Ep.153 慰労と叱責

 身体が重たい……。頭から爪先まで、重たい何かに覆われてしまっている。その上、雪崩との格闘で芯まで冷えきって精神も辟易した私の身体はもう、瞼のひとつすら自力で動かせなかった。


 遠くで仲間達に名前を呼ばれている気がするけれど、それに応えることすら出来ない。


(せめて、頭の雪だけでも払えたら……)


 残り僅かな力を振り絞ってどうにか1センチほど上げた右手を掴まれ、雪山から引き上げるままに抱き締められた。


「……っ、フローラ!!」


「あっ……」


 身体の内側まで染み入るような熱に、ようやく生きた心地が帰ってくる。同時に酷く安心したせいか、意識を保っていられなくて。その人の腕の中で記憶が途切れたと思ったら、目覚めた時には

エイグリッドさんのお屋敷の部屋に寝かされていた。




 立派な寝台で数回瞬きを繰り返してから勢いよく起き上がり、全身を走り抜けた激痛に体勢を崩す。でも、落ちると思うより早く優しい両腕に抱き止められ、呆れと安心の混ざる声音がまだ寝ぼけた耳に入ってきた。


「ったく、あれだけの無茶しといて飛び起きる奴があるかよ」


「ライト……。そうだ、レインは!?私と雪崩を塞き止める為にかなり無茶して魔力欠乏の初期症状が出てて……!それにキール君も、雪崩を溶かして海に流した時私の近くに居たし、それから避難した人達やそれの誘導をしてたルビーとエドガー達も……ーっ!!」


「わかってる。皆無事だから、まずは落ち着け。よく頑張ったな……」


「…………っ!」


 正面から、ライトの胸元に顔を埋めるようにして抱き締められて、思わず涙腺が緩む。滲んだ涙を誤魔化すようにそのままライトの胸にすがり付いた所で、鍵ごとぶち破る勢いで部屋の扉が開かれた。


「フローラ!目が覚めたんだね、良かった……!」


「全く、君の無謀さを僕らは少々甘く見ていたようだね。……辛い所はない?追加の痛み止めを持ってきたよ。ーー……で、ライトは僕らの居ない間にまた何をしているのかな?」


 こめかみに青筋を立てたフライの言葉に今の体勢を思い出して、一気に熱くなった顔を振りながらライトの背中をペチペチ叩いた。


「らっ、ライト!あのっ、もう大丈夫だから離して……!」


「ーー……嫌だ」


「嫌じゃなくて、く、薬!このままじゃお薬飲めないから……!」


 しどろもどろでそう伝えたら、抱き締められたまま右手だけ解放された。そうじゃなくて……!


「はいはいはい!ライトも心配したのはわかったから、フローラ困ってるから一旦離れようね!」


「あっ……!」


 苦笑いのクォーツと無表情のフライに掴まれ引き剥がされた温もりに一瞬無意識に手を伸ばしかけて、ハッとなって思わず布団に潜った。


(いやいやいや!自分で離してって言ったのに何腕掴もうとしてるの私……!)


「……ごめん、やりすぎた。痛かったか?しんどいならそのままで良いから、とりあえずあの後の経過だけ聞いてくれ」


 優しく労るように布団越しにポンポンと背中を叩きながら、ライト達が私が気絶した後の出来事を話し始める。


「まず、島民は全員無事だ。もちろんレインやルビーもな」



 先に避難した島民を乗せた馬車は、エドガーによる道中の雪の除去とルビーの地形操作魔法によるルート短縮の甲斐もあり被害なくこのお屋敷にたどり着いたとのこと。レインは、欠乏症状が出てすぐに私が魔力を分けたことと、ミリアちゃんが持っていた魔力補完の魔法薬液ポーションによる応急手当のお陰で悪化は防げた為、今は別室で安静にしている。今本土からこちらに船を回して貰っているので、到着次第ほかの島民達と一緒に一足先に本土に返して、一度きちんとお医者様に見せるそうだ。


「フローラもかなり弱っているし一緒に本土に返したい所だけど……例の地下道に聖霊に関係ありそうな壁画のあった場所があって、それの調査に聖霊の巫女の同行が必要みたいなんだ」


「え?でも、その地下道には水が……」


「あぁ、確かに流したな。だが、その水で流された絵の下から違う文書が出てきてた。文字はパラミシア語だから翻訳は難しいだろうが、絵を見るにどうやら聖霊王夫妻と初代の聖霊の巫女に所縁があるようでな……」


