第31話 太陽系内地戦。その8

 運転席コックピットに座ってシートベルトを絞めた俺はヘルメットを被って、システムコンソールの電源を入れた。

 そして、ヘルメットのバイザーを下ろしてHMDを起動する。


「JHMCSは正常に起動。火器管制システムもオールグリーン」


 俺はHMDに表示されるシステムバーを見ながら、発艦の準備を進めていく。


 俺は軍大では戦闘訓練もしたし、無重力状態での艦載機操縦もした。ただそれはほんの数回で、ほとんどがVRでの訓練。

 それに補助AIすら付いてない⋯⋯

 正直なところ、いざ本当の戦闘へ行け、と言われるとかなり緊張するものがあった。


 ラノンはそうじゃないのかどんどん発艦の準備を進めていくのだが⋯⋯


補助サブもJHMCS、メインシステムともにオールグリーン。CICとの管制も良好、発艦用意良し」


 ラノンがCICへ発艦準備完了の報せを伝える。


「CIC了解、これからその艦載機かんさいきはタイガーと呼称こしょう、発艦を許可する。送れ」


「タイガー了解、発艦します。フロントハッチオープン」


 前のハッチがどんどん開いていく。もう外は真空で温度も超低温なので外に出る事は出来ないし後戻りも勿論もちろん出来ない。


「システムオールグリーン、発艦出来るぞミノル!」


 ラノンが後から大声で叫ぶ。


「ああ、行こうか。」


 俺はラノンへそれだけ言って、ディスプレイの『発艦』という部分をタップする。

 本来ここで補助AIから『カタパルト予想放出場所』と『発艦経路誘導』がヘルメットのHMDに表示されるのだが⋯⋯、もちろんそんな便利機能はこの機体についていない。艦のカタパルトから宇宙空間に放出されたら後は完全に俺自身の腕前。


「⋯⋯タイガー、発艦します。」


 俺は右手を操縦桿そうじゅうかん、左手をスロットルレバーにかける。

 この機の操縦桿はサイドスティック型であり、そこは訓練機と一緒だった。


 これまで違ったら、もう操縦出来なかったな⋯⋯


 そう心では安心しつつ、発艦の緊張で身体はじんわり汗をかきスーツをむららしていく。


「ラノン⋯⋯、行くぞ⋯⋯」


 もう一度ラノンに声をかける。


「ああ、いつでもいいぞ!」


 ラノンから元気な声が帰ってきた⋯⋯

 こいつ⋯⋯、緊張してないのかよ⋯⋯


 俺は瞬きを2回して前を見る。


 前には⋯⋯、何も無い。


 あとは『射出』という所をタップして、フルスロットルを維持すれば発艦出来る⋯⋯はず



 俺は大きく息を吸った。

 これからは有り得ないぐらいのGに晒され、敵からの攻撃をもろに受ける。


 いつもは聴こえない心臓の音がバクバクと一定周期で身体を振動させる。


 俺はディスプレイへ手をやった。


 そして⋯⋯


『射出』


 その瞬間大きな衝撃を感じる。


 それからは一瞬だった。


 一気に身体は後ろへ追いやられ、背中が背もたれに押し付けられる。


 顔が歪む程のGが身体にかかり、俺はただ真っ直ぐ前を見ながら、スロットルレバーを全力で引いた。


 そして同時に昔、父さんと飲んだ時の記憶をふと思い出した。


『ミノル⋯⋯、飛行機ってのはなぁ、身体と一緒なんだよ⋯⋯。確かに補助AIは素晴らしいさ、人間のミスを減らしてくれる。ただなぁ、それに従ってりゃただの無人機だろぉ?そんなの寂しいじゃねぇか⋯⋯、愛情込めたら、命かけたら、人によって機体は性格が変わるんだぜ?それをAI越しじゃ上手く感じられねぇよ⋯⋯。ああ、感じられねぇ。お前も軍大生ならよく覚えとけよ⋯⋯』


