第??話 恋色のフェイト Part③

経済会議が終わってから、地方の孤児院をまわったり貴族の爵位を上げるかどうかの審議に出たりと移動ばかりで、いつの間にか夜になっていた。

先生から教えられていたスケジュールは一通りこなしたからもう終わりだと思っていたけど、最後に一つ重要なイベントがあるらしい。


「あの…先生、ここは…?」

「あぁ、王城だよ」


先生はすごく軽く言っているけれど、ここは王城。

文字通り、この国の王様が住んでいるところだ。

一昔前の私なら王城に入るための門で止められていただろうけど、今は止められる気配もなく、むしろ歓迎されているような気にさえなってくる。


「アルフレッド様、ようこそおいでくださいました」

「あぁ、主役とその付き人が遅れるわけにはいかないからね」


今日はパーティでもあるのかな?

先生の付き人なんて務まるわけないけど、頑張らなくちゃ!


お城の中を慣れたように歩く先生の後ろを追いかけているとなぜか、たくさんのドレスが置かれた部屋にたどり着いた。

そこには色とりどりのドレスや装飾品、メイク道具が置いてあってなんだか場違いな気がして恥ずかしかった。

先生は男性なのにお化粧するのかな?


「やぁ、ドレスアップを頼みたい。メイクは…ほどほどに頼むよ」

「かしこまりました」


部屋に控えていたメイドさんが先生の言葉に従って、いろんなドレスを持っての下へやってきた。


「し、シノアせん…義兄様?!」

「うん?どうしたの?」


どうしたのじゃないです!

どうして私がこんな豪華なドレスを着るのですか?!


「え?今夜のパーティの主役はルリだよ?言ったじゃないか。お披露目だって」


私の疑問顔に答えるように先生が言葉を返してくれたけど、そのせいで私の頭は余計に混乱した。

先生の妹として迎えられただけで王城でお披露目までしないといけないの?!


あがり症の私にとってそれはもう地獄だ。

100人を超えるであろう貴族たちの前に立つなんて、確実に泡を吹いて気絶してしまう。


「大丈夫だよ、ルリは何も話さずに静かに立ってたらいいから」

「そ、そんなぁ…」


あまりに突然のことで私が涙目になっていると、先生は私に目線を合わせて頭を撫で始めた。

余計に泣いてしまいそう。


「ごめんね?ルリは人前に立つのは嫌いだろうけど、公言しておかないと前みたいに攫われてしまうからさ。今回集められた貴族は全員信頼できて、影響力がある人間ばかりだから」

「は、はい…」


あぁだめです。

そんな申し訳なさそうに首を傾げて謝らないでほしい。

いつも毅然とした態度で優しい顔なのに、今は子犬みたいな愛おしさを感じさせる顔をしている。

できることなら“わかりましたお兄様♪”なんて言ってほっぺたにキスしたいんだけど、もちろん私にそんな度胸はない。

私は下を向いてただ静かに首を縦に振ることしかできなかった。


「それじゃあ僕も着替えてくるから、終わったら近くの者に案内してもらってね」


そういうとシノア先生はそそくさと部屋を出て行ってしまった。

残された私は寂しい思いを胸に抱えて、メイドさんたちの着せ替え人形にされてしまう。


「お嬢様、こちらのお洋服とあちらのお洋服ではどちらがお気に召しますでしょうか?」

「は、はぁ…」


メイドさんたちが勧めてくるのはどれもこれも、キラキラした派手なものばかりで私の趣味には一切合わない。

私が好きなのは水色の地味めな服装なのに…


それから30分ほどドレス選びをさせられて、軽いメイクをした私は近くにいた兵士さんに案内してもらってシノア先生の下へ行くことになった。

学園では白衣姿ばかりで、家でもラフな格好しか見れなかったから少し…ううん、すごく楽しみ。


着替えた部屋から少し離れた場所に案内された私は、そこの部屋名に思わず腰を抜かしそうになった。

その部屋はなんと王侯貴族専用召替室紳士用…つまり、この国の上にたつ貴族たちの中の頂点に君臨する最上級の位のものしか使えない場所だったのだ。


そんな部屋を軽く使えるシノア先生…この人はどこまですごいんだろう?


