華行灯

 年に1度のお祭りとあって、やはり人は多かった。


 神社の沿道には、様々な店が並んでいる。


 たこ焼き屋もあれば、射的屋もある。


 綿菓子を買っている少年少女の横で、ビールをクィッとやっている粋な格好のお姉さん連がいるかと思えば、さらにその奥では金魚すくい屋の老人が、酸いも甘いも噛分けた様な笑顔を浮かべて、金魚を掬っている人々を眺めている。


 何年足を運んでも、この雰囲気は飽きない。


 時刻は既に午後7時を過ぎていた。


 私はゆっくりとした足取りで人々の間をすり抜け、今年もぼんやりと、過去の記憶に浸っている。


 もしかすると、今年は現れるのかも知れない。


 そんな期待をして、ついつい辺りを眺めてしまう。


 今は子どもの頃と違って、金がある。


 1つ15000円。十分手の届く値段だ。


 今ならば、あの出店の商品を買う事が出来る。


 そんな思いが胸の内に沸いて来る。


 美しい夢とばかり思っていた物が、現実に目の前に現れたら、欲しいと思うのが人情であろう。


 私にとって華行灯屋はなあんどんやとは、そういう存在ものなのだ。



 

 私が華行灯屋を見たのは、小学生の頃であった。


 その日、私は家族と一緒に神社の祭りに出かけていたのだが、とある出店が気になって、フッと立ち止まった。


 それが華行灯屋であった。


 出店の中には、およそ従業員とは思えない様な女性が1人、立っていた。


 年は20を超えたくらいであったろうか。ハッとするほど鮮やかな朱色のスーツに身を包み、右手には小奇麗な煙管を持って、小粋にクルクルと弄んでいる。細面の顔には気だるげな表情を浮かべて、商売っ気はまるでなく、愛想笑いの1つも浮かべるつもりは毛ほどの先もない様子。


 私が店の前に立つと、チラッともこちらの方を見ずに、さして興味もなさそうな声で、いらっしゃいと声をかけて来た。


「ここは華行灯屋です。1個15000円。欲しい物があったら、言って下さい」


 子ども相手に、ですます調なのは、何も丁寧な客対応をしているからではなく、客の方をまともに見ていないため、大人か子どもかも分かっていないからだ。


 女性は気だるげな口調はそのまま、更に言葉を続けた。


「まぁ、冷やかしでも良いですよ。是非、華行灯を見てやって下さい。そうすれば、彼等も喜ぶでしょうから」


 その言葉に誘われるかの様に、私はようやく店の中にかけられている物に注意を向けた。


 それは、様々な花で作られた行灯であった。


 一体、どうやったらこのような物が出来るのか。


 桔梗に菫、桜、萩、菊、藤の花。


 色とりどりの鮮やかな花が格子状に組み合わさって、言われてみれば行灯の様な形になっている。


 その花で出来た行灯の中央には、どれも大きな円い穴が開いており、そこから小さな少年少女が顔を出して、ニッコリと笑っている。


 その手にはこれまた可愛らしい蝋燭が握られており、その光がボンヤリと行灯を照らしているのだった。


 面白い事には、その蝋燭から出る光は一様ではなく、青く光っているかと思えば、薄紫に、さらに鶯色に、といった具合に色合いが変わって行くのであった。


「わぁ、綺麗……」


 私は思わず声を上げていた。


 そこで漸く、女性がヒョイとこちらを見た。


「おやおや、これまた小さなお客さんですね」


 その声に、少しばかり困惑の色が籠っていると感じたのは、私の気のせいだったのだろうか。


「あんまり、あなたの様な人は覗くべき商品ではないのですが、辿り着いてしまったのなら致し方ありませんね」


 女性はそう言いながら、ゆっくりと私の方へと近付いて来た。


「これはね、人の魂が光っているんです」


「魂?」


 その言葉は聞き慣れなかったため、私は首を傾げた。


 女性は私の目の前まで来ると、膝を曲げて、視線を私と同じくらいに合わせた。


「ええ、そうです」


 スーツにも負けないほど朱色をした唇が、ゆっくりと動く。


「魂というのは勝手気ままな物でしてね。人が死ぬと勝手に抜け出すんです。普通は、そのまま49日ほどあてどもなく飛び続けて、それからフッツリ消えてしまうんです。けれども、その間に捕まえてこうやって華行灯に仕立ててやれば、一生燃え続けてくれるんですよ」


 そこで女性はニッと笑った。


 その笑顔は、人を思わずドキリとさせる何かがあった。


「まぁ、あなたの様な子どもに言ってもわからないでしょうけどね。せめて、もっと大人になってから来る事です。何せ、あなたは若すぎるのですから……」


 そこまで女性が言った時に、私は後ろから肩をガッと掴まれた。


「おい、どうしたんだ? そんな壁ばっかり見つめて?」


 慌てて後ろを振り返ると、呆れた様な父親の姿があった。


 後ろには母親と妹も立っている。


「壁?」


 私はそう聞き返しつつ、再び前方に視線を向けた。


 だが、そこにさっきまであった出店はなく、その代わりに、黒々とした土壁があるばかりであった。




 あれから20年近い歳月が経つ。


 私は今、故郷から遠く離れた東京で、会社員をしている。


 だが毎年、神社の祭りがある時だけは、必ず故郷へ戻って祭に顔を出している。


 それは、あの華行灯屋と初めて出会った年から続く、私の中だけの年中行事の様な物なのだ。


 もう1度、あの綺麗な華行灯を見てみたい。


 あわよくば、人の魂が燃えているのだというそれを、1つ購入してみたい。


 そんな思いを中学、高校を卒業し、大学も出て、会社員となった今でも強く持っている。


 他人にそんな話は決してしない。


 話してしまえば、笑われる事が目に見えているからだ。


 だから、私は今年も黙って、神社の祭りにやって来た。


 そうして、華行灯屋を捜している。


 子どもの頃の美しい夢となりつつある思い出が、もう1度、現実の存在ものとなる事を期待しながら。

  

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます