恋せぬ賢者⑦

 初代と対面するようにカウンター席へと座る。事情を聞いた辰村嬢も残りたがったが、彼の手によって追い払われている。現在において店内にいるのは私達二人だけであった。

 飲みたいものを問われて困惑する。

 白状してしまうとカクテルについては門外漢である。品書きにある酒がどのようなモノかてんで理解できない。いつも適当な品名を答えては予想した味が出てこないのだ。最終的には飲みなれた麦酒を頼んでしまうことが多いが、これもいい機会だと私の煩悶をそのまま伝えてみた。すると「そんなもんでしょう」と返されたのみであった。そんなものらしい。

 その無骨な態度にもしかしたら気難しい人物なのかと身構える。だが私があれもこれもとカクテルの知識について尋ねても簡潔だがしっかりと答えてくれた。どうやら気性として愛嬌がないだけで不親切というわけではないようだ。

 初代の名は卯野善之助といった。

 辰村嬢とは性が違うが、どうやら母方の祖父にあたるようだった。

 しばらくはカクテルについて談義を続けて会話を楽しんでいたが、ふと話は本題へと入っていく。


「孫のおふざけにつきあってもらって悪かったね」

「いえ。私も楽しんでおりますから」

「そう言ってもらえると助かるが、手に負えなくなったら遠慮なく言ってくれ。あれで成人しているってんだから世も末だよ」

「彼女はしっかりしていると思いますよ。確かに生徒達と年齢はそうかわりませんが、ここだけの話、雲泥の差です」

「そういえば学校の先生をしているんだったか。そんな人にお墨付きをもらえるのだったら、あれで捨てたもんじゃないのかもしれんな」


 その言葉ぶりに苦笑する。職業柄、色んな家庭の保護者と接する機会があるが、彼の態度からは孫娘への愛情が充分に感じられる。言葉とは裏腹に孫娘が誇らしくて仕方ないのだろう。

 どうやらじい様なりに孫娘の心配をしている様子である。私はそんな初代の心持ちに好感を覚えた。そしてこの人ならば先の問題をどのように見るだろうと気になった。


「あなたなら、どのように振舞いますか?」

「と言いますと」

「あの三人の悩める男たちについてです」


 問われた初代は「ふむ」と考えをまとめるように口を閉じる。待つことも束の間に、彼は大したことではないという風に答えを返してきた。


「好きにさせてやるのがいいでしょう。彼らの恋なのですから、他ならぬ自分の望むままに行動させるのが一番ですな」

「しかし困窮しているのなら、助けてやりたいと思うのが人情ではないですか?」


 初代の返答に突き放すような調子を感じ取って食い下がる。


「安田先生はどうして『好きだ』と告白することをおススメしたのです?」

「と申しますと」

「あなたがお三方に初めに提案したことです」


 今度は初代からの質問に私が黙考することになる。どうしてかと問われても思いつきの戯言であったのだが、考えてみると確かに、そこに漠然とした根拠があったことに気がついた。それを形にしてから口を開く。


「彼らにはどこかしら、諦念じみた感情があるように思えたからですかね」


 決して自らには素敵な恋なぞ訪れはしないだろう。

 今更に四苦八苦しようとも結果はかわらないだろう。

 だからこそせめて最後の悪足掻きをして、この気持ちにケリをつけたい。

 彼らの口からそれを聞き取ったわけではない。全ては私の妄想である。しかしながらに、私は自らの直感に理由もない確信を得ていた。彼らもまた私の同類であると感じたのである。


「諦めているぐらいであれば当たって砕けろと思った次第です。『やってみなくちゃわからない』と言うのは不親身な第三者だからこそできる事柄ですが、感じてしまったからには仕方ないのです」

「あなたは中々に想像力豊かな人のようだ」


 初代はそう言って苦笑するも「じつは私も同意見なのですよ」と肯定を返してきた。


「彼らに真に必要なのは恋を成就させるための計略や算段などではなく、自らこそは世界の中心なのだという自負でしょうな。それぐらいの馬鹿さ加減を持たなければ上手くいくこともいきません」

「なるほど」


 恋をしたのであればそこは世界の中心である。

 たとえそこが場末の飲み屋であろうとも。

 私は初代の含蓄ある話に感銘を受ける。

 それからも私が質問をして初代が答えるという形で、有意義な時間は続いていく。彼は博識でそしてユーモアあふれる御仁であった。柔和な愛嬌こそないが、それ故に彼に独特な魅力を感じさせる。私は多くのことを教わった。初代も彼なりに楽しんでくれているように思う。


「私はあなたが出張ってくれればいいと思います。私など、とてもではないが力不足だ」

「それは――まいりますな」


 私が単刀直入に現役復帰する気はないのかと問うと、彼は難色を見せた。


「なにか事情がおありで?」

「そこまで深いものはございません」


 ということは少なくとも理由はあるということだ。しかし、それ以上については私も問いかけきれない。会って間もない人物に全てを語れというのは、いくら何でも無茶であろう。誉れ高き怪人ラブラビットの活躍を拝見することはかなわないようで残念である。


「そうですな、私でなくても安田先生であれば上手く立ち回れると思いますが」

「自信がありません」

「ではお教えいたしましょうか?」


 初代の言葉に目を丸くする。それは指南の提案である。つまりは名ばかりではなく、正統な指導を受けた二代目にならないかというお誘いである。それを受けて私の胸内にはムクムクとした好奇心が渦巻いていくのを感じた。そしてそうと気づいたときには二つ返事で「よろしくお願いします」と低頭していたのである。


「それでは具体的には何を修めれば、私は怪人たりえるのでしょう?」

「まずは宴会芸ですな」


 目下のところ何を目標にすればいいのか尋ねたら、意表な答えがあった。


「あのお三方のために大宴会を催すのでしょう。であれば場を盛り上げる芸は必須と言えます。なにそうでなくとも、そのような芸事を修めておくのは人生において損ではないものです。これが意外なことに」

「そんなものですか」


 人生の大先輩がおっしゃるからには納得するしかない。

 こうして私は初代ラブラビットの正式な弟子と相成った。

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