気配

 夜中にアパートに戻ると、人の気配がする事がある。


 自分の神経が過敏なのかと当初は思っていたのだが、どうしても気になってしまう。


 自分が部屋にいる時には、その気配はしない。


 ところが、自分が仕事や他の用事で部屋を空け、戻って来て部屋のドアを開けた瞬間に、人の気配がするのである。


 それも1人や2人ではない。


 数十人近い人物が、あたかも先ほどまで私の部屋でホーム・パーティーでもしていたのではないかと思う様な気配がするのである。


 ところが、私が一歩、部屋の中に入ると、その気配はまるで潮が引くかの様に消えてしまうのであった。


 ただ、それだけの事で、特に実害はない。


 だがやはり、部屋の中で一体何が起きているのかは知りたくて、常にモヤモヤとした気分を抱えている状態ではあったのである。


 そんな心の引っかかりを覚えつつ生活をしている内に、1度だけ、その気配の正体を見る機会に恵まれた。


 その日、仕事が思っていた以上に長引いてしまい、終電に何とか飛び乗ってアパートに着いた時には、深夜の零時を回っていた。


 こんな事は滅多にないので、身体は泣けてしまうほど疲れていた。


 そのため、特に何も考えずに鍵を開けて扉を勢いよく引いた時に、中から美味しそうな食べ物の匂いが漂い、行きに確かに消した筈の電気が点いていたので面喰ってしまった。


 一体何事かと思い、慌てて前方を見やった。


 目の前には、居間へと続く廊下があるのだが、そこに和服を着た女性が所狭しと並んで立っているのが見えた。


 皆、料理の盛られた皿を手にして、目をまん丸にしてこちらを見ている。


 その顔は、生きているとは思えないほど白かった。


 私と彼女達は暫くの間、その場で立ち竦んでいたが、やがて彼女達の方が一斉に愛想笑いの様な物を浮かべた。


 途端に、パッと女性達の姿が消え、同時に辺りは真っ暗になってしまった。


 未だに料理の匂いが微かに漂う暗闇の中で、私は思わずこう呟いていた。


「そうか……アンタ達だったわけね……」




 いつも感じていた気配の正体はそれで分かったのだが、私は別に部屋を出て行こうとは思わなかった。


 先ほども言った通り、別に実害はないからだ。


 それに、正体があの女性達だと分かると、何となくそれだけで安心してしまったのである。


 考えようによっては、同性のよくわからない存在が、私が家を空けている時には留守番をしていてくれているとも言えるのだが、それはさすがに、少しばかり暢気すぎるだろうか? 私は別にそうは思わないのだが。


 今でも家から戻ると、人の気配はしている。


 ただ、あの女性達が再び姿を見せる様な事は、現時点ではない。

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