坊主めくり

 坊主めくり、という遊びをご存知だろうか。


 百人一首のカルタを使って遊ぶゲームだ。


 地域によって多少ルールに差があると聞く。


 私が幼い頃にやっていたルールでは、裏返しにした山札を1人1枚ずつ順に取って行き、絵柄が男性であればそのまま貰い、絵柄が坊主であれば今まで貰った物を全て捨てなくてはならない。そして、絵柄が女性の場合、坊主を引いて捨てられてしまった全ての手札を貰える、という事になっていた。


 単純と言えば単純なゲームなのだが、これが中々に面白い。


 特に、子どもの目には色鮮やかな百人一首のカルタの1枚1枚が楽しく映る物で、今から思えば気恥ずかしくなるくらい夢中になって遊んでいた覚えがある。




 この坊主めくりを巡って、忘れられない経験がある。


 もう遠い昔の事で正確な日時は忘れてしまったが、恐らく小学校に低学年の頃だったのではないかと思う。


 ある日、母方の祖父母が家に遊びに来た。


 最初は祖父母が持って来たケーキを食べたりしていたのだが、その内に、母と祖父母、そして私の4人で坊主めくりをする事になった。


 可愛い孫が坊主めくりが好きである事を知っていた祖父が、やろうと言い出したのだった。


 そこで、皿やコップを片付けると、テーブルの中央に百人一首のカルタを積んで、坊主めくりが始まった。


 最初の数回は、特に何事もなく終わった。


 所詮は運頼みのゲームなので、毎回、勝つ人間は違っていた。


 私が勝つ場合もあれば、母や祖父が勝つ場合もあった。


 穏やかな雰囲気の中で、坊主めくりは続いて行ったのだが、その内に妙な事が起こった。


「何だかおかしいねぇ」


 最初に異変に気が付いたのは、祖父だった。


「坊主しか出ていないじゃないか」


 その声は、明らかに困惑していた。


 私は祖父の言葉に、チラッと札を捨てている場所に目をやった。


 確かに、さっきから誰もが引く度に坊主を出しているので、札を捨てる場所には坊主の札ばかりが集まっていた。


「そもそも、こんなにお坊さんの札ってあったっけ?」


 そう言ったのは、母だった。


「いや、坊主の札がたまたま上に集まっているだけなのかも知れん」


 どれどれと言いながら、祖父はテーブルの真ん中に置いてあるカルタの手札をひっくり返して、ザッとその場に広げてみた。


「え、何よこれ!」


 小さく叫んだのは、祖母だった。


 テーブルの上に広げられたのは、坊主の札ばかりだったのだ。


 私もその様子をはっきりと見た。


 先ほどまでは確かにあった、十二単の女性や衣冠束帯姿の男性の絵はどこにも無かった。


 何十人もの坊主の札が、ジッとこちらを見ている様な気がして、私は思わずブルッと身体を震わせた。


「お父さん、札を裏返して!」


 母が叫ぶのと同時に、震える手で祖父が札の束を裏返したのがわかった。


 先ほどまでの楽しい雰囲気はすでになかった。


 皆、息を詰めて裏返しにされた札を見やっている。


 4人の人間の息遣いだけが、部屋の中でやけに響いていた。


 やがて祖父が再び、ゆっくりと札を表にしてテーブルに広げた。


 アッと小さく叫んだのは果たして誰であったか。


 テーブルの上には、十二単の女性や衣冠束帯姿の男性、それに少しだけ坊主の姿が見えていた。


「も、戻った……」


 祖父が安堵する様に呟いた。


 だが、先ほどの異様な雰囲気に飲まれたためか、もう誰もそれ以上坊主めくりをしようとは言わず、ゲームは止めになり、祖父母はそれから直ぐに帰って行ってしまったのであった。





 その翌日、私は母に叩き起こされた。


 何事かと思っていると、すぐに支度をする様に言われた。


 見れば、母だけでなく父までもが慌てた様に着替えをしている。


「ねぇ、何があったの?」


 2人の必死な様子に不安になった私は、母に尋ねた。


 彼女は一瞬、用意をしていた手を止め、何か迷っている様な素振りを見せたが、やがて静かに口を開いた。


 その時になって、私はようやく母の目が腫れぼったくなっている事に気が付いた。


「さっきね、おばあちゃんから連絡があったの。おじいちゃん、亡くなって」




 祖父は寝たまま亡くなっていたらしい。


 詳しい死因はわからず、結局、心不全という事になったそうだ。


 祖父の死と、百人一首の札が坊主ばかりになった事とが関係しているのかは、わからない。


 だがあれ以降、私や家族が坊主めくりをする事はなくなった。

 

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