第12話 とりあえず、今の状況が分かりません。(その3)

 円舞曲ワルツが聞こえる。

 舞踏会だというのに、広間で踊っているのは二人だけ。勿論、グィネヴィアとパーシヴァルだ。

 なんといっても、これは今宵のファーストダンス。大勢の招待客の前で二人だけが踊るのはそういうわけだ。


 どうしてだろう。実際に見たわけではないのに、二人の優雅な足さばきから楽しそうな表情まで鮮明に思い出される。


 この胸の痛みはなんだろう? 大好きな人が幸せになるのは私にとっても幸せではないのだろうか?


 あぁ、思い出した。そんなことを考えながらぼんやりと星空を眺めていたら、あの子がやってきたんだ。


 突然現れたグィネヴィアに腕を引かれて、庭園に面した回廊に点在する柱に押し付けられたところまでは覚えている。


……それからどうしたんだっけ?


 パチリと目が開く。キスできそうな距離にグィネヴィアの心配そうな顔があった。


ゴン。


 起きてすぐに、私はグィネヴィアの額に頭突きした。こちらも痛いが、不意をつかれたグィネヴィアはもっと痛いだろう。言葉にならない呻き声を漏らして、おでこを抑えてしゃがみこんでいる。私は寝かされていた庭園内のあづま屋のベンチから起き上がる。


「どういうことなの、グィネヴィア?」


 しゃがみこんだグィネヴィアの前にゆらりと立ち上がる。


「どういうことって、何が?」


 涙目になりながらグィネヴィアが私を見上げる。


「全部よっ。あんた、いつから男の子になったの!?」


「ちょっ、お姉様、その言い方誤解を招くって。」


 グィネヴィアが慌てるが、私の怒りは収まらない。初めて知った。人って驚きすぎると怒るんだ。


「わかったわかった。はじめから話すから、怒らないで、ね? お姉様。」


 ふんっと鼻息荒く、私は再びベンチに腰掛けた。空いている隣をペンペンと叩くと、すっかり大人しくなったグィネヴィアがそろりとやってきて腰掛ける。私たちは二人並んで、あづま屋から庭を眺める格好になった。


「それで……?」


「えっと、どこから話したらいいのかな。私は生まれた時から男の子だったんだけど、訳あって身を隠さなきゃいけなくなって、それでお父様とお母様の間に生まれた女の子だってことにして、引き取られたのよね。それが赤ちゃんのとき。」


「その訳っていうのは?」


 うーん、と言いながら、グィネヴィアが形良い顎に手をやって首をかしげる。小さな仕草さえ、たおやかで愛らしく、こうして告白を受けた今でも、彼女が、じゃなかった彼が男だとは信じられない。


「ここでは言わない方がいいと思う。」


「なんでっ。」


「だって、ここには……。」


 詰め寄る私にグィネヴィアがあたりを見回したときだった。「グィネヴィアさまぁ」という甘ったるい声が聞こえた。見ると、コーラルピンクのリボンが100個くらいついたわっさわっさとしたドレスを着たお人形さんみたいな少女が、庭園の方からこちらを覗き込んでいた。か、かわいい。絵本で見たような衣装に私は心の中で感嘆する。グィネヴィアは面倒そうに頭を巡らせて、そちらを見る。


「……あぁ、あなた誰だっけ?」


「エリザベトですぅ。こちらでグィネヴィア様にお会いできるなんて、私、感激してしまって。」


「あ、そう。ちょっとこの方とお話してるところだから、後にしてくれる?」


「あのぅ、その方どなたですかぁ? なんか、真っ黒なドレスにベールってちょっと野暮ったいし、グィネヴィア様とは雰囲気が違うから……。」


 エリザベトさんは、私にちらりと厳しい視線を向けた。

 この子はグィネヴィアのファンなんだろうか。グィネヴィアの美しさは輝くばかりだし、背も高くて甘さと凛々しさが同居したような、いわく中性的な魅力もあるから、社交界では同性(?)の目も惹くんだろう。それに比べて私は、やや年齢上目の、社交界も知らず、垢抜けない、しかもゴスファッションの無粋なよそ者に見えているに違いない。まぁ、事実、そうだし。私はいたたまれなくなって、自分の姿を見下ろした。


