第9話 お城から舞踏会の招待状が届きました。

拝啓 春宵一刻千金の候、お父さん、お母さんにおかれましては、いかがお過ごしですか? 私は、日々研鑽を積み、元気にやっています。

 ちょっと事情がありまして、ここ5年ほど家の外に出ていませんが、こちらの家の敷地はとーっても広いので、全く無問題モーマンタイです。ガーデンで野菜を育ててみたり、厩舎で馬の世話をしたり、図書室で本を読んだり、こちらの世界のヒッキーはずいぶんのびのびと生活しています。

 とはいえ、快適な引きこもり生活も終わりを告げそうで、今日は、そのご報告です。なんと、お城から舞踏会の招待状が届きました。


「ここに来る途中、郵便配達人に会ったよ。」


 春の野菜を籠いっぱいに収穫して館に向かう途中、まーくんがぶらぶらと丘を上がってくるのに出会った。手には、封筒を紐で束ねたものを持っている。


「本当に唐突に現れるわね。何年ぶり?」


「さぁ、ついこの間来たと思うけど。そんなこと、いちいち覚えてられない。」


 私が重い籠を持っているというのに、まーくんは手伝ってくれようともしない。紳士的な助けは諦めて、私は籠を担ぎ直すと正面玄関に向かう。後ろをまーくんがついてくる。


「ところでさ、ずっと不思議だったんだけど、なんだってユーサーの奴はこんなド田舎に住んでいるわけ?」


 まーくんは、この家の主人を呼び捨てにする。お父様は、今でこそ、こんなド田舎(って私もそう思う)に引っ込んでいるけれど、その昔は首都キャメロットの中枢で、王の補佐をしていたはずだ。それをユーサー呼ばわりとは、まーくんのフリーダムさにはほとほと頭が下がる。


「知らない。きれいな空気が吸いたかったんじゃない?」


 そのユーサー=ペンドラゴンは、私が物心ついたときからこのド田舎にいて、中の下くらいの小領主として、悠々自適に過ごしている。最近の流行りは、お母様と二人でやるクロッケー、いわゆるゲートボールだ。といってもメンバーはいつも同じ二人(私が入って三人)しかいないわけだから、ゲーム展開も似たり寄ったりで、毎日毎日飽きずにプレイする理由がよく分からない。


 私は、厨房にある木の調理台の上に籠をどさりと置いた。お皿を持ってきて、芽キャベツは今夜の夕食に、インゲンは明日の朝食にと振り分けていく。丹精込めて育てた春の野菜たちは、深い緑色でとても美味しそうだ。私はほくほくとする。


「今般我が君の元服祝賀舞踏会を催す。王国に属するなべての子女は城に参集されたし……なにこれ、具体的な名称が一個も書かれてないんだけど。予告状かなにか?」


 まーくんが、行儀悪く台に腰掛けて、今届いたばかりの郵便物を読み上げる。


「ちょっと、まーくん、勝手に封を開けたらだめじゃない。誰宛て?」


「あて名は……ないね。ここに来るところでばったり会った郵便配達人から押し付けられた。」


「何それ。誰宛ての郵便か言わずに渡されたわけ?」


 というわけでもないんだけど、といいながら、まーくんは顎に手をやって「うーん」と記憶を辿るような素振りをする。つい数分前のことを思い出すのに、そんなに大げさな仕草が必要なのか?


