第3話 計画が遅々として進まないのです。

 拝啓 水遊びが楽しい季節になりました。水遊びといえば、最近素敵なスポットを見つけました。近くの森の奥にある湖なのですが、水がとても澄んでいて、まるで絵葉書みたいにきれいな場所です。お父さんとお母さんにも見せてあげたい。

 お元気ですか? 私は、近頃、少し落ち込んでいます。なぜって…、計画が遅々として進まないのです。


「ビビ、またマドレーヌを焼いてみたの。よかったら一緒に……。」


 私は手を振って、グィネヴィアから差し出された菓子皿を叩き落とした。お皿は派手な音を立てて砕け散り、綺麗に盛りつけられていたマドレーヌが床に転がる。

 ピンポン、私の頭の中で正解音が鳴る。


「そういうの、うんざりなのよ。そもそも、あなたの作ったお菓子なんて、不味まずくて食べられたもんじゃないわ。」


 グィネヴィアが反射的に転がったお菓子を拾うために屈み込む。私はすかさず足を出して、その小さな手が届く寸前で床のマドレーヌを踏み潰す(ふりをする)。

 ピンポンっ、ピンポンっ!


「それから、私のことを馴れ馴れしく呼ぶのもやめて。本当の家族でもないくせに、虫唾が走るの。」


 チャラララッタラー、とうとうご褒美メロディが鳴る。

 言い切った。今日こそやってやった。偉いぞ、ビビアン。私は自分を褒め称える。


 グィネヴィアは屈み込んだまましばらく黙っていたが、やがて急に立ち上がった。


 「お姉様」と、真剣な目で見上げられ、私はたじろぐ。ちなみにグィネヴィアの頭は私の腰の上くらいだ。


「な、なによ。お皿を割ったのは謝るわよ。」


 はい、減点。ブーという残念音が鳴る。


「ううん、お姉様の言う通り、マンネリだったわ。今度は甘くないの作るね? ミートパイなんてどうかしら?」


 硬い表情を一変させて、グィネヴィアがニッコリと笑う。眩しすぎて、逆に怖い。


「わ、悪くないんじゃない?」


 ブッブー。さらに鳴り響く残念音。


「やった! じゃ、早速レシピ調べてみるね!」


「いや、だから、うんざりっていうのは、そういう意味じゃなくて…。」


 可愛らしい足音を立てて去っていくグィネヴィアの後ろ姿を見ながら、私はいきどころのなくなった手をゆっくりと下ろした。

 頭の中では、手に入りかけたトロフィーがダンダダダーンという残念メロディをバックに回収されていく。


「ビビアンお嬢様、めっちゃいまいちっす。」


 箒とちりとりを持ってスタンバイしてくれていたベドビアが、容赦のない感想を述べる。従者フットマンの制服を寸分の隙なく着こなして超然としているベドビアに差し込まれると、いたたまれない気持ちが倍増だ。それにしても、前から不思議に思っていたのだが、ザ・執事みたいな見かけをしているくせに、部活のやる気のない後輩みたいな口調はどこからくるんだろう。


「うん、ありがとう、ベディ。そういう正直なところ、とっても好き。あ、ガラスの破片は危ないから、私がやるわ。」


 私は視界の邪魔になる顔のベールをたくし上げてから、箒とちりとりを受け取り、すごすごと割れた皿を片付け始める。


「お菓子はどうすんの?」


 私の答えが分かっているように、ベドビアがマドレーヌを拾い、破片が付かないようにナプキンで叩いてくれる。


「包んでおいてくれる? あとで食べるから。あ、その踏んづけかけたマドレーヌも捨てないで。寸止めしたから、ほとんど汚れてないはず。というか、ベディはなぜにタメ口?」


「あ、他ではちゃんと気を付けてるんで、心配無用ってことで。」


「え? グィンにも?」


「あー、グイネヴィアお嬢様は、なんかアレなんで。はい。」


「てことは、まさか私だけ……。」


「っすね。」


「………。」


 私は箒に寄りかかって窓の外を見やる。青い空に蝶々が舞っていて、まことにのどかな雰囲気だ。妹にはいじわるが通じない、使用人には舐められる。ほんと、どうしたらいいんだ。


「はぁ、またお皿代弁償しなくちゃ。」


「奥方様、この間、めっちゃ怒ってたっすからね。『今度やったらグィネヴィアじゃなくて、あんたを追い出すわよっ!』って恫喝してて、マジ怖かったっす。」


「はぁ……。」


「ビビアンお嬢様、アレです。なんか…、頑張れ。」


 ベドビアは性格はかなり残念だけど、黒髪を後ろにピッタリ撫でつけた、この世界には珍しい東洋系の美青年だ。例えそれが、口から出まかせの、全く心のこもっていない、言わない方がましな慰めだったとしても、悪い気はしない。

 とりあえず、私は弱々しく微笑んでガッツポーズをした。


















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