第15話 俺には、今の状況が分かっています。

 どうして女ってのはこんなに面倒なんだ(ビビを除く。)。

 

 俺は広間に戻って女達の相手を適当にしながら、庭園の方をちらちらと見ていた。本当はこんなことをしている場合じゃない。早くビビのもとに戻って、事情を話して、王宮ここから逃がさなければならないのに。

 って言ったって、どこから話せばいいんだ? 

 ブランクがありすぎて、隠していたことが多すぎて、久しぶりに会った彼女が眩しすぎて、俺は、何をどう話していいのか分からないでいた。こんな時は、いつも飄々としているベドビアが羨ましくなる。あいつは、なんでだかビビに慕われているしな。くそっ。


 5年前、親父(父上のこと)に言われて屋敷を出て、俺が身を寄せた先は今を時めく宰相ヨトキア卿の館(ヨトキア卿の苗字はロンメンタールだ。変な名前。)だった。

 田舎領主のペンドラゴン卿(しつこいが、父上のこと)からヨトキア卿って、都落ちどころか、鯉の滝登り、まさに大出世じゃないか、と思うだろう? 追い出された体の俺がそんな手厚い保護を受けてるなんて、どう考えたって変だ。 俺にもそこらへんはよく分からない。そもそも、あの親父は何を考えてるのか不明すぎる。


 話を戻そう。俺は、ロンメンタール家でも、女として過ごさなければならなかった。まぁ、命を狙われているわけだから、ペンドラゴン家を離れても身元は偽るに越したことはない。物心ついた時から女として生活してきたのだし、それは苦でも何でもなかった。


 問題は、俺が社交界デビューをしてしまったということだ。ロンメンタール家の面々は何故だか厄介者のはずの俺を実の娘のように大事に扱ってくれ、何を考えたか、本当の令嬢のように華々しく社交界デビューさせた。おいおい、身を隠してるってのに、それはないだろう。いや、逆か? それも計算のうちなのか? もう訳が分からない。さすがは親父の親友だということにしておこう。


 それで、魑魅魍魎のひしめく社交界はというと――、正直言って楽勝だった。


 顔に粉をはたいたナヨい男共は、このストロベリーブロンドの巻き髪と、琥珀色の瞳、健康そうな滑らかな肌に、どいつもこいつも鼻の下を伸ばしていたし、何故か女達まで似たような様子だった。貴族という奴らは暇すぎて、非日常に飢えているんだろう。俺はちょうどお年頃でもあったし、まぁ、なんというか、冒険好きのお嬢様を手始めに、色々と、貴重な経験を積んだわけだ。


「君が、グイネヴィア姫?」


 男にちやほやされることにも(手は出させてないぞ)、女遊びにも(こちらはノーコメント)飽きてきた頃に、声をかけてきたのがパーシヴァルだった。パーシヴァルは言わずと知れたこの国の皇太子だ。さすがに忙しい身だけあって、社交界にはほとんど顔を出さない、出してもすぐに帰ってしまう。そういうわけで直接言葉を交わしたのはこの日が初めてだった。しかも、皇太子御自ら声をかけられるなんて、なんて光栄の至りってところだ。俺の取り巻き達は、ほおっとため息の音が聞こえるくらいに、羨望の目で俺を見ていた。


「姫ではありませんわ。ただの、グイネヴィアでございます。殿下。」


 俺からしたら、王子に声をかけられたってちっとも嬉しくない。だいたい、俺より高い背にがっしりした体躯、グレーの髪、男らしく通った鼻筋に青い瞳、堂々たる素振り。何から何まで気に食わないとはこのことだ。他の男どものように俺にメロメロになるなら、手玉に取って馬鹿にしてやることもできたのだが――――。


「社交界中の男女を虜にしておいて、姫には違いないだろう? どうしてくれるんだ。君の所為で私の相手になってくれる人がいないんだが。」


 パーシヴァルにがないのは、すぐにわかった。俺に対してだけじゃない、誰に対しても、だ。同じ人間とすら思っていないかもしれない。これは、想像していたよりずっと要注意人物だ。


「ご冗談を。初めからお相手を探してなどおられないのでしょう? 殿下がお望みなら、誰だって喜んで身も心も差し出しますわ。勿論、私も例外ではありません。」


「そんなことはないよ。探している相手はいる。君ではないだけだ。ここにいる誰でも。そんなわけで君と見込んで尋ねたいことがある。せっかくだから踊ろう。」


 こんな抜き差しならない相手と踊るのは嫌だったが、パーシヴァルに近づくために社交界を荒らしていたというのもある。チャンスは逃すべきではないだろう。俺は、差し出された手を取った。

 そのダンスの間に、俺が奴から聞き出したのは思ってもみなかった内容だった。


「君はすっかりこの国の社交界には詳しいのだろう? どこにどういうお嬢さんがいるかも。」


「そんな、まだ社交界に入って1年とたっておりませんのに。」


「謙遜はいい。時間の無駄だから。それで、本当のところはどうなんだ?」


「はい。大体のお顔は知っていると思いますわ。」


「実は、探している女性ひとがいるんだ。」


「まぁ、殿下にそうまで想っていただけるなんて、なんて幸せな方でしょう。それで、どのような方なのです?」


 握った手に力が入り、俺はパーシヴァルの顔を見た。珍しく言い淀んでいる。もしかして、本気マジなのか? 俺は吹き出しそうになるのを必死でこらえる。パーシヴァルは可愛らしいことに咳払いをしてから話し始めた。