「エリザベトっていった?」


 聞いたことがない声だった。私はぎょっとして隣を見た。エリザベトさんといえば名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、グィネヴィアの様子の変化には気付かず、ぱあっと舞い上がっている。グィネヴィアはにこりと笑う。


「この方は私の一番大事な人なの。あなたの名前と顔は覚えたから、もう二度と、私の前にそのブスヅラを見せないで。さようなら。」


 ひっと悲鳴に近い声を上げて、エリザベトさんは夜の庭に駆け出していった。


「ちょっ、ちょっとグィネヴィア……、なんであんなこと言うの? 彼女、せっかくあなたを見つけて声をかけてきてくれたのに……。」


 私は庭とグィネヴィアの顔を交互に見て、オロオロする。グィネヴィアはペロッと舌を出して、笑う。


「ごめんなさい、お姉様。グィネヴィア、お友達にちょっとイジワルしちゃった。」


 えぇー、今のはイジワルってレベルじゃないだろう……。それとも、貴族の社交界的にはそれが普通なの? マジで怖すぎるんですけど、私、デビューしてなくてよかったぁ ……、私は困惑しながらも、安堵する。


「そんなどうでもいいことより、お話しよう、お姉様。5年ぶりなのよ?」


 キラキラと子犬みたいな目を私に向けて、グィネヴィアが私に詰め寄る。えーと、何を話そうとしてたんだっけ。今のやりとりの衝撃で、思考が停止してしまったらしい。


「……だから、あなたがどうして身を隠すことに…。」


「グィネヴィアさまぁ!!!」


 今度は複数の黄色い声がかかる。


「……お父様は知ってて…。」


「こっちご覧になってぇ!!!」


「…それならどうして5年前…。」


「きゃあ、冷たく睨まれちゃったぁ。もっと蔑んでぇ!」


「………。」


 この子、社交界で何してたんだろう……。

 

 集まってくるお嬢様たちを片っ端から蹴散らし、無視して、罵倒を浴びせながら、なお平然としている妹を胡乱な目で見る。ギャラリーはなぜか増える一方だ。


「……グィネヴィア、ひとまず大広間に戻ったら?」


「ええーーー! お姉様と離れるなんてイヤっ。この子たちはどっかにやるからそばにいさせてっ。」


「いや、ちょっと私が、ついていけない。何もかも、急すぎて。しばらく、私はここに、いるから、広間に戻って、飲み物とってき、てよ。その間、に頭の整理をする、からっ。」


 グィネヴィアに両肩をがっしり掴まれて、ゆっさゆっさと前後に振られながら、私はなんとか言い終える。グィネヴィアは目頭を押さえながら「本当に? 本当にここで待っててくれる?」と確認する。私は「本当本当。神に誓って。」と明らかにいい加減に答えた。わかった、とグイネヴィアは言うと暗闇に向かって「ベドビア」と短く呼んだ。


「これに。」


 一体今までどこにいたんだ。男が、グイネヴィアの足元に跪く。従者フットマンのスーツに身を包み、その顔は、5年前よりも確かに大人びていた。


「べ、ベディ!?」


「ビビアンお嬢様、ご無沙汰っす。」


「ベディ~。」


 懐かしい意地の悪い笑顔。切れ長の黒い瞳。私は、ベドビアに思わず抱きついた。ずっと気になっていた。ベドビアが館を出ていったその日のやりとりを、何度も思い返した。あれが、最後になってしまうなんて、思いたくなくて。


「お姉様……、私の時と扱いが違いすぎない?」


「ビビアンお嬢様、マジで、俺、られる5秒前なんで、離れぎみで頼んます。」


「よかった。元気にしてたのね。すごく嬉しい。」


 私は、ベドビアから離れ、目じりの涙を拭う。グィネヴィアは、口元を少し綻ばせると、すっとベドビアに顔を寄せた。


「少し離れる。ちゃんと守れよ。」


「命に代えましても。」


 そして「すぐに戻るからねっ」と私の手をもう一度握ると、ハーメルンの笛吹みたいに、お嬢様達をぞろぞろ引き連れて広間の方に戻っていく。うーん、確かに男らしい。


「……行く先が川底じゃないといいけど。」


「ビビアンお嬢様って、グイネヴィアお嬢様には辛辣っすよね。」


 まるで昔に戻ったみたい。私とベドビアは二人で顔を見合わせて笑った。








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