「そんな場所が……。もちろん協力するけど、元の方の絵は消えちゃったの?」


「ん?あぁ、写真は撮ってあるぞ。それに、消えたわけじゃなく濡れると透ける特殊な色素で描かれていただけで、乾かすと元の状態に戻る様だ。あの地下道を水の排出に使ったのは苦肉の策だったが、結果的に正解だったかもな」


「……ライト、そのカメラまさか」


「あぁ、エドガーから没収した奴だな。持ってて良かった」


 しれっと答えたライトに、フライが『エドガーが気の毒』だと肩を竦めて。はたと思い出したように話を戻した。


「あぁそうだ。火元はやはりあの迷惑な女の宿舎だったけれど、魔力の質を調べたところ人間の魔法でない可能性が高いらしいよ。魔力爆弾かあるいは、強力な使い魔を利用した放火だったのではないかな」


「そう……。そうだわ、キャロルちゃんと、彼女を連れて逃げた子達は……?それに、彼女の護衛だった筈の先輩達もいらっしゃらなかったような……」


 その名前を口にした途端3人は苦々しい表情になり、同時にタイミングよく扉が開いて褐色肌の少女が入ってきた。アーシャさんだ。


「魔導省のお二方は、昨日の早朝に上官からの急な呼び出しだと密かに島をお出になられました。使い魔である大きな黒と白の鳥が羽ばたく様を見ましたので、間違いないかと」


 淡々とそう報告し私の寝台の前まできたアーシャさんの目は赤い。泣いてた、のかな……でも。


「良かった、無事で……。乗り物弱いのに、全力疾走の馬車に乗ったからしんどかったでしょう。大丈夫だった?」


 びくっと肩を揺らしたアーシャさんが、静かに膝をつき頭を垂れる。


「ーー……っ!……見せかけの甘言にすがりあの方を盲信した私共が愚かでした。我々の落ち度による災害を収めて頂いたばかりか、見捨てず救出頂きましたこと。感謝と御詫びを申し上げます」


 アーシャさんに続いて入ってきた生徒達も、深々と頭を下げる。彼らの瞳は、キャロルちゃんと居たときと違いきちんとした本人の意志が感じられた。


「聖霊の巫女様、ならびに王家の皆様の真のお力。しかと拝見致しました、これまでの無礼を何と御詫びしたら良いかわかりませんが、責を重く受け止め、我々は休暇が明け次第自主退学させて頂きます」


「……っ!待って、そんなの……っ!」


 四大国の貴族の大半が集まるこの学院を自主退学するのはつまり、これまで築き上げてきた物もこれからの未来も、全てを白紙に戻してしまうことだ。まして彼等は既に社交界デビューを超えた14歳。やり直すにはあまりに遅い。


「……それはあまりに無責任なんじゃないか?」


「ライト殿下……!しかし」


「確かにお前達のここ最近の態度、とても褒められたものじゃないだろう。如何なる理由があれど、今さらキャロル王女の派閥から外れた所で周囲から白眼視されるのは免れない。いっそ退学の方が一時的にであれお前達は楽だろうさ。だが、それが責任でなく逃げだと感じるのは俺だけか」


 深い紅に捉えられ皆が気まずそうにライトの眼差しから目を逸らす中、アーシャさんだけが立ち上がり、彼の正面に向き合った。


「では、学院にて生徒における最大権力を持つ会長は、私共への処遇をどうお考えですの?」


「此度の件、聖霊の巫女への非礼はともかく、アーシャ嬢並びにそこに居る面々の災害への関与はなかった事は調べがついている。よって退学には値しない。沙汰としてこちらからはいくつかの課題を出すか、何を持ってして贖罪となるかは自分の頭で考えろ。思考を放棄した結果が、今回の失態の原因だったんだろう」


 『お前達の“逃げ”による重荷をフローラに背負わせるな』と。その最後の言葉に、皆がハッとしたように顔を上げる。


「耳が痛いお言葉ですが、 ごもっともです。如何様な“課題”であれ、必ず果たすことをお約束致します」


 自嘲気味に、しかし晴々しく笑ってそう答えたアーシャさんとキャロルちゃんの元お友達の皆さんはその後、事情聴取の為本土行きの船で一足先に島から離れていった。



     ~Ep.153 慰労と叱責~


   『時に優しく、時に厳しく。真摯な言葉が心に刺さる』





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る