「えーとね、正確に再現すると『このお館って、確かお譲様がいましたよねっ? 金髪で金色の目をした、めちゃ尊い感じのっ』と言って郵便屋が困ってたから、いますよ、ただのクソガキですけど、って教えてあげたら『年齢にかかわらず、全てのお嬢様に届けるよう命令されてるんでっ、必ず渡してくださいねっ! 必ずですよっ! じゃ、急いでるんでっ!』って押し付けられた。だから……。」


「まんまグィネヴィア宛てじゃん。って、もうグィンは5年も前に家を出てってるけど……。」


「そうなの? いないことに全然気づかなかった……、あいつって存在感薄いよね。」


「……そんなこと言うのはまーくんだけだよ。ちょっと見せて。」


 埒が明かない。私は野菜から離れ、まーくんの手から手紙を取り上げた。

 確かに封筒の宛名には「王国に属する並ての子女各位」としか書かれていない。ダイレクトメールか? にしては、ウォーターマークの入ったかなり質の良い紙が使われているし……私は、窓から差し込む光に紙を透かしてみて、ぎょっとする。このドラゴンのマークは……もしかして、いや、もしかしなくても。さらに、封筒に貼り付けられた封蝋の紋章を見て、疑いが確信に変わる。

 深紅の封蝋に押されているのは、パーシーの指輪にあった紋章、つまり、現王の紋章だ。


「まーくん……、これ、王宮からの招待状だよ。」


「ゲッ。」


 なんで「ゲッ」……? まーくんは、あからさまに嫌そうな顔をする。にしても、私だって「王国に属する並ての子女」の端くれなのに、なぜ私宛には招待状が届かなかったのだろう? と考えて思い当たる。私はすでに19歳にもなるのに、ここ何年間も引きこもり生活を続けていたせいで、社交界どころか外の社会と一切縁が無い。つまり、「王国に属する並ての子女」として公に認識されていないわけだ。


(なるほど……って、納得している場合じゃなかった。危ないところだった~。間違って招待状が届かなかったら、グィンが「湖の乙女」に選ばれる瞬間を見逃すところだった!)


「湖の乙女って何?」


 ついでにお父様やお母様宛ての郵便物もどんどん開封して読み始めているまーくんが、手紙に目を落としながら尋ねる。


「まーくんたら、知らないの? この国では、建国の伝説に由来してお妃様のことを「湖の乙女」もしくは「剣の乙女」って呼ぶんだよ。まぁ、タイトルっていうか、称号みたいなものかな。その伝説っていうのもロマンチックなんだよねー、ふふふ、知りたい?」


 暇に飽かせて図書室の本を読んで勉強したのだ。もの知らずのまーくんに教えてやるのは気分がいい。私は、テーブルに寄り掛かって勿体ぶった。


「いや、別にいいや。」まーくんは、手紙から顔を上げもしない。


「……興味がないなら聞かないでよ。えーっと、期日は来月っ? 大変、ドレスの準備しなきゃ。久しぶりにグィンに会えるのに、こんな格好じゃ恥ずかしいっ。」


「誰に会うのも恥ずかしいよ。それってほとんど野良着だよね。いくら引きこもりだからって、リラックスしすぎなんじゃない?」


「うるさいよ、そこ。あ、そうだ! ねぇ、まーくん♥」


 私は、くるりとまわって、まーくんにすり寄る。


「何? 急にすり寄ってこないでよ、気持ち悪いな……。」


 本当に気持ち悪そうに、まーくんが顔をしかめる。めげずに、なおも私は、まーくんに顔を近づける。すっかり大人になった私と彼の背丈は、頭一つも違わない。


「私、ずっと家にいるし、あんまりお金持ってないんだよね。ここら辺じゃイケてるお店もないし。だから、ドレス、魔法で出してほしいな!」


「ゲッ。」


 本日二度目の「ゲッ」だ。長い付き合いだというのに、冷たすぎはしないか。


「お願いお願いお願ーい! だってだって、グィンに会うの本当に久しぶりなんだよ! しかもお城に行くんだよっ! 素敵なドレスが着たいよーっ!」


 わーん、と私は駄々をこねる。


「いやだね。僕はそんなにお安くない。」


「わかった! カツ丼を奢るよっ、これでどうっ?」


「のったっ!」


 この5年間、暇に飽かせて稲作にも取り組んでいて本当に良かった。私は心からそう思った。




 




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