と、私が部屋の前で口を開けていると突然扉が開いて中から人が出てきた。

その人は軍服を軽やかに着こなしていて、羽織っているコートもすごく豪華。

腰に差した不似合いなはずの刀も、なぜかその人と良く合っていて素敵だ。


思わず見惚れているとその人…私の大好きなシノア先生は、私を見た途端顔を輝かせてドレス姿を褒め始めた。


「ふふ、よく似合っているよ。可愛い可愛い」


どんなに高い宝石や金銀財宝よりも価値のある、その一言をもらえた私は今にも天に召されそうだった。

何よりも普段滅多に見ることができない軍服姿のシノア先生を間近で見ることができて、その笑顔を独り占めできるなんて、もう本当にこのまま死んでしまいたい。


「それじゃあ、行こうか」

「へっ?」


私が何度目かわからないけれど、シノア先生に見惚れていると先生は突然、私の手を取って歩き始めた。


普段先生に触れることなんてうたた寝してる先生のほっぺをつんつんするか、転んだ時に支えてもらうぐらいしか、機会がないのにまさか先生から触ってもらえるなんて…

待って、この言い方はなんだかダメな気がする。


「し、シノアせん…義兄様、どこへ─」

「ほら、ルリをお披露目するパーティだよ」

「今から?!」


先生に手を引かれてすごく3メートルはある扉の前にたどり着いた。

微かに光る紳士服を着たドアマンが扉を開けると私は思わず息を呑んだ。


数百人収容可能な大ホールにはたくさんの貴族がいて、テーブルには無数の美酒佳肴。

端っこには楽団がいて、軽やかなメロディを奏でている。


そんな上品な空間を貴族たちの間を縫うように中央へ移動する私とシノア先生。

横を通る貴族の人たちはにっこりと微笑んでくれるけど、緊張で吐きそうな私は引きつった笑みしか返せていないと思う。


中央に着くと配給係からグラスをもらってそれを使い音を立てて注目を集める先生。

は、吐きそう…


「みんな!今日は集まってくれて嬉しいよ。さっそくだけど今回の主役を紹介するよ」


心臓が破裂しそう…い、息がうまくできない…


「この度、我が一族に迎え入れたルリ・テオス・アルフレッド・トールだ。よろしく頼むよ」


シノア先生の紹介にホールにいる貴族は皆笑顔で手を叩いている。

紹介が終わったことで段々正常に動き出した私の心臓だったけれど、またもとんでもない速度で動く出すことになった。

たぶんこのままだと過労死してしまうと思う。


「それでは、まずは舞踏から入りたいと思います。皆様お近くの方とお踊りください」


お、おおお踊り?!

こんな大勢の中心で踊るなんて聞いてません!

いえ…もちろん嫌なわけじゃないけど今まで生きてきて踊ったことなんてほとんどないし…


予想外の展開に私の心拍数はぐんぐん上昇していったけれど、次の瞬間には急降下して活動をやめそうなほど落ち込んでしまう。


「シノア様、お手を」

「あぁ、ルーシーか。助かるよ」


突然現れた綺麗な女性がシノア先生の手を取って踊り始めてしまったのだ。

取り残された私は配給係に扮した先生の執事さんにバルコニーへと案内された。

そこから見える夜景はすごく綺麗だったけれど、楽しそうに踊るシノア先生の姿が頭から離れなくてすごくもやもやした。


15分ほどすると、さっきシノア先生と踊っていた女の人がやってきた。

確かこの人は、神聖王国騎士団の筆頭騎士である灼熱の女騎士─ルーシー・ヴァルハザクさんだ。

その美しい赤髪に相応しく炎属性に適性を持ち、騎士団に入団して1年で筆頭騎士にまで上り詰めたすごい人…

シノア先生とどういう関係なんだろう。


「あ、あの─」

「綺麗よね、ここの景色」


私が思い切ってシノア先生との関係を聞こうとしたら、横やりを入れられてしまった。

嫌な感じの人じゃないからいいけど、少し言葉に棘があるような…


「そ、そうですね…」

「これ飲む?おいしいから」


は、話がかみ合わない!


