第19話 名無しのバケモノ

「何故ここがわかった……!?」


 老人――比丘田は驚きに目を見開き、一歩後ずさった。それを見たウサギは、得意げに胸を張る。


「悪役がほざくセリフトップ5に入りそうな一言をありがとよ! オメェはオレら警察機関の仕事ぶりを舐めた……。敗因はそこだ!」

「ど、どういうことだ!」

「せっせとさらった彼の体には、追跡用チップが埋め込まれていたということだよ、御老体」


 ウサギを遮り、カメがずいと前に出た。そして、比丘田の足の下にいる青鳥に目をやる。


「勿論、倫理的に問題大アリなので本人には黙っていたがな。それが吉と出るとは、全く未来は分からんもんだ」

「オレ、そんなことされてたんですか……!?」

「そりゃ、IDを持たないワケの分からん人間をタダで警察に入れるはずないだろ。しばらくは監視をつけて然るべきだ」

「た、確かに」


 断言され、勢いで青鳥は納得してしまった。

 あっさりした返事に満足したカメは、部下のケアは終わったと判断してぐるりと施設内を見回した。


「しかしよくもこれだけの設備を用意できたな。……お、僕の姿が映ってるモニターもある。ということは、あれで青鳥君が見た光景を見ていたんだな。子を見守るのは親の役目というが、こればかりは過保護が過ぎるように思うね」

「撃滅機関め……! この期に及んで私の邪魔をする気か!」

「この期に及んで、じゃねぇよ! オメェがバカな事する限り永遠に邪魔するわ! 青鳥を離せ!」


 カメの後ろで、ウサギは長髪を揺らしながら息巻いた。その姿は、まるでいじめっ子のボスに隠れる子分である。


 ウサギの言葉を聞いた比丘田は、青鳥の頭に銃口を食い込ませた。


「こいつを渡すものか……! こいつを失ったら、私の理想の世界が遠退いてしまう!」

「知ったことかよ! かーえーせ! かーえーせ!」

「六十を超えたジジイが小学生のまねごととは頭が痛むな。……ところで科学者よ。貴殿の言う理想の世界とは、一体何なんだ?」


 罵るウサギと違って、カメは興味が湧いたようである。好奇心に、その瞳は光っていた。

 対する比丘田は、我が意を得たりとばかりに朗々と語り出す。


「理想……それはヒトが持つありのままの自我が受け入れられる世界のことだよ。本能に近い欲望をぶつけ合い、悪意の暴力で願いを貫き通す……。そこに、人間本来の輝きがあると私は確信しているんだ」

「ほう、自我をそう解釈するとはねぇ」

「そう、だからこそ私は、ある一つの欲望だけを持たせたクローン人間を作って解き放ち、それを叶えようと必死になる姿を見せつけてやったんだ。一人でも多くの人間が、私と同じ志に目覚めるようにね」

「ほうー」


 カメは、難しい顔で腕を組んでいる。その背中に隠れているウサギは、安全圏から野次を飛ばした。


「つまりお前の性癖はヤベェってことだな!」

「なんだと!?」

「だって実際ヤベェだろ! 必死になる人間見て興奮する上に、その為にわざわざクローン人間まで作るとか筋金入りの変態だわ! AV撮影全部身内でやるようなもんだろ!」

「エーブッ……!? わ、私の信念をバカにしおって!」

「ああ、うちのすっからかんがどうもすまんね。こらこらダメじゃないか、そういう事を言っちゃあ。……まあこちらは後でみっちり懲らしめておくとして……彼の言うことも、一理ある」


 カメは腕組みをしたまま、首を傾げた。


「実際どうなんだ? 比丘田氏よ。貴殿の志とやらに賛同してくれる者は現れたのか?」


 その問いに、比丘田は見下すような目をした。


「当然だよ。賛同者は、私がスリープから目覚める前からサポートをしてくれていたのだ」

「へぇ。にわかには信じがたいが、それが真実だとしたら彼は素晴らしい権威の持ち主と見えるね。なんせスリープに影響を及ぼせる者はそうそういるもんじゃない」

「勿論だとも。素晴らしい理想には素晴らしい従者がつくものだ」

「なるほど。してその従者とは、システム管理者か何かかね?」


 踏み込んだ質問に、比丘田の目が泳いだ。だがすぐ持ち直すと、尊大に返す。


「そこまで教えてやる義理は無いねぇ。とにかく、私はこの実験体を使って、完璧かつ強烈な願望を持ったクローン人間を作る。そしてそれを大量に人々の中に紛れ込ませるのだ! そうすれば、人は自我の無い自分自身を恥ずかしく思い、私の作ったクローンに憧れ模倣を始めることだろう……!」

 

 うっとりと両腕を広げる比丘田に、性懲りも無くウサギはカメの背後から顔を出した。そしてやはり、余計な感想を述べ始める。


「……しかしあれだな。あのID喪失者事件にそんな大層な背景があるなんて、オレ知らなかったよ」

「ようやく理解してくれたかい? 天才とは、得てして理解されないものだからねぇ」

「ああ、いやね? オレァてっきり、比丘田ってヤツは昔自分の研究が認められなかったのが悔しくて、暴れてるんだと思ってたんだ」


 その何気無い一言に、場の空気が凍りつく。比丘田の顔は、引き攣っていた。

 だが、ウサギは気づかない。


「ほら、自分の研究成果をお外で暴れさせてるわけだろ? こんなに上手にできてるのになんで認めてくれないんだーって、みんなに言いたいのかと思ってたんだ。……でもあれか、意外と事件も話題にはならなかったし、最後の方はクローン人間のツブがグズグズになってたし、言うほどあんま上手くできてなかっ……」

