渡航希望者のいわゆる合格者選定や連絡はどうしているのだろう。


 稔は倉橋に尋ねてみた。


「ええとですね、まずセミナーに必要書類を持参してもらいます。事前にホームページで告知していますからね、そこで書類不備は弾かれます。それで、セミナー受講後も異世界渡航の意思がある場合、会場に残ってもらって、一人一人もう一度書類確認をします」

「一人一人って……こないだ課長と二人でセミナーやったんですよね?」

「もー、大変ですよ。一応、受付と翻訳は他の部署から応援が来てくれますし、こないだは坂東さんが駆けつけてくれたからよかったですけど」

「一人待機しててすみませんでした」

「いいんですよ、多分上田さんが途中から来てもわたわたして仕事にならなかったと思います」


 倉橋はずばっと言い切る。実際そのとおりだったろうが、ちょっと傷つく。蔵野と坂東が軽く咳き込んだり顔を俯けたりしていた、聞いていたらしい。


「書類確認が終わって、最終的に意思確認が完了したら、セミナーは終了です。名簿を作って、希望者指定のメールアドレスに指定日時と集合場所、最低限必要なものを通達です」

「最低限って、食料とかですか」

「そうですね。どんな異世界に着くかは分からないらしいので、どんな状況にも対応できるよう、食料、防寒着、サバイバルセットなどは推奨してます。登山に行くぐらいの装備でも、ニニ局長や服部さんに言わせれば甘いらしいですけど」

「服部さん基準はどんな装備でも無理なんじゃないですかね……」

「服部さん経験者ですからね。あと武器の類は持ち込み禁止です。そこは日本の法律を遵守してもらえれば」

「その服部さんが遵守してないんですが」

「管理二課は特例ですよ。三月のときもやっぱり二課の人が出払ってて、もー大変で大変で」


 はーやれやれと倉橋は自分の肩を叩く。三月といえば、服部が帰還した満月の夜のことだろうが——正直、ドラゴンや鬼が出たと言われても、実物を見ていない稔には俄かに信じがたい。


 通行証のリストチェックが終了して、抜けがないことを確認すると、稔はデスクトレーに通行証をしまう。デスクトレーには『異世界渡航希望者用』とちゃんと書かれていた。


 ふと、稔は倉橋に確認する。


「リストのダブルチェックしなくて大丈夫ですか?」

「あー、そうですね。坂東さんお願いします」

「はいはい。上田君、それちょうだい」

「あ、はい」


 稔はデスクトレーとチェックリストを坂東に渡す。こういうときは、ちゃんと第三者の目を入れておいたほうが間違いがない。今まであまりにも人手が足りなさすぎて、ほとんどやってこなかったのだろう。


 しかし、年上の職員に気軽にぽんと頼める倉橋は、この課でも相当貢献度が高いのか、それとも唯一の女性ということで甘やかされているのか、どっちだろう。


「坂東さん、また霊魂が取り憑いてますよ。払っときますね」

「ああ、ごめんごめん。気づかなかったよ」

「もー、課室には入れないでって言ったじゃないですか」


 前者だった。坂東があまりにも普通にしていたので、稔は紫色の靄を普通に受け入れてしまっていた。


 倉橋は机から取りだした人形ひとがたの木片を二つ、坂東の両肩にぶん投げる。すると、紫色の靄は断末魔でも叫んでいるような苦悶の顔を浮かべて、どこかに消えていった。


「倉橋、もう少し大人しく払え。坂東に当たったらどうするんだ」


 蔵野は真っ当に注意する。真っ当だ。


「すみません。ちょっとイラついてました、霊魂が挑発してくるので」

「気持ちは分かるが、次からはほら、何だ、お札でも貼って」

「坂東さんの肩にですか?」

「できれば椅子に貼っておいてもらえると助かるかな」


 ははは、と課室で笑いが起きる。


 何だこの部署、と稔は疎外感でいっぱいだった。

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