とりあえず、ルーシーさんから渡されたカクテルを飲み干す。

ほんのり甘く酸っぱい風味が口の中いっぱいに広がって体温が少し上がったのを感じた。


「貴女、彼のこと好きなんでしょ?」

「ぶふっーーー?!ケホッ…ケホッ…」

「図星ね…」


飲み干しかけていたカクテルを思い切り吹き出してしまった私にハンカチを手渡しながら、呆れたようにつぶやくルーシーさん。

悪い人ではなさそうだけど、人付き合いが苦手なのかな?


「あ、あのあなたはシノア義兄様とどういう関係なんでしょうか…?」


私の質問に対してルーシーさんは静かに目を閉じて、過去を懐かしむように語り始めた。


「物心ついたころから私はあの人と一緒にいた。戦争で両親を亡くした私を拾ってくれたあの人は、勉強や剣術、ほかにも生きていく術を教えてくれた」


シノア先生が育ての親…?

で、でもシノア先生の見た目はどう考えたって17か18…

そんな私の疑問を無視してルーシーさんの話は続いていく。


「私が10歳になったころ、私はあの人のように強くなりたいと願うようになっていた。それからあの人に剣を習い、修練を重ねてあの人とも互角に戦えるようになった…いや、そう思い込んでいた」


後ろでは音楽が鳴り響いて笑い声で騒がしいというのに、この空間だけは怖いほど静かだ。


「だけど、強くなるうちに私は気付いた。あの人はちっとも本気を出していないと。あの人の本気にふさわしくなるほど強くなりたい。そう思った私は15歳になったある日旅に出た」


ルーシーさんはたしか今、18歳だったから3年前のこと…なのかな。


「旅を始めて一か月、私は傭兵として参加した戦争で敵国に捕らえられてしまった。涎を垂らした敵国の兵士が一歩一歩近付いてくるたびに私は死を覚悟した」


無表情で語られる話に私はドキドキしながら耳を傾け続きを促す。


「だけど私に死は訪れなかった。死が訪れたのは私を犯そうとしていた兵士とその取り巻きたち。純白の外套を羽織った死神が私を救ってくれた。その人は私が囚われていた国を文字通り消滅させ、私を国に連れ戻した」


国の消滅…そんな大ごとがどうして誰にも知られていないんだろうか…


「私を国に帰す途中、敵国の周辺国家が部隊を派遣して私と死神を殺そうとした。だけど彼にとってそいつらは子供みたいなものだった。右手に握った大鎌でそいつらの首と魂をいとも簡単に刈り取って私は無事に国に帰ることが出来た」


一応ハッピーエンドだったことに安心したけれど、まさかその死神って…


「死神緋桜ヒオウ。私を助けてくれた彼は勝手に出て行き無茶をした私を叱ることもなく、ただ一言“遅れてごめんね”と。生まれて初めて私は泣き、恋というものを知った」


死神緋桜ヒオウ…それはかつて、戦場の熾天使や剣聖に師事した過去を持つ伝説の存在。

300年前にその覇を全世界に知らしめたといわれ、おとぎ話みたいなものだと思っていたけど…


「彼はね、文字通り雲の上の存在。未だに私のことも子供扱いで、女として見てもらえるわけがない。だから私は強くなりたい。あの人と同格に見てもらえるぐらい」


そういったルーシーさんは無表情のはずなのに、少しだけ頬が赤い気がして…

鉄の女なんて呼ばれているけど意外な一面を見れた気がする。


「二人ともどうしたんだい?」


話し込んでいた私とルーシーさんに声をかけたのは、話題になっていたシノア先生だ。

こんなに優し気でお淑やかな人が死神だなんて、正直信じられない。


だけど…それでも…

私はこの人の隣にいたい。

この想いを伝えられなくても…

永遠に片想いだったとしても…


私はこの人が好きだ。


◇◇◇


「う、うーん…」

「ルーラ、起きなさい。もう国境よ」


もう国境なんだ…

アウトクラシア皇国を出て1週間が経つけど、いまだに実感がわかないな。


「はぁ…」


なんだかすごく長い夢を見ていた気がする。

悪夢だったら目覚めが悪いけど、あの人が出てきたからいい夢だよねきっと。


「シノア君元気かなぁ…」


また…会えたらいいな…

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