「ああああああああああ!!!!」


 比丘田が咆哮した。青鳥に突きつけられていた拳銃はウサギに向けられ、激情のままに発射される。しかし、その弾がウサギに届く前に、硬質化したカメの両腕で防がれた。


「……図星を突かれて、動揺したか?」


 カメは冷たく笑う。その目に、比丘田はたじろいだ。


「ああ、何が理想だ。何が自我だ。結局のところ、貴様は坊やのように自分の自由研究を人に見てもらいたかっただけなのだな。子供の欲望を、大人の頭で言い訳していたに過ぎないのだ。――自我が全て認められた世界が理想だと? 馬鹿馬鹿しい。ルールの中で自由にするから人に認められるんだ。ほら、己は自由だと叫びながら公道で脱糞する人間を何と呼ぶか知ってるか? ……バカな犯罪者と言うんだよ」


 拳銃を握りしめた比丘田は、カメの言葉に怒りで顔を赤くしていく。青鳥は、そんな創造主をじっと眺めていた。

 硬質化を解いたカメは、比丘田の様子など全く意に介さず大仰な手振りで言う。


「……ところで、この場所を突き止めるにあたり、一つ分かったことがあるんだ。ぜひ貴殿にも教授してやりたいんだが、構わんかね?」

「……なんだ」

「そう難しい話じゃない。単に、どうして急にあんな大量のクローン人間が現れたかという話だ」


 カメの舌は淀みなく、よく回る。


「見ての通り、この施設はそんなに広くはない。つまり、あまり多くのクローン人間のストックを置いておけない。だというのに、何故貴様は大量に未完成のクローンを作り、解き放ったか」

「……」

「――目くらましだな。警察をあちこちに散らばらせ、いざコトが起きた時にすぐ対処できなくさせる。恐らく当初の計画では、青鳥君をさらいに大人数で警察署を襲撃する予定だったのではないか? ところが青鳥君は忠義にも外に出てきた為、急遽別の作戦に変更した。遠隔操作できるクローンとそうでないクローンがいる仕組みは分からんが、そもそも構成の段階で違うのかもしれんな」


 チラリと、カメは施設内の機械を見た。推測が当たっているのか、比丘田はますます顔を赤くする。


「……青鳥君がさらわれた所で、警察は大量のクローンを相手するのに忙しい。だから本来であれば、彼を救出する人員が現れることはまずありえなかっただろう。そして貴殿もそれを予想していたはずだ。……では次に、何故青鳥君をさらう必要があったか」


 カメの人差し指が、挑発的に揺れる。自信たっぷりに、彼は言った。


「――ズバリ、焦っていたのだ」

「……!」

「ID喪失者たちの粒子化を見るに、構成システムにバグでも発生したのかね? 天下の比丘田氏であれば時間をかければ直せるだろうが、一番手っ取り早いのはバグが発生していない頃のデータを上書きしてしまうことだ。そのデータ元というのが、青鳥君だった。……だが、不思議だねぇ。僕なら、時間をかけてもバグを自力で直そうとするよ。大量クローンで警察襲撃というハイリスクなことはしない。それなら、どうして貴様は焦っていたんだ?」


 ――答えは、この施設内のどこかに、ある。


 呪文を唱えるが如く、カメの唇がゆっくりと動いた。


 その言葉に、比丘田は目に見えて狼狽し始めた。何かを確かめるように、キョロキョロと辺りを探っている。


「……あの金髪の老人は!?」

「現在宝探し中さ。いやぁ、いくつになってもガキ臭い男で困るねぇ」

「何っ……!?」


 比丘田が殺意のこもった目でカメを見る。同時に、なんとも間抜けな悲鳴が施設内に響いた。


「ほぎゃぁぁぁぁぁん!!?」


 ウサギである。そんなバカな悲鳴があるか、とカメがツッコみ、舌打ちした。


「おい、あったか、ウサギ」

「あああああああったけど、うお、ほんとにあるとか思わなくて」

「よし、ならそれをこっちに持ってこい」

「オメェ鬼か何かか!? チクショウ、やってやるけどさ……!」


 半べそをかきながらウサギが戻ってくる。その右手に引きずられていたものが目に入った瞬間、青鳥は驚愕で息ができなくなった。


 ――冷凍されてカチコチになったそれは、紛れもなく、今自分の隣に立つ創造主の姿をしていたのである。


「……スリープから放たれたとて、長年無菌室で横たわっていた体はとてつもなく弱っていたのだろう。死を迎える直前、比丘田氏は己の意志を継ぐクローン人間を作り出した」


 静かに、カメは語り出す。比丘田の姿をもつ老人の顔は、今や真っ青になっていた。


「だからこそ、焦っていた。何がきっかけで、自分も粒子化してしまうか分からないからな。青鳥君をさらった目的も、案外真の狙いはそこだったのかもしれん」


 なんせ粒子化せずに生き長らえた個体のデータである。同じクローン人間となった男にとっては、無意識であったとしても喉から手が出るほどに欲しかっただろう。


 老人は、死体から離れるようによろよろと後ろに下がった。


「し、知らない……。そんな男は……」

「おや、自分がクローン人間であることを認めてすらいなかったのか? なんとも臆病なヤツだ。自身をクローン人間と認めるに終わらず、就職まで果たした青鳥君とは雲泥の差だね。まあ、子が親を越えるなんてのは珍しいことでもない」

「あ、ああ、あ……」

「愚かだが、同情の余地があるとも思えない。さて、ではここで貴殿に一つ尋ねてみよう」


 カメのサディスティックな目が、老人を射抜いた。


「――貴殿のお名前は、なんというのかね?」


 大きく見開かれた瞳から、涙のように粒が零れ落ちた。

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