第55話 不安の兆し

「さぁ、こっちだ。ここから10キロほど行ったところに僕の村がある」


船から降りるとアルクが村の方角を指さしながら告げる。


残念ながら船着場からは見えないが、何度も島を行き来しているアルクには視えているのだろう。


船着場は規模の小さな街のようになっており、そこそこ栄えていた。

鍛冶屋や市場少ないが住居もあり、ある程度の定住者がいることが伺える。


「この街の出口に馬を借りられるところがある。馬を使えば1時間程度ほどで僕の村に着くよ」


そういうとアルクは街の出口に向けて歩き出した。

シノアもそれに追従し歩き出す。

1時間程度歩いたところで街の出口に到着し、馬小屋へと歩を進める。


「よォ!アルク、久しぶりだな」

「バール、馬を借りたいんだが頼めるか?」


気前の良さそうな青年、バールはアルクの顔を見ると嬉しそうに手を振り、要件を聞くとすぐさま小屋へと走って行った。

5分ほどすると、馬の手網を引きながらアルクとシノアの元へ戻ってきた。


「ほらよ!今んとこ貸せるなかで1番速いやつだ」

「ありがとう、助かるよ。1週間後にまた戻る」


アルクはバールに礼を言うと早速馬に跨り、シノアに手を差し出す。


「さぁ、行こうか。馬は初めてかい?」

「は、はい、そうですね…」

「それじゃあ後ろに乗ってくれ。しっかり掴まって」


シノアが馬に乗ったことを確認すると、自分の腰を掴ませアルクは馬を走らせた。


◇◇◇


「よし、ついた。ここだよ」


馬の背で揺られること30分、休憩も挟んだため約1時間ほどでアルクの村に到着した。

木造の家が20~30と小規模ではあるが、屋台や露天などもあり活気のある村だった。


「さて、ここからは歩きだ。そんなに遠くないよ」


アルクの言葉でシノアは馬を降り、次にアルク自身もゆっくりと馬を降りた。

手綱を引きながらアルクの案内に従って村を歩くシノア。

善良な人の気配というものを長らく感じることがなかったため、少し戸惑いながらもアルクの後を付いて行く。


5分ほど歩くと周囲の家よりも一回り小さな家が見えてきた。

アルクはその家の隣にある小屋に馬を繋ぐようシノアに指示すると先に家に入る。

少し遅れてシノアも後を追い家へと入った。


中はシンプルな作りで質素だが、決して貧しさを感じさせない内装だった。


「僕は妹の様子を見てくるから、シノア君は寛いでいてくれ」


アルクはシノアをソファに座らせると、水と薬を持って隣の部屋へと消えた。

一人残されたシノアはカバンから取り出した薬草学の本を読み、なにか役立てることが無いかと模索し始める。


「ラフレル…強い刺激臭は魔物の撃退に有効…有効な病は、魔力欠乏症、灰血症、腐体病それから…これは…?」


聞いたことの無い珍しい病の名を見つけ動きを止めるシノアだったが、アルクが戻ってきたことで読書を中断させ、妹の具合を尋ねる。


「おかえりなさい。妹さん体調はどうでしたか?」

「あぁ…前回より少しだけ酷くなっていたよ…急いで薬を作らないと…」


暗い顔をしたアルクだったが、自分で自分の頬を叩き気合を入れる。


「よし!早速、錬金術師に頼みに行こう」

「錬金術師…それなら、リサ…じゃなかった、ライデン・ゾーシモスさんに頼んでみるのはどうでしょうか?」


リサの錬金術の腕を見込んで提案をするシノアだったが、アルクはその提案を残念そうに断る。


「あぁ、それは僕も思ったんだけど、なんでも彼女は店じまいをしてしまったらしくてね。ちょうど今日かららしい…」


その言葉をきいてシノアはリサの身に何かあったのか不安になったが、確かめる術もないため目の前の問題に集中することにした。


「うーん…この村に錬金術師はいないんですか?」

「実は1人だけいる。どうも、本土の方からたまたま来ていた錬金術師らしくてね…ラッキーだったよ」


アルクがソファに腰掛けながら告げた内容は、街ですれ違った親切な老人に教えられたことで、その老人とアルクは昔からの知り合いのため信憑性は高い。


アルクの言葉をきいて安心したシノアは、疲れ切っているであろうアルクを休ませようと自分が代わりに行くと言い出した。


「アルクさん休んでいてください。僕が代わりにその錬金術師の所へ行ってきます」


アルクは再会したばかりのシノアにそこまで迷惑をかける訳にはいかないと思ったが、自分が憔悴していることは事実だったため素直にシノアを頼り頭を下げる。


「すまない…君には助けられてばかりだね」


言葉と共にアルクは紙に錬金術師の家までの地図を描き、花を瓶に詰めてシノアへ渡した。


「そんなに遠くはないから迷うことはないと思う。依頼料はこの手紙を見せたらなんとかなる。それじゃあ頼んだよ…」


カバンから便箋を取り出しシノアに手渡すと、アルクはソファに倒れ込みそのまま泥のように眠ってしまった。


シノアは眠ってしまったアルクに毛布をかけると、早速錬金術師の家へ向かうため机の上に置かれた鍵とアルクから渡されたものをカバンに入れて家を後にした。


地図を片手に村を歩くシノアは、はじめてのおつかいでもしているようで少しだけ不安そうな表情だ。

金貨10枚という値打ちの花をカバンに入れて彷徨いて不安にならない人間など成金ぐらいだろうが、彼の不安は別のことだ。


(ラフレルを使った薬ってどれも調合の難易度高いけど大丈夫かな…)


そう、ラフレルを使った特効薬はどれも恐ろしいほど調合の難易度が高い。

一般的には国が保護している錬金術師か凄腕と呼ばれる程の腕がなければ作成は不可能だ。

リサならば造作もないことだろうがこの村にいる錬金術師に可能なのだろうか…


様々なことを考えるシノアの耳に村人たちの会話が入り込んでくる。


「─村長の娘が病気らしい─」

「─なんでも灰血症とかいう病気らしいわよ─」

「─それの薬ってめちゃくちゃ高い花が材料にいるんだろ?─」


村人たちの話によるとこの村の村長の娘も病気で、その特効薬を作るにはラフレルが必要なようだ。

厄介事に巻き込まれなければいいのだが…


そうこうしているうちに錬金術師の家に到着したシノアは、様々な不安を胸に扉を叩く。


◇◇◇


「なんていうか…世の中上手くいくもんだなぁ…」


錬金術師の家からアルクの家まで向かう道すがらシノアが呟く。

その手には栄養剤と睡眠薬、アルクの妹の病の発作を抑える薬が握られていた。


錬金術師の家についた当初は不安に苛まれていたシノアだったが、その家の主である錬金術師の女性と話しているうちに不安は消えた。


彼女は齢65と高齢だったがその分経験豊富なベテラン錬金術師で、特にラフレルを使った調合薬に関してはシノアでも舌を巻くほど博識だった。

彼女はアルクの妹の病について知っていたようで、すぐに特効薬を作る準備をしてくれた。

また、病の進行具合を確かめたいとのことでアルクと妹に家まで来て欲しいとシノアに言伝した。


さらに、ラフレルを入手するのが大変だということを知っていた彼女はアルクのために、栄養剤と睡眠薬を出してくれたのである。

まるで女神だ。


シノアはこの朗報を一刻も早くアルクに伝えるため、ダッシュで家へと向かった。

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