「その女性ひとは――――。」


 円舞曲が終わった時、俺は茫然自失としていた。自分ではよく覚えていないが、様子を見ていたベドビアによれば、ちゃんとお辞儀をして席まで戻ってきたらしいから、パーシヴァルに怪しまれることはなかったと思うが定かではない。その時の俺の頭にあったのは、遠く離れた姉のことだけだった。


―――― パーシヴァルが探しているのは、俺のビビだ。


 大広間にさざ波のようにざわめきが広がって、俺は我に返った。皆の視線が向けられている方向に、何気なく目をやって、俺は顎が外れそうになった。


「なっ……。」


 取り巻きの女の一人が驚いたようにこちらを見たので、慌てて取り繕うが、目は、たった今バルコニー側から広間に入ってきた二人に釘付けだった。礼装に身を包んだパーシヴァルにしっかり手を引かれて、戸惑った様子で部屋の中心まで足を進めているのは、ビビアンだ。

 彼女は、社交界を知らない。それを引け目に感じ、目立たないように、控えめに振舞ってはいるが、その初々しさや、素朴さが、余計に男の目を引き付けてしまうのを全く分かっていない。だから、今日は、今日だけは、王宮ここに来てほしくなかったのに。


「グイネヴィアお嬢様っ!」


 切ない旋律にあわせて踊りだす二人を茫然と見つめていた俺は、振り向かずに小声で答えた。


「頼んだはずだよな? なんでこんなことになってる?」


 ベドビアは珍しく顔を歪めると、俺の背中で絞り出すように言った。


「城を出ようとしたところを見咎められまして、私が前に出たのですが、パーシヴァル様は執拗で、私もその場で処罰されるところでした。ビビアンお嬢様は、私を庇って……、本当にあの方はなんでいつも……。」


「……しかたがないな。それがお姉様だから。」


 その時のビビの顔が目に浮かぶようだ。俺は思わず微笑んでいた。人を助けようと必死になっているときのビビは、すごく、綺麗なんだ。


……それにしても、なんでタンゴ?


 パーシヴァルとビビは、ぴったりと身を寄せ合って踊っている。ビビはベールを被っているが、その視線がしっかりと絡み合っているのが分かる。情熱的にすら思えるダンスに、胸の奥でもやもやと嫌な感覚が渦巻く。

 ビビの垢ぬけない様子や、黒いベールを馬鹿にしていた連中も、今は固唾をのんで王子と謎の令嬢とのラスト・ダンスを見守っている。心を読めずとも、この場にいる全員が考えていることは、誰だって分かるだろう。


―――― あのひとは誰?


 曲が最高潮に達し、動けないでいるビビアンの顔を覆うベールを、パーシヴァルが剥ぎ取った。まるで時の流れが遅くなったかのように、じれったいような速度で、ベールがふわりと床に落ちていく。俺は胸を掻きむしりたくなった。

 そんな風に見つめ合うな。愛し合っていた二人がやっと再会したみたいな、二人にしか分からない思い出を語るような、そんな目で見つめ合うな。

 

 茫然としているビビアンの手を取って上にあげると、パーシヴァルは子供の様に両手をあげて観衆に向かって優雅にお辞儀をした。ビビアンもそれにつられ、おずおずと頭を下げる。いつの間にか音楽は終わっていた。観衆たちは我に返ったように喝采をする。いつになく、嬉しそうに笑う王子と、その横で困ったような笑みを浮かべる美しい令嬢に向けて。


 艶やかな黒髪をきちりと結い上げ、その首から顔は、雪のように白い。太く、意志の強そうな眉の下には、赤い茱萸の実のような瞳が一つ。広い額、小さな鼻、緊張に引き結ばれた厚い唇はバラ色だ。右目にかけられた眼帯さえ、欠けて一層その魅力を引き立たせている。人間離れした美しさは、禍々しいほどで、人々は言葉を失っていた。だから、見せたくなかったんだ。


 俺の、魔物のように美しい姉を、誰にも、見せたくなかった。


 パーシヴァルは憎たらしいことに、まだニヤニヤ笑っている。本当にぶん殴ってやりたい。おれはつかつかと歩き出していた。こちらに気付いたビビアンが、あっという顔をする。


「今宵は、良い会となった。こうして、私の湖の乙女も見つかったのだ。ご紹介しよう、私の妃、エレイン・ビビアン・ペンドラ……。」


「異議あーりっ!」


 ベドビアの制止も間に合わず、俺は二人の前に躍り出た。

 だってこうするしかないだろう? 絶対に、彼女をパーシヴァルの妃になんてできない。


 ビビアンは、出会った時から、俺のものなのだから。








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悪役令嬢は、なぜかヒロイン(男)に迫られています。 ジーキル @feelinggood

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