第27話 はじめての狩り

「ワオオォォン」


立ち並ぶ山並みに獣の雄叫びが谺響する。

その獣、C-ランクに分類されるブラックパンサーは自分の叫びに満足そうに頷き、もう一度口を大きく開く。

だが─


「せいっ」


気の抜けた声と共に放たれた剣筋に脳天を貫かれ、雄叫びを上げることなく絶命してしまった。


剣を放った少年、この世界では既に青年という扱いになる彼はブラックパンサーの頭から剣を抜く。そして一振して血を払うと鞘に収めた。


「ふぅ…これで7件目。あと3時間で終わるかな…」


ブラックパンサーをいとも簡単に仕留めた青年─シノアはため息混じりに呟くと冒険者手帳を開いて次の依頼を確認する。


「次の依頼は、C+ランクのジャイアントカカロッチ…?どんな魔物かな」


依頼内容を確かめるとブラックパンサーの牙を刈り取り、森の方へと走っていった。


シノアは現在、ギルドから3時間ほどかけて船で行く島に来ていた。日本の四国ほどの大きさの島にはアルゴネア程ではないにしろ多くの人が生活しており、活気がある。シノアはそんな島の未開拓地、バラリアの森へとやって来ていた。

ここは様々な生物が生息しており、少なからず魔物もいる。そのため、冒険者は大抵この森で依頼をこなそうとやってくるのだ。無論、シノアもそのひとりだ。


「よいしょっと…さて、この辺のは─うっ…」


斜めに倒れた巨木の隙間を通り開けた場所に出たシノア。その瞬間鼻を突く嫌な臭いに思わず息を止める。

生肉を放置し続けて腐らせ、それに硫黄をかけたような強烈な悪臭は呼吸困難に陥りそうになるほどにひどい。だが、その臭いはジャイアントカカロッチの巣が近くにあるという証拠でもある。


(こ、この近くに巣が…早く探して逃げよう…)


最小限の呼吸を口で行いながら辺りを捜索するシノア。

幸い悪臭の元はすぐに発覚した。


(見つけた…)


巨大な木に燕の巣のように作られた巣からは気絶しそうなほどの悪臭が放たれており、時折聞こえる“カサカサ”という音が間違いなく何かがいるということを証明していた。


シノアは一刻でも早くこの場を立ち去りたいと、巣の除去に取り掛かる。



「“火の根源、炎の原初、火炎の円球、焼き尽くせ、火炎球ファイアーボール”」


火系初級魔法で巣に火を放つと少し下がって様子を見るシノア。

そして次の瞬間には戦慄する。


シノアが放った炎はたしかに巣を焼き付くさんといった勢いで燃え広がっていった。しかし、巣の中のジャイアントカカロッチは火などものともせず、身体に火を灯したままシノアに襲いかかってきたのだ。

火のついたGが─それも人間とほぼ同サイズ─が飛んできたら誰であろうと戦慄を覚えるだろう。


シノアは既のところでジャイアントカカロッチの攻撃を躱し、ヴァルハザクから貰った刀を抜き放つ。

仄かに赤い刀身は陽の光を反射して美しく輝いている。

まるでこれから肉を切り裂き、刃に血が染みることに歓喜しているように…


「うぅ…キモイ…無理だ…生理的に無理だ…あの人、絶対嫌がらせだ…」


火を纏ったジャイアントカカロッチたちを前にこの依頼を自分に任せたヴァルハザクをぶん殴りたくなるシノア。

だが、そんなことを考えている余裕はない。


「キィシャァァァ!!」


奇声を上げながらシノアに襲い掛かるジャイアントカカロッチたちはシノアを“昼飯後のおやつにしてやる”といった様子だ。

動き、触覚、声、どれをとってもキモイの一言に尽きる魔物達を相手にシノアは苦戦を強いられていた。

なぜなら、ジャイアントカカロッチとはC+ランクとはいえ本来はパーティでの討伐が推奨されている魔物だからだ。5人1組のパーティでようやく討伐できる魔物を4体同時に相手取るのはかなり厳しいだろう。それに加えてジャイアントカカロッチは精神的ダメージも与えてくるのだ。


