第10話 とりあえず、今の状況が分かりません。(その0)

 心臓がうるさい。


 外回廊に等間隔で整列する円柱に手をついて、私は深呼吸をした。たいした距離を移動したわけでもないのに、あまりの鼓動の高まりに、息が上がっている。


 それも無理はない。愛しいグィネヴィアの成長した姿を目の当たりにして、興奮せずにいられようか、いや、いられない!


(それにしてもきれいになったなぁ〜。)


 5年ぶりに会った妹の晴れ姿を思い出し、助平オヤジ…じゃなかった娘を溺愛する父親のように、私はニヤつく。


 感動的なシーンを何度でも楽しむべく、私は記憶を巻き戻して牛みたいに反芻することにした。だって、このドキドキが治るには当分時間がかかりそうだ。


 思い返してみると、舞踏会の始まりは最悪だった。


 なんといっても、ここキャメロットは私の家から遠すぎた。

 実家があるド田舎の村から、都であるキャメロットを目指して出立したのはまだ外も暗いうち。馬車に延々と揺られて、やっと都にたどり着いたのは昼過ぎだった。

そこからはまさかの舞踏会渋滞だ。さすがに国中の子女が集められているだけあって、城下町は大混雑。これでは最高の瞬間に間に合わないと心配になった私は馬車を降りて徒歩でお城に向かった。

 お城の麓に着いたら着いたで、身分のチェックや、手荷物検査、なんやかんやの手続きを済ませて、何重もの門を通り抜け、山かと思うほどの急勾配を徒歩で登り、豪奢な建物の中に入れたのは夕刻。広い城内をさらに延々と、溢れかえる紳士淑女の間を縫って歩き、大広間に着いた時にはもう、足がガクガクいっていた。


(つ、疲れた……。)


 どこかに座りたいと思っても、大広間に椅子などあるわけがなく、私は正面奥にある王座に座りたい気持ちを必死に我慢しなくてはならなかった。さらには……。


(目立っている。どちらかというと、悪目立ちしている。)


 王子様の元服祝い、しかもお妃探し(例えそれが出来レースだったもしても)とくれば、招待を受けた女の子達の熱の入りようは半端ない。誰も彼もが、今日の夜のためのドレス、靴、髪飾りで飾り立て、ピンクやライトブルー、ライムグリーンに、シルクホワイト、飴細工のような淡く美しい色が広間には溢れかえっている、というのに……


 なんでよりによってゴスっ!


 まーくんが夜なべして仕立てた(魔法は使わなかった)私のドレスは、なぜか繊細なレースと大きなリボンに縁取られた総黒のゴシックドレスだった。その上に(これは私の役柄上致し方がないのだけれど)、黒のベールで顔を覆っているとなれば、これはもう、遅めの思春期でなにもかもが面白くないか、世間の固定概念というものをぶち壊してやろうと思っているか、悪魔崇拝的な何かにハマっているか、いずれにしても場違いな格好をした痛いヤツと思われても文句は言えない。


 これは設定盛り過ぎだ。こんなキャラ立ちはいらない。しかし、まーくんがあんまり一生懸命に作ってくれたから(しかもその出来がゴスドレスという意味ではあんまり見事だったから)、今更苦情を言うわけにもいかず、流れで、まぁなんとかなるよね的に諾々と着込んできてしまったのだ。


 なんとかなるわけなかった。浮いてる。このおめでたい華やかな場から絶妙な感じで浮いてる。


 お嬢様達からの冷たい視線が痛い。私は壁と柱の間に引っ込んで、身を縮こませた。


 少し落ち着いて改めてあたりを見回し、私はほうっとため息をついた。これだけの人数が入ってもなお適度な余剰のある広間は、床から柱までマーブルの大理石で覆われ、高くドーム型になった天井からはクリスタルのシャンデリアがたわわな果実のように垂れ下がって無数のロウソクの光を反射している。


 広間の入り口には白いカツラをかぶったお城の召使がいて、次々と運び込まれる長巻紙に書かれた招待客の名前をひたすら読み上げていた。

 招待客の中にはちらほら紳士もいるものの、圧倒的に女子率が高く、彼女達のさざめく声がこの空間を満たしている。


(グィネヴィアはどこだろう?)


 私は、きょろきょろとあたりを見回した。こんなにたくさんの人がいてはうまく会えない可能性もあったが、私は全く心配していなかった。どんな人込みの中にいても、妹だけは見つけ出す自信があったからだ。


 ふいに静かになり、けたたましくラッパが吹き鳴らされる。白いカツラの召使が数人走り出てきて、入口から王座まで赤い絨毯を敷き詰めていく。いよいよ王族の入場だ。

 王子を一目見ようと皆じりじりと前に詰め寄る。そのせいか王座への通路を挟んだ両側の人口密度が急に上がり、壁と柱の間にいる私の位置からは、人の群れの隙間から、王子とおぼしき人の体の一部が垣間見えるだけだ。


 王族のために用意された立派なビロード張りの肘掛け椅子は、広間の床より少し高いところに設置してある。部屋の奥まで歩いていった王子がその段を上ったので、私からでも遠くにいるパーシヴァルが見えた。背が伸びて、その面差しが一層精悍になった彼は、眩しいほど完璧な王子様だった。

 五年前、短期間とはいえ近くで他愛ない時間を過ごしたことが、現実ではなく、私の妄想だったのではないかと思えるほど、私とパーシヴァルの距離は遠かった。

 パーシヴァルは静まり返る広間をゆっくりと見回すと、参集に対する礼を言い、いずれも楽しんで過ごすようにと短く挨拶をした。まだ王位を継いでいないとは思えぬほどの、堂々とした所作と発言に一堂が圧倒されているのがわかる。いつのまにか、私は、他の招待客と一緒になって、元服を迎える王子を賛美し、喝采を贈っていた。


 最高潮に高まる熱気、いよいよ舞踏会の始まりかという瞬間、迷い込んだ蝶のように、広間に現れた少女がいた。


 今しがた王子が踏んだ赤い絨毯の道の先端に立ち、息を弾ませる。大広間にいた全員の視線が一斉に彼女に注がれた。中には、そのKYさに、あからさまに眉をひそめている者も多い。


 パーシヴァルがふっと笑みをこぼし、美しい闖入者に声をかける。


「随分遅いご到着だな、グイネヴィア姫。一体なにをしていたんだ?」


 彼女は、最高級のドレスの裾を優雅に摘まみ、完璧な所作でお辞儀をすると、顔を上げて史上最強の微笑みを浮かべた。


「少し、寝坊しましたの。」


 き、キタ―――――――――――――っ!

 私が、心の中で絶叫したことは言うまでもない。

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