第??話 恋色のフェイト Part①
いつも無能な神の寵児をお読みくださり
ありがとうございます。
この話は以前書き上げた
第??話いつか訪れる未来
と同じ時系列の物語です。
一人称視点の純愛ラブストーリーとなっており、甘酸っぱい野イチゴのようなお話です。
紅桜抜刀篇でシノアと紅桜のバトルシーンに挟み込む形となりましたが、作者のネタ切れが原因です、本当にごめんなさい。
2話ないし3話程度は続くかと思います。
ご了承ください。
◇◇◇
ささやかな小鳥のさえずり。
窓から差し込む柔らかな朝日で私は目を覚ました。
「ふわあぁ…あぅ…眠い…」
相変わらず私の身体には不似合いなキングサイズの大きなベッド。
着心地が良すぎて本当に着けているのか不安になるほど心地よい寝間着。
どれもこれもがまるで夢のようで、朝起きるたびに元の生活に戻っていないことに安堵を覚えてしまう。
私の名前はルリ・イノサンス・テイル…じゃない。
これは過去の名前で、今はある御方の家に迎えられてルリ・テオス・アルフレッド・トール。
相変わらず長い…まさか自分がミドルネームを二つも持つなんて思ってもいなかった。
何度口に出しても慣れないけれど、すごく愛おしい名前。
大好きな人の名前をもらえて一つ屋根の下で眠れるんだから不満なんて一切ない!…と思う。
うん、あるわけない。
たとえ義妹として迎えられた身だとしても…!
みたいな感じで、毎朝繰り広げられる壮絶な独り言会議に水を差す音が私の耳に届いた。
扉を叩く音と共に綺麗な美声が私の鼓膜をくすぐる。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?朝食のご用意ができましたのでお知らせに参りました」
この声はたしか、このおうちに仕えるメイドの一人…まだ名前覚えきれてないけど…
「は、はーい!今行きます!」
急いで寝間着を脱いで着替えて、扉を開ける。
するとそこには、メイド服を着た可愛らしい10歳ぐらいの女の子がいた。
あれ…おかしいな…聞き間違いかな…
「おはようございます!お嬢様!こちらです!」
やっぱり違う声だ。いつの間に入れ替わったんだろ?
まぁいいか…ともかくおなか空いちゃった。
早く何か食べたい…
すごく長い廊下を歩きながら、私の前をトテトテと可愛らしく歩くメイドちゃん。
その様子がたまらなく愛おしくてついつい声をかけてしまう私。
「んーと…今日の朝ごはんはなぁに?えっと…」
「はい!アッピュリオのパイ包み焼きと国産バッファローの赤ワイン煮込み、デザートに“あいすくりーむ”がございます!あ、名乗るのが遅れて申し訳ありません。お嬢様の専属メイドの一人、ミルルでございます!」
適当な話題を振るも、名前が分からなくて困っていた私に120点満点の回答をくれるミルルちゃん。
10歳にしてこの気配り…末恐ろしい…
というか、私に専属メイドなんていたの…?
それに、メイドの一人って…一体何人いるの…?
いろんなことを頭でぐるぐるさせながらミルルちゃんと会話していると、いつの間にか食堂についた。
相変わらず豪華絢爛という言葉が相応しい場所…30人は座れそうな縦長テーブルに王族が座りそうな最高級の貴族チェア…この家に来てからもう一週間経つけれど、いまだにこんな場所で食事してばちが当たらないか心配。
「それでは、朝食をお持ちいたしますので少々お待ちください!」
私が座る椅子を後ろから優しく押すと、ミルルちゃんがトコトコと厨房の方へ走っていった。
あの子が朝食を運んでくるんだろうか?
「お待たせいたしました。シェールバッファローの赤ワイン煮込みでございます」
窓から見える小鳥を眺めているとミルルちゃんではないメイドさんが朝食を運んできてくれた。
前から思っていたけどここの屋敷のメイドさんって綺麗な人ばかり…もやもや…
「あ、ありがとうございます」
「私に敬語は不要ですよルリ様。貴女様はこの家の旦那様の妹君、もっと堂々としていてください」
「は、はい…すみません…」
ひぃ…怒られちゃった。綺麗な人だけど氷みたいに冷たい人だな…
怒られたことに私がしょんぼりしていると、そのメイドさんは突然後ろの方に目をやって頭を深々と下げた。
急にどうしたんだろう?
