第4話 こちらで新しい友達ができました。

 拝啓 炎暑といわれる季節になりました。お父さん、お母さん、お元気ですか? 私は元気です。

 そうそう、こちらで新しい友達ができました。私のお気に入りの秘密の場所のことは話しましたよね。あまり他の人は来ない穴場なのですが、友達とはそこで偶然に出会ったのです。


「なんて美味しそうなの…。」


 ベドビアが持たせてくれたナプキンの包みをほどくと、中からナポレオンパイが出てきた。突っ返すごとに改良が加えられ、グィネヴィアのお菓子作りの腕前は近頃玄人の域に達しつつある。


 今日のお菓子は壊れやすいミルフィーユ仕立てなので、さすがの私も叩き落とすことが出来なかった。その代わりお皿も無事だったのだが。

「とにかく…そんなものいらないのよっ。パイをそのティーテーブルに置いたら出てってちょうだい!」とは、我ながら支離滅裂で、ただのヒステリーでしかない。悪役令嬢というのとは、なんか違う気がする。


 いつものように私たちのやりとりを部屋の隅で見守っていたベドビアは、つかつかと近づいてきたかと思うと、私の手に本を一冊握らせて「っす。」と言って去って行った。


 私はナポレオンパイのカケラを口に含みながら、『咄嗟に役に立つ! フレーズで覚える罵詈雑言』をペラリとめくった。


 森の奥はシンとして静かで、鳥の鳴き声さえ聞こえない。湖のまわりはひんやりとしていて、グィネヴィアにひどい言葉を投げつけた罪悪感と嫌悪感もおさまっていくような気がした。

 そんな次第で、グィネヴィアに意地悪をした後はたいてい、お菓子を持って館を抜け出すのが私の日課になっていた。


「そのお菓子、私にもくれないか?」


「パーシー! 」


 私は本をスカートのひだの中に隠して振り返る。そこには乗馬服を着た少年がニヒルな微笑みを浮かべて立っていた。その右手の小指には美しいオニキスの指輪が光っている。


「こんなところで会うとは偶然だな、ビビ。」


「ホント。あなた忙しいって言ってたけど、意外と暇なのね。」


「そういうわけじゃないよ。色々やりくりして時間を作っている。君に偶然に会うために。」


 パーシーは鷹揚おうように答えながら私の横に腰掛ける。綺麗な服を着ているので、地べたに直接座られるとこちらがハラハラしてしまうが、本人はいたって無頓着だ。


「まだ『どうぞ』ってすすめてないけど。」


「必要ない。私が座りたいと思ったところが私の席だから。」


「あっそ。私が平民だと思って馬鹿してるのね。そういうのよくないと思うわ。」


 私はベールも外し、服も平服に着替えている。パーシーは私のことを町のお菓子屋の娘だと思い込んでいるのだ。


「関係ないよ。平民の前だろうと、貴族の前だろうと、私が望めばそこが私の椅子だ。たとえそれが君の膝だったとしてもな。」


「えっ、パーシー、私の膝に座りたいの!?」


 私は今口に含んだばかりのパイを吐き出しそうになる。


「言葉の綾だったけど、まぁ、君さえよければそれでも構わない。君の膝は柔らかそうだし。」


 パーシーが私の膝にポンと手を置く。「ひゃあ」と言って大げさにる私を見て、パーシーは笑いだした。


「やっぱり馬鹿にしてるでしょ。そういうの、本当によくないと思う。」


 私は小さい声でもぞもぞ苦情を言う。顔が熱い。見た目には赤くなっていないといいのだが望み薄だ。パーシーの顔がまともに見れない。彼は、誰かを思い出させる。どこかで会ったことがある誰かを。


「そんなことはない。君が面白いから、ついちょっかいを出したくなる。好きな子はいじめてしまう、よく言うだろ?」


「いいえ、よくは言わないわね。好きな子はとびきり大事にしたくなる、の誤りだと思う。」


「そうか? 初めて聞いた。今後は選択肢に入れよう。」


「是非そうしてください。」


 そうしている合間に、パーシーはナプキンの上のパイを手ですくい取って大きな塊を口に入れてしまう。


「うまいっ!」


 口いっぱいにお菓子を頬張っていると、いつも泰然としているパーシーも年相応に見えるから不思議だ。大人のように振舞っているが、背丈は私と同じくらいだし、パーシーは少なくとも成人はしていないだろう。