「見るな…見るな…見るな…」


その見た目のキモさから討伐したくない魔物ランキング不動の第1位。

特に女性冒険者からは


「金を積まれても嫌だ」

「受けるぐらいなら死ぬ」

「ギルドマスター死ね」


などと言われている。

おそらくギルドマスターは人気の無い依頼を少なからずシノアに押し付けたのであろう。


シノアは必死でジャイアントカカロッチの攻撃を躱しながら打開策を考える。

巣を燃やされ凶暴になっているジャイアントカカロッチには近付くこともままならず、魔法で倒すにも詠唱する時間は与えてくれないだろう。


「キイィィィィ!」


俊敏に動き回るシノアに痺れを切らしたのか4匹がまとめてシノアに襲い掛かった。

4方向から同時に向かってきたジャイアントカカロッチは熱気と悪臭を放っており、まともに目も開けられない状況だ。


万事休すかに思われ、シノアに死が迫ったその時─


「こっちだ!ゴキブリ共!」


声と共に放たれた無数の弓矢がジャイアントカカロッチの急所に的確に刺さり、シノアから注意を逸らした。


「キシャァァァァ!」


その攻撃で4匹いたジャイアントカカロッチのうち、3匹は絶命し残りの1匹も瀕死の状態だ。


悪臭と熱気が遠ざかったことで目を開けられるようになり、状況を把握しようとするシノア。そんなシノアに遠くから声が掛けられた。


「おい!大丈夫か?一旦こっちまで下がるんだ!」


そちらを見ると弓を構えた狩人風の男がシノアに手招きをしている。男に従い、シノアはジャイアントカカロッチから遠ざかる。


「すみません!助かりました」

「いや、気にしないでくれ。奴を複数相手するのは相当キツイからな」


シノアのお礼にジャイアントカカロッチから視線を外さずに応えた男は再び弓を構え、シノアに問う。


「どうする?君の獲物だったんだろう?最後の1匹は譲るよ」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて…」


シノアは男に倣って魔法で弓矢を放とうと詠唱を開始する。


「“風、空を切り裂く鋭き牙、大地を穿つ犀利な刃、敵を貫け、魔法弓マジックアロー


放たれた3本の弓矢は狙い通りにジャイアントカカロッチの急所を貫いた。

断末魔の叫びを上げながら最後の1匹は倒れた。


「その年で魔法も使えるのか。君はすごいな」

「い、いえそんな…大したものでは…あ、助けて頂いて本当にありがとうございます」

「あぁ、近くで狩りをしていたらジャイアントカカロッチの鳴き声が聞こえたから誰かが巣を焼いたのかと思ってね」


弓矢を背中に担ぎながら男が手を差し出す。


「俺の名はアルク、冒険者をしている」

「初めましてアルクさん、僕はきょうご…じゃなかった、シノアと言います」


握手を交わすとアルクはジャイアントカカロッチの解体を始める。


「それで、君はどうしてこんな所に?まさか1人でジャイアントカカロッチの討伐を?」

「そのまさかです…ヴァルハザクさんから押し付けられて…」


シノアの答えに思わず苦笑をこぼすアルク。どうやら彼もギルドマスターから無茶な依頼を押し付けられた経験があるのだろう。


「君も冒険者のようだね。随分強そうだ」

「そ、そんな大したものでは…冒険者登録をさっき済ませたばかりですし…」


その言葉に目を丸くするアルク。


「冒険者登録したてということはランクはFかい?」

「はい、今日中に19件の討伐依頼と4件の採取依頼をこなすようにいわれて…」

「そ、それはもう君のことを殺そうとしてるとしか…」


至極真っ当な意見である。


2人は談笑しながら解体をし、終わると焚き火をたて休憩することにした。

フィリア以外の人間とじっくりと話すことはあまりなかったため、最初は緊張していたシノアだったが、アルクとはすっかり打ち解けシノアの残りの依頼を協力して片付けようという話にまでなった。


「さて、行こうか。次の依頼は少し遠いみたいだし、急ごう」

「はい!本当に助かります。ありがとうございます」

「これも何かの縁だよ。よろしくねシノアくん」

「よろしくお願いします、アルクさん」


2人は再び握手を交わし、目的地まで駆け抜けて行った。

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