恋する馬鹿者⑧
世の中には稀に珍事というものが発生する。
ストリーキングなぞは茶飯事であるし、空から大金が舞い散ったことなぞ、何度起きたのか分からないぐらいだ。それを後世に伝え聞く者は総じて首を傾げることになる。何故にそのような事態になってしまったのかと。
私が直面したその珍事においても、どうして起きたのかは分からない。
ただ多くの人々を巻き込んで展開された、珍事中の珍事であることだけは断言できよう。
それは「あの日」において発生した。
よりにもよってである。
私は千鳥さんとのかけがえない逢瀬を夢見ていた。
私と彼女との間に運命の赤い糸というものがしっかりともやい結びされていることを、私は確信している。だが、それでも会って間もない男女である。私は彼女のことを理解しているわけではないし、彼女もまたそうである。だからこそのデートなのだ。彼女は一体どのようなことを好み喜ぶのか、どのようなことを忌避するのか、それを知りたい。そして私の気性というものを彼女にも理解して欲しい。
そのために方々へと手をまわした。
彼女と楽しめる娯楽を計画し、既に予約満席ばかりの夕餉の場をなんとか確保し、物事万事うまくいく可能性に備えてゆっくりと語り合える場所の目星をつけておく。そのように私が、微に入り細を穿ち念には念を入れ石橋を叩いて叩いて、ようやっと準備を調えた運命の日なのである。
それらが全て一つの珍事により、ちゃぶ台の如く返された。
私とて思い通りに事が運ぶなぞ、有り得ないとは理解している。予想外の問題に対処することも、それは男として一つの腕の見せ所なのだろう。しかし悔しくないと言えば嘘になろう。
悔し紛れに少しだけ発想を転換してみる。
珍事とは即ち珍しいことである。
それならばいっそ、奇跡と表現しても差し支えはないのかもしれない。
聖なる夜の奇跡。
なんとも響きの良いことだろう。
私とて、その語感に則した出来事が起きるのなら手放しで喜ぶに違いない。
しかし、それにしたってである。
こればかりは嘆かないわけにはいかない。
ああ、天よ。何がしたくてこのような試練を与えたまうたか。それとも、あなたの意図するところではないというのか、だとしたらこれは一体誰の仕業か。私はあの奇天烈でトンキチな奇跡を仕組んだものに一言物申したい気持ちである。しかし根拠なく責任転嫁ばかりするのはいただけない。ともすれば、これが私の運命なのかもしれないのだ。
全力をもって抗おう。
私は決意を胸に固める。
なにせ「社会の窓を開いた大勢の変態に追いまわされる夜」というのは、あんまりにもあんまりな話だ。
そんな運命ならば断固として御免こうむる。
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