悪役令嬢は、なぜかヒロイン(男)に迫られています。

ジーキル

第1話 とりあえず、今の状況が分かりません。(その2)

 拝啓 風薫る季節となりました。お父さん、お母さん、お元気ですか? 

 私は、なんやかんや、元気に暮らしています。こちらは、関西と違って自然は多いし、建物はヨーロッパみたいにきれいで立派だし(ヨーロッパには行ったことはありませんが)、会う人会う人美しく、美形しかこの世にいないのか、と思うほどです(私以外(汗))。食べ物は、まぁ……思うところはありますが、おいしいのだと思います。

 ただ、目下大きな問題があります。とりあえず、今の状況がわかりません。


「なに、遠くを見てるのよ。」


「あ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてた。」


「この状況でぼんやりって、お姉様……今、自分が置かれている状況わかってるの?」


 私は、視線を前に戻し、整った顔をしげしげと眺める。不機嫌そうに寄った眉毛は黄金色で、髪の色も秋の稲穂のような濃い金色。瞳は、さらに透明度を濃くしたような、なんていうんだろう、そう、琥珀色だ。宝石なんてものを持つような年じゃないから、よく分からないけど、宝石で何が好きかと問われれば、私は琥珀石が好きだった。べっこう飴みたいで、やわらかそうで、中に秘密をたたえている。しみも、そばかすも、ニキビも、傷ひとつない陶器のような小さい顔の上に、かわいらしい唇と、少し上を向いた鼻と、意思の強そうな色の薄い瞳が乗っている。ハリウッドの子役や女優さんだって、こんなにきれいな顔はしていないだろう。私は、この顔が大好きだったし、ひそかに自慢だった。


 とはいえ、近すぎはしないか?


 私はぱちくりと瞬きをする。私の鼻と、かわいらしい陶器でできた鼻との間の距離は、約…約すまでもないか、1センチとない。となると、いくら姉妹とはいえ、その距離は近すぎるわけで。

 宮殿の端っこ(正確に言うと、舞踏会が催されていた大広間から庭に出てすぐの柱の陰)で、私は、金色に輝く美少女に迫られるように柱に押し付けられている。大広間からは、お城付きの楽隊が奏でる優雅な円舞曲が聞こえてくる。


「全然わからないわ。私は、どうしてこんな状況に陥っているの?」


 はあーつ、と気合を入れたのかと思うくらいはっきりと、美少女は大きい大きいため息をついた。やや距離が離れたのはその一瞬だけで、すぐに鼻先1センチのところに顔が戻ってくる。なんとなく息苦しいからやめてほしい。私は、無駄であることは分かっていても、少しでも距離を作ろうと、背にしている大理石の柱に後頭部を押し付けた。


「だから、私のこと、覚えてるわよね?」


「勿論、そんなぞんざいな話し方をしているところを見たのは初めてだけど……グイネヴィアでしょう?」


「そうっ。あなたの妹のグイネヴィアっ。それが5年ぶりの再会だっていうのに、冷たくない?」


 ああ、先ほど、舞踏会で無視して通り過ぎたことを怒っているのか、と思い当たる。とはいえ、それは仕方がない。それが私に与えられた役割だし、妹のためにできる精一杯のことなのだから。


「冷たいと言われたって、私はあなたなんて妹ともなんとも思ってないもの。あなたはただのお邪魔な虫けらさん。虫けらに挨拶する人なんているのかしら?」


 今のはなかなか気の利いたセリフだった。私は心のなかでほくそ笑む。

 それにしても、グイネヴィアに壁ドンされた状態で、鼻先1センチの至近距離で話しても、あまり迫力がない気がする。できれば、転んだグイネヴィアのドレスの裾かなんかを踏みつけて、黒扇子を口元にやりながら、冷たく見下ろして言い放つのが最適じゃなかろうか。私は記憶にあるスチルを手繰って、そんなシーンがなかったか考えを巡らせる。


「あのね……、はぁ、なんか疲れてきた。だから、もうそんなする必要ないんだって。私は、もう隠れる気なんてない。ここへは、パーシヴァルを倒して王位を継ぐために戻ってきたんだから。」