 初めて厳格な父さんが俺の前でベロベロになった日だった。


 こんなの思い出すのは⋯⋯走馬灯かよ。


 俺は苦笑した。ただ、確かにAIが無ければ感じてないかも知れない⋯⋯

 この異様な機体の性格を。


 ★ ★ ★


 どうも斑雪です。

 今回はなかなかに専門用語回でした。


 アルファベットに支配されそうな用語ばかりですね笑


 これからは用語説明なので、いらない人は飛ばしてね。



【JHMCS】

 これも現在米軍等の戦闘機に搭載されているシステムとは全く関係ないです。まあ、ほぼ同じですが⋯⋯


(Joint Helmet Mounted Cueing System)『統合ヘルメット装着式目標指定システム』

 このシステムの特長は、敵機をHUDに捉えなくてもミサイルのロックオンが出来ることにあり、照準用画面をヘルメットのバイザーに映す事で全周囲に位置する(上下にも対応)敵機に対して、敵機を見るだけでミサイルのロックオンが出来るシステム。

 ヘルメット内でほぼ全ての情報を処理し、直接ミサイルのロック、発射、誘導が出来ますが、2人乗りの場合はだいたい補助サブがロック、発射、誘導を担当する。


 また、このシステムでは赤外線視覚支援やAR(拡張現実)をHMDに映し出すことによって、様々な情報を支援してくれる。


【HMD】

(Head Mounted Display)『頭部装着ディスプレイ』頭部に装着するディスプレイ装置の事で、このお話ではヘルメットのバイザー部分透過ディスプレイがHMDとなる。


 これはJHMCSの情報を透過ディスプレイに映し出す事ができ、外の状況を目で見ながら、システムの情報を見る事が出来る様になっている。

 他にもAR(拡張現実)の情報を映し出す事が出来る。


【カタパルト】

(catapult) 艦艇などから航空機を射出するための機械。

 火薬式、油圧式、空気式、蒸気式、電磁式など様々なタイプがあるが、主に電磁式が多用されている。

 無重力状態では、艦載機がハンガーから発艦する際、艦に艦載機進行方向とは逆向きの力(作用反作用の法則)が生じる為、発艦の際はカタパルトである程度距離が離れた位置まで射出してから、艦載機はエンジンスロットルを上げる。


【サイドスティック】

 操縦桿の種類の1つ。

 そもそも操縦方法にも様々あり、棒状のものを操縦桿そうじゅうかん(コントロール・スティック)車のハンドルの様な形状のものを操舵輪そうだりん(コントロール・ホイールやコントロール・カラム、ヨーク)と区別したりする。

 操縦桿が前後左右に『倒す』操作であるのに対して操舵輪は『左右への回転』及び『前後へ倒す』もしくは『前後に抜き差し』する操作が加わったものとなっている。


 戦闘機等の大きなGが操縦者にかかる機体の操作は、身体を大きく動かす操縦方法だと操縦者へ大きな負担がかかるので、主に操縦桿という腕だけで操作出来る方法が好まれる。


 特にこのお話では宇宙空間、いわゆる無重力での操縦が主であり、相当なスピードを出す事が多い。

 その状況で様々な機動をすると、大きな慣性力が操縦者にかかってしまう。

 その負担を軽減する為、本来身体の前方真ん中に操縦桿を設置するが、それを利き手(右側)に置くサイドスティックという方法を利用する事により操縦者への負担を大きく軽減出来る。

 また、このサイドスティックはほんの少しだけ力を加える事でも操縦が出来るので、大きく操縦桿を倒す必要が無く、それも操縦者の負担軽減となっている。


【スロットルレバー】

 主にコックピット左側に設置されているレバー。エンジン出力をこれで操作する。

 引く事で推進力を上昇させ、押す事で低下させる。

 このお話では、もっと奥に押す事で逆噴射による減速やバックも出来る。


【G】

 慣性力の事で、1Gを地球の重力と同じ力としている。

 だいたい訓練していても8~10Gで気を失う(ブラックアウト、レッドアウト)

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