第13話 とりあえず、今の状況が分かりません。(その4)

「ベディは知ってたの? グイネヴィアが男の子だって。」


 グイネヴィアがいなくなると、途端にあたりは静かになった。私は、あずま屋の木の床から柔らかい芝生の上に足を下ろすと、夜空に向けて大きく伸びをした。天空の月も大分動いた。もう夜も更けたのだ。


「……っすね。」


「グイネヴィアの話によれば、お父様とお母様も、よね。」


「……まぁ、そうっす。」


 私は、夜の庭を見渡した。とにかく広大な庭園だ。この辺りには各種のバラが咲き乱れているが、あちらにはシャクヤク、彼方には花モクレンが松明の光に照らされて浮かび上がっている。日が昇れば、きっともっと多くの草花を見つけることができるだろう。

 結局、グイネヴィアが男の子で、訳があってペンドラゴン家に匿われていたことを知らなかったのは、私ばかりだったわけだ。またもや蚊帳の外か。なんだって皆、私を仲間外れにするんだろう。情けない気持ちで胸がいっぱいになる。

 

 なんだいなんだい。あー、なんかもうどうでもよくなってきた。全部、明日以降でいいや。


「もしかして、帰ろうとか思ってます?」


 ふらふらと城と反対方向に歩を進めつつある私の後ろから、ベドビアが声をかける。


「止めないで、ベディ。いつもだったら私、夜の10時にはお布団に入ってるの。もう今頃には夢の中なの。とにかく帰る、そして寝る。グィネヴィアにはよろしく伝えておいてね。」


「いや、止めてないっすけど。ていうか、グィネヴィアお嬢様もそれなら安心だと思いますし。じゃ、お送りします。」


 ベドビアがついて来ようとする。安心ってどういうこと? 私は少し引っかかる。そういえば、グィネヴィアはそもそも、どうしてこの舞踏会に顔を出したのだろう?


「残念ながらそれはできない。」


 別方向から声が聞こえて、私とベドビアはギクリと立ち止まった。


「殿下……。」


 純白の正礼装がこんなに様になる人も珍しい。絵にかいたような王子の登場に、私は慌てて腰を折り、頭を下げた。


「君は……?」


「エレイン、エレイン=ペンドラゴンと申します。元服の儀、おめでとう存じます。」


「ペンドラゴン? それはもしや、ユーサー=ペンドラゴンの?」


「私の父です。」


「先王から聞いていた。元気か?」


「光栄なことです。すこぶる元気に過ごしております。」


 私は汗をかく。お父様が前政権の中枢にいたのはホラ話でなかったらしい。てっきり、半分(以上)は父の誇大妄想だと思っていた。

 それにしても、本日の主役がこんな庭先をフラついていていいのだろうか。

 王族というものは、言葉が最小限で話が続かない。ひたすら気まずいので、早く帰ってほしい。いい加減、膝を折ったままの姿勢も辛いし……。


「先ほどの話だが、君はまだ帰れない。一曲も踊っていないだろう? 舞踏会なのだから、少なくとも一度は踊らなければ、退出することはできないんだ。」


(えっ、マジで!?)


 そんなルール知らなかった。そういうものなの? 私は頭を下げながら後ろで存在を消しているベドビアの方を窺う。ベドビアが口パクで「んなわけないでしょ」と言う。パーシヴァルはしれっと口から出まかせを言ったらしい。


「お、お戯れを。ホホ。私、こんな大きな舞踏会は初めてですの。殿下のご冗談を危うく信じてしまうところでしたわ。」


 このヤロー、私が社交界デビューしていないのを馬鹿にしてるなっ。


「そうだろうね。私も、社交の場には時折顔を出しているが、君と会うのは初めてだ。顔を隠している訳を聞いても?」


「ホホホ。殿下にはお見せできない醜い傷がありますの。折角の美しい宵に水を差したくはありません。夜も更けましたし、拝謁が叶ったところで、私はもう十分……。」


 ですので退散いたします、と言う前に、パーシヴァルが無言で距離を詰め、顔のベールに手をかけたので、私は息が止まりそうになる。


「……お前は、何だ?」


 驚いで身を起こした私の前に、ベドビアが立ちはだかっていた。

 ほっとしたのもつかの間、パーシヴァルの明らかに苛立った声音に背筋か寒くなる。ベドビアに尋ねているのだ。私は慌てて、彼の腕を取り引っ張る。


「こ、この者は、私の従者。右腕が不自由なので、バランスを崩しただけで、意図して殿下の御前に出てきたわけではありません。どうか、お許しください。」


「君の従者?」


「ベドビアと申します。」


 憮然としてベドビアが名乗ってしまう。私がいくら引っ張っても、死んでも動かないというように、びくともしない。


「噂に聞く、か。確か、今はグィネヴィア姫の騎士ではなかったか? それともお前は二人の主人に仕えているのか?」


 パーシヴァルがベドビアに向かって一歩近づく。その視線は鋭くベドビアをめ付けている。ていうか、ベドビアはいつから騎士ナイトに? にしたって、相手は王族だ。私はいつベドビアが罰を言い渡されるか気が気でない。

 その時、頭をある考えがぎる。そうか、今はベドビアはグィネヴィアの従者、いや騎士なのか。であれば、悪役令嬢としてできることがあるじゃないか。

私はベドビアとパーシヴァルの間の隙間に無理矢理体をねじ込んだ。


「そ、そうなのです! ベドビアはペンドラゴン家を捨て、今は憎いグィネヴィアのいる他家に属する者。だから私にはまーったく関係がありませんの。忌ま忌ましい裏切り者のくせに、私と殿下の間にしゃしゃり出てくるなど不愉快極まりないわっ。殿下、このような下々の者に関わる必要などありません、さぁ、参りましょう!」


 私はベドビアを動かすことを諦め、思い切ってパーシヴァルの腕をとってぐるりと城の方へと方向転換させた。


「君がそう言うなら。ところでエレイン嬢、城に戻ったら一曲お相手願えるだろうか?」


「光栄ですわっ。私も激しく踊りたいと思っていたところですの。殿下はエスパーでいらっしゃるのね! それとも、これが以心伝心というものかしらっ、いやですわ、はしたない。ホホホホホホ。」


「エレイン嬢、少し腕が痛い……。」


「ええ、ええ、早く踊りましょう! 私も待ちきれません。あぁ、こうしてはいられないわ、殿下、もう少しさっさと歩けませんの?」


 今や、私はパーシヴァルを引きずって進んでいた。王子だろうとなんだろうと構うものか。とにかくこの場から遠ざかるのだ。


「ビ、エレインお嬢様っ。」


 ベドビアが私のファーストネームを呼ぶ。私は振り返らず、空いている方の左手でオーケーマークを作り、手首だけを三度ぐるぐる回した。幼い頃から兄のように慕ったベドビアと、騎士ナイトごっこの際に作った手信号。彼は覚えているはずだ。


此方コチラ私目ワタクシメガ食イ止メマス。アナタハ早ク安全ナトコロヘ。


 ま、たいていは騎士が姫に対して送るメッセージなんだけどね。













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