「はぁ? なんでよ。」


 私は思いっきり顔をしかめた。といっても、私の顔一面には黒の細かいレースのベールがかぶせてあるので、グイネヴィアには私の表情は分からないだろう。とにかく、いまの一言は聞き捨てならない。グイネヴィアは、パーシヴァルと「結ばれる」のだ。パーシヴァルを「倒す」のでは決してない。断固ない。


「パーシヴァル様は、今夜『湖の乙女』であるあなたを見初めたのよ? あなたは、この国のお妃になるの。」


「だって、お妃なんてなれないもん。」


 グイネヴィアは「だって、無理なものは無理なんだもん」という具合に憮然と言い放つ。お子様かっての。


「なんで。」


 私も負けじと憮然と言い返す。「試してみなけりゃわからないじゃない」という風に。


「だって、私……」


 グイネヴィアはふいに私の手をとると、自分の胸元に持っていく。そこはふんわりと盛り上がってい……なかった。ペタリとした、まさに「洗濯板」又は「壁」というにふさわしい手触りに私は愕然とする。


「グイネヴィア、……まさか、まともに食べていないの?」


 女の子の第二次成長期を何と思っているのか。いや、そうでなくとも、私の愛する妹に、ひもじい思いをさせるとは、許すまじ。私は、グイネヴィアを預けた先であるロンメンタール家に殴り込みに行くことを心に決める。あいつら、メッタンメッタンのギッタンギッタンにしてやる。


「じゃなくて、背は伸びてるでしょっ。ドレスだって、お姉様のより高級品だし。」


「それはそうね。」


 たしかに、グイネヴィアは、よほど高い靴を履いているのか、私より頭ひとつ大きく、私と視線をあわせるために先ほどから大分無理な姿勢をしているようだ。グイネヴィアが着ている黄色のサテンのドレスも、錦糸で形どられた花と、真珠、そして同色のリボンでセンス良く彩られたもので、かなりの高級品とわかる。


「ん? ということは?」


「相変わらずぼーっとしてるわね、お姉様。まぁ、そういうところも可愛いんだけど。」


 グイネヴィアが柔らかく微笑わらって、その顔に私が見惚みとれている間に顔のベールを上げてしまう。覆っていたものがなくなり、私は途端に心許なくなる。そうでなくとも、この顔は、グイネヴィアにだけは見せたくないのだ。


「ちょっと、勝手にはずさないで。」


「こんなので覆っても、お姉様の美しさは隠せないわよ。」


 慌ててベールを戻そうとする手をやんわりと押しのけられ、その流れで耳から頬を両手で挟まれる。あら、この子、手も大分大きくなったみたい、と思っているうちに、顔を持ち上げられて自然と私はつま先立ちになった。


「ビビアン、会いたかった。」


 耳に心地よくとろけるハスキーな声が届いたのは、口づけをされたのと同時だった。


「……………………」


「……………………」


「……………………っつ!」


 さすがに苦しい。私は死に物狂いで顔を離すと、ぷはーっと息をしてから上を見上げた。足元がよろけて、背中の柱に体を寄せる。前に立ちはだかった妹は、ぺろりとバラの花びらのような唇の端をなめると、にやりと笑った。


 いや、そもそも「妹」なのか?


 私の顔に重なった掌の感触。引き寄せられた胸板の厚さ。抱きしめられる力の強さ、それは、正直なところあまり経験がないので確定的なことはいえないが、多分……


「そう、私、男の子なの。だから、お妃にはなれないのよ。」


 男……? 乙ゲーのヒロインなのに? それって何かの流行り? っていうか、悪役令嬢としての私の今までの苦労は………?


 ああ、庭園に咲き誇る薔薇がきれい。ぐるりと回転する視界に映るすべてがキラキラと輝いて見える。大好きなグイネヴィアも、星が瞬く群青の空も、きらびやかな明かりが漏れる純白の宮殿も。グイネヴィアの温かい腕が斜めになった私の背中に回って、琥珀色の瞳が心配そうに揺れる。


 (くそー、私だって死ぬほど会いたかったわい。)


 私の意識はそこでぷっつりと途切れた。


 






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