痣人形

 骨董屋をやっていると、数年に1度の割合で、痣のある人形が持ち込まれて来る事がある。


 人形の種類は様々だ。


 雛人形の時もあれば、西洋人形、あるいはぬいぐるみの場合もある。


 どれも普通に見ていれば可愛らしい物ばかりなのだが、その顔や手の甲といった部分に、ドス黒い痣としか言いようのない物が浮かんでいるので、それとわかる。


 我々骨董屋の間ではこの様な人形の事を「痣人形」と呼んでいるのだが、これが持ち込まれると、私達は極力、それを引き取らない様にするために努力をするのである。


 「痣人形」を引き取ると、ロクな事にならない。


 皆、その事を知っているのだ。




 かく言う私も、現在は「痣人形」が持ち込まれると、色々と難癖を付けて引き取るのを断るのだが、それは若い頃に体験した事が原因なのである。


 今からもうかれこれ30年近く前の事になるだろうか。


 当時、私は骨董屋を始めてまだ3年も経っていなかった。漸く、骨董屋のあれこれがボンヤリと分かって来たくらいの事で、知識という物が不足していた事は否定できない。


 そんな頃に、一体の人形が私の所に持ち込まれて来た。


 持ち込んで来たのはまだ大学生くらいの青年で、何でも実家の大掃除をしていた時に出て来たという事であるらしい。


 何とも口数の少ない青年で、詳しい事はわからなかったが、話の節々から察するに、青年の祖母が幼い頃に買って貰った人形が、いつの間にか忘れ去られていて、それが今になって大掃除という偶然によって発見された、という事であるらしい。


 それは、小さな西洋人形であった。


 陶器製の、可愛らしい顔立ちをした人形だったのだが、右目の部分がどす黒く変色していた。


 当時の私は「痣人形」という言葉すら知らなかったくらいであるから、気味の悪い人形だとは思いながらも、いつもの様に傷の具合などを見て、買取の値段を青年に伝えた。


 私が提示した金額はそれほど高いものではなかったのだが、青年が特に粘りもせずにその値段で良いと言うので、話はすぐに決まった。


 こうして、私は少しばかりの金を青年に渡す事によって、痣のある西洋人形を手に入れたのであった。


 私は西洋人形を手に入れると、適当に値札を書いて、店の中央辺りにあった机の上にポンと置いた。


 これで売れれば格別、売れなくとも他の骨董品と仲良く埃をかぶるだけの話だ。

 

 当時の私は、気楽にそう考えていたのであった。




 青年から痣のある西洋人形を手に入れてから3日ほど経った時の事である。


 深夜に、急に目が覚めた。


 一度寝入ってしまうと中々起きない性分なので、珍しい事もある物だと思いつつ、寝ころんだ状態で寝室の暗闇を眺めている内に、フッと違和感に襲われた。


 自分以外に誰かが居る様な、そんな気分になって来たのだ。


 当時、私は畳敷きの部屋に布団を敷いて寝ていたのだが、常に頭上に小さな懐中電灯を常備していた。


 そこで、私は特に何も考えずに左手で懐中電灯を掴むと、スイッチを押した。


 途端に、パッと辺りが明るくなり、目の前に、痣のある人形の顔が浮かび上がった。無表情な顔の右目辺りにあるドス黒い痣から、数日前に青年が持ち込んだ西洋人形である事がすぐにわかった。


 ああ、あの人形か。


 驚きつつも、そう納得した時だった。


 それまで無表情だった人形の顔が、突然ニッと笑ったのだ。


 目をキュッと細め、口角を上げたその顔は、間違いなく笑っていた。


 笑いながら、痣のある右側の目玉が狂った様にギョロギョロと動いたかと思うと、私の目と視線が合うのがわかった。


 余りの事に、私は叫び声を上げると、夢中で人形の頬を右手で張り飛ばしていた。


 確かに、右手に陶器の当たる感触があり、それと同時に遠くの方からガシャン、という何かが割れる音が聞こえた。


 そこで私は布団から勢いよく起き上がった。


 慌てて天井の灯りを付けて周りを見たが、そこにはもう人形の姿はなかった。


 息が上がっていたが、遠くの方から聞こえたガシャン、という音が気になって、私はそのまま立ち上がると、音がしたであろう方へと向かうために、部屋の外へと出た。


 暗い廊下を進んで行くと、骨董屋の店内へと出る。音がしたのがその辺りだというのは見当がついていたので、私は何か壊れた物がないかを確認するために、店内の電気を付けた。


 ガシャン、という音の正体が何であったのかはすぐにわかった。


 店の中央の床に、壊れた西洋人形が倒れていたのだ。


 陶器製のそれは、身体が粉々に砕けていたが、顔の部分だけは妙に残りが良かった。


 店内の灯りに照らされたその顔は、右目の辺りがどす黒く変色していた。


 それが青年から買い取った西洋人形である事は、間違いなかった。


 私は暫くの間、その人形を茫然と見つめていた。

 

 未だに鈍い痛みが走る右手を、左手でさすりながら。




 壊れた西洋人形は、その夜の内にゴミ袋に入れて捨てた。


 幸いな事に、と言うべきか、西洋人形を捨てたがために妙な事が起こる事はなかった。


 だがあの体験は、私に1つの教訓を残した。


 痣のある人形を引き取ると、ロクな事にならない、という教訓だ。


 それ故に、あの事があって以来、私は極力、痣のある人形はどんな種類の物であれ引き取らない様にしている。


 万が一、押し付けられたとしても、その日の内にゴミ袋に入れて捨てている。


 そうすれば、妙な事は起こらない。


 「痣人形」は捨てるに限るのだ。

 

  

 

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