「ほとんど全部食べたわね? 私の大事なナポレオンパイを。」


「別にいいだろう? 私はもうすぐ誕生日だ。誕生日プレゼントだと思えばいい。ありがたく受け取るよ。」


「えっ? いくつになるの?」


「15歳。」


「同い年っ! ふっ……。」


「気になるな。なんだ、その『ふっ』というのは。」


「いやいやいや。」


「構わないと言っている。続きを言えよ。」


 パーシーがすごむ。ロシアンブルーみたいな高貴さをまとうパーシーに迫られると、私は逆らうことができない。


「…ふけてる。」


「そうか、君はお仕置きを望んでいると。それならそうと言ってくれたらいいのに。」


「わぁっ。」


 ガバリとパーシーが私に襲いかかる。芝生の中に引き倒されて、弱いところをこそばされ、私は高く笑い声を上げた。似合わない天真爛漫な笑顔を見せるパーシーを見上げながら私は思う。


 あぁ、このまま、時間が止まったらいいのに。何も知らず、何も気づかず、無邪気で無責任な子供のまま…。


「なにやってるんですか?」


 私にほぼ馬乗りになっているパーシーの上から、ひょっこりと鳶色とびいろの頭が覗き込んだ。

 パーシーは、パッとわたしから離れ、体についた草を払う仕草をしてから立ち上がって、赤毛の男と向き合う。彼は背が高いので、自然とパーシーは男を見上げる形になっていて、なんだかおかしい。


「遊んでいたんだ。ランス、私はお前をいつもランスと呼んでいるよな? ランス。」


「はぁ、そうでしたっけ。それで一体、女の子を押し倒して何の遊びをしていたんですか? そんな遊びなら俺だって混ざりたいんですけど。デン……。」


「でんでん虫。」


「え? カタツムリのことですか? 」


「そうだ、お前の足元にいるぞ。これから、お前にこのお嬢さんを紹介する。」


「え? なんか唐突じゃないですか? デン……。」


「でんでん虫がいると言っただろう。どうにかしろよ。さて、ビビ、こちらの冴えない格好をしたデクの坊は通りかかりの知人でランスという。ランス、こちらのお嬢さんはビビだ。極めて良質な菓子を提供している菓子屋の娘さんだ。そして私はパーシー、ランスも私をパーシーと呼んでいいぞ。さ、挨拶しろ、ランス。」


「俺、ランス! ビビ、仲良くしような!」


「私が仕向けたことだが、なんか、泣きたくなるほど馬鹿っぽいな。」


「あ、これはどうも。ビビです。」


 ランスがにこやかに握手を求めて右手を差し出す。女性に対して普通握手は申し込まないが、なんとなく引き込まれて、私もランスの大きな手を握り返した。


「あれ? 俺たち前に会ったことない?」


 ところが、私の手をがっしりと握ったままランスが顔を近づけてきた。

 ランスは飾り気のない麻のシャツに、ズボン、乗馬用のブーツという出で立ちで、赤毛にエメラルドグリーンの瞳が、彼をカラフルに人懐こく見せていた。こんな派手な人は一度見たら忘れないはずだ。


「多分、ないと思います…。」


「えー、絶対にどこかで会ったって。」


 なんとか手を振りほどこうとするが、見かけ通り力が強い。好奇心の圧に耐えかねて、私はパーシーの方を見て助けを求める。


「下手なナンパは今すぐ止めろ、ランス。それからビビはまだ14歳だ。つまりお前のしようとしていることは犯罪だ。」


「えっ、もしかして、デンじゃなくてパーシー、それってヤキモチ…。」


「決めた。お前、今すぐ豆腐の角に頭ぶつけて死ね。一度どうやるのか見てみたかったんだ。」


「無茶言わないでくださいよー。あ、帰るんですか?」


 機嫌を損ねたのか、パーシーはすでにこちらに背を向けてずんずん森の外へ歩き始めている。ランスは私に「じゃあね」と短く声をかけると、パーシーのあとを追う。呆気にとられて二人の後姿を見送っていると、大分先の方でパーシーがこちらを振り返った。


「ビビ、またここで、偶然に会おう。」


「わかったー。」私は答える。


「ビビ、またなー!」


 パーシーに手を振ると、なぜかランスがニコニコしながら大きく手を振り返した。


(ランスって大型犬みたい。それにしても、随分重そうなもの担いでるのね。)


 その背には、交差した二本の大剣があった。











































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