第14話 とりあえず、今の状況が分かりません。(その5)

 大広間に足を踏み入れると、待ち構えていたかのように、宮廷楽団が音楽を奏で始めた。この曲調はワルツじゃない。タンゴだ。ベールの下で私が息を飲んだのが分かったのか、パーシヴァルがニヤリと笑いかける。まさか、ここまで来て踊れないわけはないよな、とでも言いたげだ。

 私は、顎を上げる。舐めるなよ。お父様とお母様の趣味はクロッケーだけじゃない。この5年間、夜な夜な二人に付き合わされたのはこの私なのだ。女役だけでなく、男役もどんと来いだぜ。

 パーシヴァルが差し出す左手に右手を重ね、広間の中心へ躍り出る。引き寄せられ、私の背中の中心までパーシヴァルの右手が差し込まれる。


 始まったばかりの頃は真昼のような明るさだった城内は、今は灯が落とされ、静かで張りつめた雰囲気に包まれている。……なぜに?


「あのう……。」


「何?」


「なぜ私達しか踊っていないのでしょう? 皆様、踊り疲れたのでしょうか?」


「違うと思うよ。ところで、君は、グィネヴィア姫と親しいのかな。」


 パーシヴァルは、私が尋ねたことには答えず、質問を返してくる。やっぱりグィネヴィアか……、私は納得がいく。そうでなければ、王子にダンスを申し込まれる理由がないからだ。とりあえずの成り行き上、私は悪役令嬢役を続行することにした。


「全く親しくはありませんが、あの子は私の妹でした。」


「でした、とは?」


「妹の所為で私は何もかもを奪われたのですわ。だから、彼女を家から追い出したのです。以来、あの子は私の妹ではなくなった。」


「それはそれは。どこかで聞いたような話だ。」


「憎らしい子。私は今でもあの子に奪われ続けているのです。現に……。」


 私は、パーシヴァルの瞳を覗き込む。深い湖のような青を。


「殿下は、グィネヴィアに夢中ですわ。」


 パーシヴァルは少し目を見開いた。それから、本心を隠すようにふっと破顔する。


「君の妹、ということは、あの美味なる焼き菓子を作っていたのはグィネヴィアなんだな。」


 メロデイが盛り上がりに差し掛かり、彼に体を倒されて、私の全身は外側に傾く。なんとも切ない旋律だ。胸が本当に締め付けられる。どこまでが本心で、どこからが演技なのか、分からなくなりそうになる。


「ええ。殿下は特にナポレオンパイがお気に召していらっしゃいましたね。」


 薄氷を踏んだような感覚があり、私の心臓が小さく飛び跳ねる。いつの間にか、強く握りしめていたらしい。預けている右手を強く握り返された。


「時にエレイン嬢、君の名前の由来は神話に出てくる女神から?」


 話題がまた変わった。グィネヴィアと何の関係が? 私は頭を巡らすが、複雑な足のステップに気を取られて、うまく思考できない。


「ええ、絶世の美女ヘレネー。名前負けしているとお思いかしら? まぁ、正直なところ、美しい妹を持つ身としては、あまり好きな名前ではありません。」


 ほら、思わず卑屈な本音が出てしまう。両親は何を思って、エレインなんて名付けたのだろうと、幾度思ったことか。

 だから、普段はミドルネームばかり使っていたのに。

 これじゃ、まるで本当の悪役令嬢だ。いっそのこと、とどめを刺してほしい。私は思い切って核心をつく。


「それで、殿下は御心を決められたのでしょう?」


「何のことだろう?」


「話をはぐらかすのはおやめになって。湖の乙女のことですわ。」


「あぁ、そのことか」と、まるで興味がなさそうにパーシヴァルは反応し、また別の話をする。


「それより、この曲は知っているか?」


「ええ、『首の差ひとつ』ですわね。内容的にはこの場にふさわしいとは思えませんが、メロディは美しいわ。」


 大失恋した男の哀歌。自らを競走馬に喩えて嘆くのだ、首の差ひとつで負けたと。


「私も気に入っている。それに、苦い失敗を忘れずに、同じ轍は二度踏まないという決意の表れでもあるんだ。」


「はぁ。」意味が分からない。


「意味が分からない? じゃあ分かるように言おう。私は二度と湖の乙女を逃がしたくないと思っている。」


「ええ、その方が良いでしょうね。しっかり捕まえておかないと。」


 だからこんなところでウカウカ踊っている場合ではないのだ、と私は言いたい。グイネヴィアはどこに行ってしまったのだろう?


「君が同意見だと嬉しい。」


 パーシヴァルは顔を綻ばせる。思いのほか可愛らしい笑顔にこちらまでほっこりしてしまう。


 グィネヴィアにプロポーズするにあたって、姉の同意を取り付けておきたいってことかしら? パーシーって結構古風なのね。でも問題は、あの子が男ってことなのよ……、はぁ、可哀想でとても言えない。


 思い悩んでいると、踊る私たちを取り囲むギャラリーの中に赤毛の男が立っているのが目の端に写った。さすがに、麻のシャツに乗馬用のブーツという出で立ちではない。誉れ高い伝説の騎士らしく、濃紺の軍服に肩章エポレットが良く映えている。


 後で話しかけてみようか、と思うが、すぐに気を引き締める。なんといっても、知っている感じは禁物だ。5年前に彼に会ったのはビビであって、エレイン嬢ではない。私達は今日が初対面になるのだから。


 とはいえ、目は懐かしい知人を追いかけていた。グルリとターンして、二度目に彼が視界に入ったとき、今度こそ、私は背筋が冷たくなった。


 彼は、こちらを見て、ニコニコと手を振っていた。


「…ることにした。」


 ランスロットに気を取られて、パーシヴァルの話を聞いていなかった。私は反射的に聞き返す。


「ごめんなさい、もう一度。」


「いくら探しても見つからないから、湖の乙女をおびき寄せ、捕まえることにした。」


 硬直した私の顔面に開いた右手が迫る。


に、私を落とした、をね。」


 ベールが取り払われ、視界が開けた。

 落ちていくベールの向こうで、パーシヴァルが笑う。


「ところでミドルネームはなんて言うんだ? ビブラータ、ビバルディ、ビビアナ……、あぁ。」


ビビアンか、ぴったりだな。


 ベールが音もなく大理石の床に落ち、物悲しい旋律が終わる。広間を埋め尽くす招待客たちの喝采を聞きながら、私は、これが今宵のラストダンスなのだと気付いた。













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