「おはようございます旦那様」
「おはよう、アリシア。昨日提出してくれた資料だけどすごくわかりやすかったよ」
「勿体無いお言葉でございます」
その声に私の心臓が跳ねる。
優しくて微かに甘い声色は私の頭の中にすーっと入ってきて何もかも溶かしてしまいそうなほど甘美だ。
ゆっくりと後ろを振り返り、目が合うとその人はにこやかに微笑んで私に声をかけてくれた。
「おはよう、ルリ。昨日はよく眠れたかい?」
肩まで伸びた美しく整えられた銀髪に、灯火のような温かみを宿した紅い瞳。
女の人のように綺麗な顔をしているけどきちんと男性らしさもあって…まさしく両性類という言葉が相応しいこの人は、この家の主であり最近私の兄になった人だ。
「は、はい!よく眠れました。先生…じゃなかった
「ふふ、慣れるまでは先生でもいいよ」
私の緊張気味の言葉にシノア先生は微笑むと、私の向かい側の席へと歩いて行ってしまった。
微かに残った芳しい香りが私の鼻腔をくすぐる。
ふと、隣を見ると私に料理を運んできてくれたメイドさん─アリシアさんがシノア先生を見つめていた。
その頬は少しだけ赤く染まっていて目も微かに潤んでいる。
ま、まさかこの人
やっぱりシノア先生はモテモテだ…
まぁあの見た目ですごく優秀で、おまけにこんなすごい家柄の貴族なんだからモテるのはしょうがないけれど、なんだかすごくモヤモヤする…
私が頭の中でモヤモヤしているとシノア先生が椅子に座って食事を始めた。
細いけどしっかりとした綺麗な指でナイフとフォークを使う様は、まるで一枚の絵画のようで見惚れてしまう。
だけど、ここで見惚れていたらシノア先生は首を傾げて─
「どうしたの?」
─なんて言ってくるから見惚れちゃだめだ。余計に顔が赤くなって怪しまれてしまう…
私はぎこちない動作でナイフとフォークを扱い、お肉を切っていく。
国産の中でも最高級といわれるシェールバッファローというだけあってバターみたいに切れてしまう。
柔らかく断面から肉汁が少しだけ出てくるお肉を口へ運び、私は思わず涙を流しそうになった。
ミディアムレアの焼き加減は最大限肉のうまみを引き出して、口に入れた瞬間に肉を綿菓子のように消し去ってしまった。
それに加えてソースがまた格別においしい。子バッファローの血と赤ワインを煮込み途方もない時間と手間のかけられたソースは、肉の味を決して殺さずあくまでも脇役として肉を引き立てて後味だけを残し胃の中へとダイブする。
口の中で管弦楽団が音楽を奏でているかのような、最高に調和した味。
完璧すぎてもう飲み込むのが惜しいほどに美味しい。
「えへへ、お嬢様は本当に幸せそうに食べてくれますね」
私が心の中で食レポをしているといつの間にか近くに来ていたミルルちゃんが照れたように頬をかいていた。
その言葉に違和感を覚えた私は思わずミルルちゃんに尋ねてしまう。
「え?もしかしてこれを作ったのって…」
「はい!私でございます!」
ミルルちゃんの元気な一言に私は戦慄し、右手に握るナイフを落としそうになってしまった。
こんな一流シェフも真っ青な料理をこんな幼い子供が…?
私も15歳なりたてで、えらそうなことは言えないけれど少なくともこの味は2年や3年修行した程度で出せるものではないと思う。
洗練されたソースに完璧な焼き加減、盛り付けも工夫がなされていてとても奥深い料理。
それをミルルちゃんが…?
私が10歳のころは蝶々を追いかけて森を駆けていたというのに…
朝からとんでもない衝撃に襲われる私に遠くの方から声が掛けられ、私はいったん思考を切り替えた。
声の主はシノア先生。私の向かい側で20メートルちかく離れているせいか少し大きめの声だ。
「ルリー!今日は貴族の仕事を見てみないかい?」
「は、はいー!ぜひ!」
貴族の仕事…シノア先生の家に迎えれる前は私も貴族の端くれだったけど、貴族の義務や仕事とは無縁だった。
なんせ、私の家は下級貴族の中でも最下層の準男爵家で、爵位を持つ者はすべて呼ばれるはずの貴族会議に呼ばれないほど下だったのだ。
だから私は貴族の常識に疎いし、ナイフとフォークもうまく使えない。
読み書きと四則計算はできるから王立学園には通えていたけど、上級貴族ばかりのあそこは本当に場違いだった…今も通ってるけど。
王立学園で浮いていていじめられていた私だけど、そこをシノア先生に助けられて─って今は回想してる場合じゃない!
せっかくシノア先生が私に向けて話してくれてるんだから一言一句聞き逃さないようにしなきゃ!
「─ってとこかな。あとは経済会議に出て夜にちょっとしたお披露目があるよ」
「わ、わかりましたー!」
くぅ…あんまり聞こえなかったけど見つめられてるだけで赤面しそうだから、できるだけ食事に集中しなきゃ…
最後の一口を口の中で転がしたあと飲み込み、次の料理を待つ私。
この数時間後、私の心臓は心拍数の上がり過ぎで破裂しかけることになる…なんてことを今の私は知る由もなかった。
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